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第20章 町を駆ける流星の群狼~ミンテの覚醒

会食を終えた一行は、それぞれ二階の宿の自室に戻ると、普段着に着替える。

「この先、この国の情報はプライアード卿に頼り続けるの?」

「わざわざこのジェルジまで足を運んでくれるし、情報は確かだからな」

 やり取りするクーメイとヴァローを先頭に、一行は夜の町に出る。

 港町・ジェルジは、坂道が多い。船舶の停留する港が最も低い場所であり、そこから段々と高地へ坂道が続いている。

 クーメイたちは静かだが人の営みを示す灯りが見える夜の坂道を上がり、最も高い場所へと向かう。


「それでリビュエ…くどいようだけど、身体は大丈夫?」

「大丈夫です。むしろシュメンハイニーが私の家族の仇かもしれないと考えたら、もっと敵の事を知りたくなりました。そもそも『ズタ袋』をどうやって補充しているか、とか」

 弟子の勇ましい言葉に対して、師の反応はあまり芳しくなかった。それでも渋々答えていく。

「アイツが死体を増やす手段は、ホント色々らしいよ。失敗した部下とのその家族を使ったり、自分に反抗する連中を使ったりとか」

「……」

 

 義憤を心の中に溜めながらも口をつぐむ弟子に、師はさらに続ける。

「まあ一番死体を稼ぐ方法は、最も生産力の低い組織を探して、それを壊滅させるってやつかな。大抵はどっかの村とかになるけど」

「!……そ、それはでも…その…自国の領土ですよね…?」

「私たちも、最初は頭がおかしいのかと思ったけどね。アイツは自分が有する私兵に命じて村を情報ごと消していた。まあ完全に消せるわけはないんだけど」


 リビュエは目も眩む思いだった。

 理非の中でも著しく非道な巨悪。それを突きつけられ、心の中で悲しみと怒りがない交ぜになる思いだった。

「わ、私は…そんな生産力のない名もなき村に生まれて…家族を消されちゃったんでしょうか…?」

 悲しそうに瞳を伏せて、しかもあらぬ方向を見遣る少女。

 リビュエはネダの研究所に入るより前の記憶はない。それどころか『パドマ』たちの過去の記録は、研究所には残っていなかった。


「……先生たちは、この国を何度も訪れては、シュメンハイニーを追っていたと聞きました。この非道を、止めることはできなかったんですか…?」

 少女にそんなつもりはないが、非難とも取れる質問。

 誰よりも言って欲しくはない少女に問われて眉をひそめつつ、辛そうに声を絞り出すクーメイ。背後を歩くヴァローも、黙って聞いている。

「止めた…というか何度も潰したよ。私兵組織共をいくつも壊滅させて。『ズタ袋』は全部燃やしたし、『ズタ袋』を買った連中も始末したよ」

 言いながら、自分が可愛い弟子に、被害者に言い訳をしている気分になる女。


「クーメイを責めないでやってくれ、リビュエ。俺達が事を終えて引き上げるたびに、隠れていたシュメンハイニーは姿を現して部下に指示を出し、金を使って『ズタ袋』を補充し、それを使って商売を再開するんだよ。」

