第19章 情報屋との会食~リビュエの記憶
アファートマ連邦の西の玄関口である港町・ジェルジに到着したクーメイ一行。
奮発して良い宿を取り、旅の疲れを癒した翌日。
「今戻った。入るぞ」
午前中のうちに用事を済ませたヴァローが、ノックをしてからクーメイたちの部屋に入る。
「!……何してんだ、お前ら」
ベッドの中央に横たわったクーメイは、左右にリビュエとミンテという花の様な少女たちを侍らせ、脚を伸ばして寛いでいる。ちなみに三人共部屋着である。
「午前中にやることはやったんで休憩してるだけー」
「やることやったのはミンテだろ…」
見ると、確かに獣人少女は少し疲れた様子で横たわっていた。
「それで…ミンテの覚醒した能力は確認したな?」
「うん。……天才かよって思ったわ」
クーメイがミンテを抱きよせ、髪や耳を優しく撫で回すと、獣人の少女はされるがままにうっとりと頬を染め、ぱたぱたと尻尾を振る。
「その言い方だとあんまり天才っぽく聞こえないんですが」
「何ですか、嫉妬ですかリビュエ。まあミンテは可愛いですからねぇ」
エルフの女の左右で睨み合う少女たち。
「なら早速今夜にでも、この港町を捜索してもらうか。それと……クーメイ。今日この宿の一階…酒場の談話室に人を呼ぶんだが、その場に居てもらえないか?」
「断固断る」
「ふぁっ…!?」「ひぁんっ…!」
少女二人の大きさの異なるの乳房を揉むことで睨み合いを止めつつ、真顔で応える女。
「いや話は俺がする。お前は座って無言で飯食ってるだけでいい」
「それならいいけど…例の情報屋? プライアード卿だっけ?」
クーメイの質問に、首肯するヴァロー。
「そうだ。お前が居てくれれば、情報を出してくれるらしい」
「……アイツのお眼鏡に適ったって訳か…で、私だけでいいの?」
「いや。全員なら、なおいいだろう」
「ギギギギ…アイツの美少女に対する審美眼、私に似ている気がして嫌になるのよ…!」
歯噛みしながら、二人を守るようにかき抱く。
「せ、先生…どういう人なんですか、そのプライアード卿という方…」
「見た目は胡散臭いオッサンだけど、役立つ情報屋なのよ」
「富裕階級の醜聞を扱うんだが、その中に俺達の欲しがる情報が転がっていることも多い。この国に来た時は、頼らせてもらっている」
――――夜。
この宿兼酒場では「談話室」と呼ばれる、身分の高い人物などが重要な話をする時に使われる部屋。
テーブルには、この宿での食事でも最高級の、豪華な夕食が並んでいる。
「いやいや。今回もご利用頂き、ありがとうございます」
招かれた男は、帽子もコートも黒ずくめ。細身での長い口ひげを生やした、正にクーメイの言葉通りの胡散臭い中年男性だった。
「今回は三人も綺麗な方々と同席できるとは。それにクーメイ様はお召し物もあって、以前よりも更にお美しい」
「………」
クーメイは返答こそないが、笑みを浮かべて曖昧に頷く
だがプライアード卿の言葉には、リビュエですら同意せざるを得なかった。
純白のドレスを纏ったクーメイは、王侯貴族の場でしか出くわせないほどの美と輝きを放っていた。
きめ細かな白い肌をもち、引き締まった一方で肉感的な肢体。
長い銀の髪を一つに束ね、豊満な乳房の北半球が見えるデザインのドレスを身に着けた姿は、素手で魔獣を屠る武術家などには到底思えない。正に高貴なエルフの美女として見られていた。
(先生…お綺麗です。とても…)
クーメイの背後に控え、再び燕尾服姿になっているリビュエは、心の中で師の美しい容姿に感動し、打ち震えていた。椅子に座る彼女の背後に立つ姿は、まるで高貴なエルフに仕える少年執事の様だった。
(でもせんせぇ……人がたくさんいるところ、大丈夫なのかな…?)
