第21章 大して複雑じゃないはずの関係
一行は、早速部屋で話し合う。疲労でぐったりしているミンテはベッドの上に横たわり、クーメイが彼女を膝枕してやっていた。
「しかしミンテの能力…『群狼の追跡』だっけ。この能力で仮に首都を全部追跡させると、ミンテが倒れてしまわない?」
「危ないだろうな。試してみないと分からないが、一応日を跨いで、複数回に分けてやらせるとかした方が良いだろう」
クーメイがうんうんと頷き、獣人の少女の耳や頬をゆっくりと撫で回していく。その度に辛そうに目を閉じていた少女が安心した表情になり、尻尾が僅かに動く。
そんな二人の様子を、もう一つのベッドに座るリビュエが羨望の瞳で見つめている。
「アイツが居る可能性が高いのは、やはり商売の指示ができる首都だろうけど、向こうもそれを読んで毎回首都には居ない。かと言って、こちらも首都を無視する訳にはいかない」「首都には他の情報部の人間も入っているから、情報交換ができるかもしれん。行っても無駄と言う事はない」
ヴァローの補足意見に同意しつつ、ミンテの際どい部分に指を這わせていく。
「ふぁあ…あ…わ、ふぅ…せん、せぇ…」
疲弊して抵抗できないミンテは、寝間着の上から触れて来るクーメイの指にされるがままになる。
「うーん…やっぱりおっぱいは、大小じゃないな」
「……先生は、基本人が弱っている時に触られるんですね」
「……ッ!」
経験から語るリビュエに指摘され、図星だと気づいて冷や汗をかくクーメイ。
「まあコイツ美人の皮を被ったオッサンだからな」
「うるさい! 私が揉むのが、男女のおっぱいだけだと思うなよ!」
激昂したクーメイは、ヴァローの丸いお腹を揉みしだく。結果直立したモグラの悶える姿という誰得な光景が展開される。
「先生。他に泊まっている人たちに迷惑なのでやめてください」
「……はい」
ベッドの上で、弟子に土下座して謝る女。
「せ、せんせぇ…」
「あ。な、何かなミンテー?」
女は誤魔化すように獣人の少女に顔を近づけ、耳を澄ます。
「お風呂…入りたいです」
「ずっと術に集中してて、いっぱい汗かいたからね。フ、フヘヘ…じゃ、じゃあミンテは疲れて上手く動けないだろうから、わ、私と一緒に入ろうか…フヘヘヘ…」
瞳孔が収縮し、口の端から涎を垂らしながら指をワキワキさせ始める女。
武術の一環なのか、鍛えられた指が非常に滑らかに動いていく。
(やっぱりオッサンじゃねえか…!)
お腹を愛撫されすぎて、別のベッドの上で悶え苦しむヴァローが、心の中で毒づく。
「はい。先生と一緒に入りたいです…」
頬をほんのりと染め、八重歯を見せながらはにかみ、上目遣いで見上げて来るミンテ。
あざといとも取られる獣人少女のおねだりに、クーメイの瞳孔が益々収縮していく。
「わ、私でいいの…?」
「はい。今日頑張ったご褒美…じゃダメですか?」
「………」
ミンテの巧みながらも可愛らしいおねだりに、同い年ながらも感心してしまうリビュエ。
学ぶべきなのか、いややっぱり自分には無理だと葛藤しつつも、十二年来の友人に忠告する。
「あの、ミンテ。先生とのお風呂はやめておいた方が…」
「ふ~ん…何ですか、リビュエ。またミンテに嫉妬ですか?」
「先生はお風呂の中で…触ってきますよ。それもすごく…いやらしく…」
言いながら思い出したのか、頬を染めて視線を逸らすリビュエ。
ミンテがリビュエの忠告の意味を咀嚼する前に、クーメイが彼女を軽々と抱きかかえる。
「私、お風呂行く。流す、身体」
クーメイは何故か片言になり、目の焦点が合っていない状態で宿の宿泊施設とは別にある浴場へと疾走する。ミンテは何かを言い出す暇もなく、連れ去られる。
しばらくして。浴場にはあられもないミンテの声が木霊し、浴場近くにいた他の宿泊客が、ドン引きしていた。
翌日。