「つまりシュメンハイニーを止めない限り、これは続くってことですね……」

 恐らく被害者の一人であったと思われるリビュエが、足元を見つめながら坂道を上る。

 『ズタ袋』にされた人間、またその家族の数が相当のものになっていることを少女は想像する。


 重い雰囲気の中、一行は丘の頂に至る。

 そこには今は使われていない神殿のような建物が木々に囲まれてぽつんと存在し、その平らな屋根に身軽なクーメイとミンテが上っていく。

「ミンテ。ここでいい?」

「はい。では始めます」

 背後にクーメイを立たせたまま、獣人の少女は両の掌を重ね、詠唱を開始する。


 ミンテの足元、今は薄汚れた白亜の屋根の上に、淡い光で構成された魔法陣が浮かびあがる。

 ズズズズ…と複雑な紋様からは、徐々に白く巨大な狼が姿を現す。それは自然とミンテの身体を下から持ち上げ、少女が狼に跨る形になっていく。


「おぉおお…やっぱりでかいな…」

 午前中にミンテの術を目撃していたクーメイは、改めて感嘆する。ミンテの背後に立っていたため、自ずと彼女も狼の背に跨ることになった。

 白銀の毛並みを持ち、人二人を乗せても問題のない巨大な狼。その背に跨ったミンテが、両の掌を今度は港町に向けて突き出し、再度詠唱を開始する。


 ざわざわざわ…と狼の白銀の毛並みがざわめき始め、少女の詠唱にシンクロしていく。少女と狼、両者の身体が淡い光を帯び始め、その光がやがて狼と化して町へと放たれていく。

 通常サイズの光の狼が、少女と狼から解き放たれては、次々と町へと駆け下りていく。まるで流星のような姿と速度だった。

 百を超える光の狼が町を駆ける間、目を閉じて意識を集中させるミンテ。

 そんな少女の様子を背後で伺うクーメイ。

(これがミンテの覚醒した能力。通常なら『獣使いビーストテイマー』と呼ばれる希少なクラスが獣を呼び寄せることができるけど、それには条件が要る)


 『獣使い』が獣を呼び、使役させるには当然その獣が周囲に棲んでいる必要がある。基本は山や森の中が挙げられる。このような町中で、いきなり何らかの獣を呼び寄せるのは『獣使い』ではなく『召喚魔法』と呼ばれる体系の魔術が必要になる。

(つまりミンテが使ったのはそう言う魔術。……でもこの娘、召喚魔法なんて習ってないのにね)


 町中を駆ける光に、町の住民たちも一瞬反応するが、その姿をはっきりと目で捉えられず、「何か光るものが駆けていった」程度の認識しかできないでいた。


(しかもこの召喚した狼…『真神マカミ』だっけ? この子とシンクロすることで魔力を借りるとはいえ、一度に百を超える魔術の狼を操って、その視覚と聴覚、嗅覚を制御、分析するって…)

 凡人であれば脳が悲鳴を上げ、発狂するような作業。だがミンテは、この港町を一斉に走査スキャンするように狼たちを走らせ、情報を集めていく。


(あらゆることが規格外の『獣使い』と『召喚術士』の複合能力。これでシュメンハイニーが如何に隠れようと、もう逃がすことはない)

 光の狼たちが、闇夜の路地裏に至るまで縦横無尽に疾駆していく。

(しかし夜に見ると綺麗だなぁ…この光景)

 町を見下ろすクーメイには、それがまるで浄化のようにすら感じられた。


 集中するミンテの額に汗が浮かぶのが、背後のクーメイにも分かる。

 普段は表情の変化が多岐にわたり、愛嬌の有る少女。それが今は情報を逃すまいと意識を集中させ、真剣な表情で目を閉じている。

(ミンテにしては珍しい表情だけど、綺麗だなぁ。長らく覚醒が遅れていたとはいえ、この娘も『パドマ』の一人。しかし恐ろしいのはこの娘の潜在能力を見抜き、力を植え付けたネダの手腕よね…)

 ネダという男の能力に改めて感心させられるが、リビュエのことを考えると、クーメイは彼を生かしておくつもりはなかった。

(しかし…何か腑に落ちないこともあるんだよね、あの男には)

 考えながら、眼前で集中する少女の腰に手を回していく。


「はぁ…はぁ…は…せ、せんせぇ…?」

 集中して、目を閉じたままのミンテ。

(リビュエより小さくて、可愛い可愛いだけと思っていたこの娘に、こんな秘めた力があったなんてね)


「…頑張れ、ミンテ」

 少女の腰に手を回したまま、優しく言葉をかける女。

 ミンテもクーメイの激励に感じ入ったのか、小さく頷く。


 ――――港町ジェルジには、シュメンハイニーは居ない。

 ミンテの尽力により、それだけは分かった一行。疲弊したミンテをクーメイがおぶさり、宿に帰還する。

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