首都へと幌馬車を走らせ、そこで情報部の人間と合流し、情報交換。そこでミンテの体力を見ながら『真神』の召喚から『群狼の追跡』へのコンボを展開させていくという計画になった。
幌馬車の中では、ミンテがぐったりとしながらも、時折思い出したように頬を染め、ほんやりと宙を見つめる。かと思えば、チラチラと様子を窺うように尻尾を振り、クーメイを切なげな瞳で見つめる。
一方、今朝から妙につやつやしているクーメイ。
「ミンテの身体…柔らかかったわぁ…」
ヴァローに御者を務めさせ、その隣に座りながら、昨夜の甘美な体験を思い出すクーメイ。瞳を細めて空を仰ぎ、時折思い出したかのようにいやらしい手つきになる。
当然リビュエは面白くないと言った表情になり、二人の様子を交互に観察していた。
(どんな事をされたか、私にも予想がつくけど……具体的にミンテに聞いてみたい。でも…聞きたくない…)
膝を抱え、心の中に渦巻くモヤモヤとした感情を処理し切れずにいた。
「そういやさ」
二人の多感な少女の心も知らず、顎を擦りながらヴァローに話題を振るクーメイ。
「こうして姿も見せてるのに、アファートマ領内に入ってから、未だに『ひび割れ』に襲われてないね、私たち」
幌の中のミンテとリビュエも「そういえば」と怪訝な顔をするが、ヴァローは特に無反応だった。
「うちの情報部の人間が『ひび割れ』と既に交戦している可能性がある。それか、もうシュメンハイニーが見放されているのかもしれん」
既に彼の資産に価値がないとの情報が、広まっている可能性があった。
「そこまで追い込んじゃったかー。じゃあ、もっと苦しんでもらわなきゃねー」
クーメイもさらりと言ってのけるが、誰も言い過ぎだとは思わなかった。
「ん……じゃあネダも奴を見放したってこと? だってネダの手足たる『サウガンディカ』とすら出くわしてないし」
六年前、クーメイやヴァローたちはネダや『サウガンディカ』の連中と遭遇している。
「確かにそうだな。なら今度こそ本当にシュメンハイニーを尋問できるかもな」
会話が一旦止まり、一行が街道から見渡せるのどかな光景に目を遣っていると、やがて一台の幌馬車とすれ違う。
向こうの御者は人の良さげな中年で、軽く挨拶されるとヴァローが挨拶を返し、クーメイはヴァローの背に隠れながら、曖昧な作り笑顔で返す。
(――――ん?)
馬車が脇を通り過ぎると、クーメイは不思議そうに振り返る。
「……どうした?」
「今の人、商人だよね」
「幌に魚の絵と商店名があったから、そうだろうな。海産物を扱う店だろう」
「の割には、海産物の臭いがしなかった。恐らく海産物を積んでいるであろう箱は見えたんだけど」
「臭いのキツい海産物を積んでなかっただけじゃないのか? あるいは『消臭』の魔法でもかけているんだろう?」
「月光術の? あんな幌馬車一台にそんな術…いや考え過ぎかな?」
「そんなに気になるなら――――む?」
ヴァローが手綱を握ったまま前方を見遣ると、進路上に仁王立ちしている人物が見えた。
燃えるような赤毛でベリーショートの髪。切れ長の鋭い瞳も同様の赤。
白い軍服のような出で立ちで、鞘に収まったままの剣を手に、地面に突き立てている。
身長はクーメイとほぼ同じくらいで、軍服のような服装ながら豊満な身体つきが女性であることを強調。
二本の短い角が額の左右から生えており、肌は上気しているかの様な薄桃色。少女が『鬼人』と呼ばれる種族であることが分かる。
「ヴァロー! 速度あげて!」
その姿を認めたクーメイが、声を荒げる。
「ぶっ!? お前何言って……って勝手に手綱握るな!」
クーメイの手によって馬車が速度を上げ、鬼人の少女に向かって突進する。
対する少女は、「望むところだ」とばかりに不敵な笑みを浮かべるだけ。
やがて、ぐっ…と膝を曲げて屈みこむと、一気に地面を蹴って、跳躍する――