同じくモスグリーンのドレスを身に着けた可愛らしいミンテが、心の中で心配する。
だが会食が始まると、問題は無かった。プライアード卿はクーメイと以前会った時から彼女を知っているためか、奥ゆかしい貴族の女性を装って、作り笑顔でただ黙っているだけのクーメイに話しかけるような無粋なこと(?)はしなかった。
それが分かっているためかクーメイも笑顔を作ったまま、ただ黙々と食事を進めるという少々不気味な光景を展開していく。しかも流れるように淀みのない動作で、完璧な食事作法を披露するため、本当に王侯貴族の女性であるかのように見えてしまう。
「閣下。早速本題に入るが、例の話の裏付けを取りたい?」
プライアード卿から情報を引き出す役として、彼と差し向かいに座るのは、小柄な肉体にフリルシャツと豪華なベストを身に着けたヴァローだった。
情報屋・ビシナンテ・プライアードはグラスのワインを僅かに煽ると、一同を見渡すようにしてから口を開く。
「まず他のお嬢様方にも分かるように説明いたしましょう。リビュエさんも、どうぞお席に座って下さい」
「!……は、はい…」
ヴァローとクーメイ以外は自己紹介を控えて事を進めていたが、二人の名前は既に知られているようだった。ヴァロー達も彼を腕利きの情報屋だと熟知している為か、驚いた様子はない。
「さて。この国では商売上、各都市ごとに盛んにモノが動いています。ところが最近、一部商品の流れが極端に止まっている商店がいくつかあるのです」
「シュメンハイニーの行方を探す」という一点の目的しかない彼らには無関係な話の様に思えるが、卿は丁寧に話を進めていく。
「その流れには、どうも『ズタ袋』が関わってるようなのです」
「ズタ袋」の意味を計りかねたリビュエが、ヴァローとクーメイに視線を送る。
「あぁ大丈夫。今説明しますよ、リビュエさん。しかしお美しい。その中性的になる服装も良いですが、今度他の二人のようにドレスも着て欲しいですな」
すぐさまリビュエをフォローしつつ、その美貌を褒める。
クーメイも胡散臭い男に激しく同意し、うんうんと頷きながらヴァローに小声で愚痴る。
(ヴァローがお金をケチらなければ、リビュエにもドレス買ってあげられたのに…)
(そんな金の余裕はねえ。ていうか、お前がまさか本当に燕尾服を忍び込ませていたとは…)
「食事中に話すには少し衝撃を受ける話ですが、重要な事なので…『ズタ袋』というのは、シュメンハイニー卿の手がける商品の名前なのです。その商品とは、ざっくり言うなら…労働力として使う、動く死体のことです」
「!……」
驚くリビュエとミンテ。
「そ、そんなこと…できるんですか? それに許されるんですか…?」
二人の素直な反応に対し、卿も神妙に頷く。
「出来るかどうかは、もう出来ているから『可能だ』としか言いようがありません。許すか許されないか言われれば、本来なら許されるはずがないでしょう。ですが世間に知られてないだけで、如何なる非道な事も行われてはいるのです。まぁ…シュメンハイニー卿のしている事は、ほとんどがそうですが」
プライアード卿の言葉に、何とも言えない表情で首を振るクーメイ。その師の様子から察する弟子の少女。
「疑問に思うのは、もっともです。死体を…それも大量に動かすのは膨大な魔力が必要ですからね。その魔力を準備できたとしても、今度は動かす魔法を誰が行使できるのか? 死体を動かすというなどという非道な魔術は、通常社会で見られる魔法体系には存在しないからです。ただし…非合法な魔術体系である『魔道』なら話は別です」
一般世間で耳にする『真理魔術』『精霊魔術』『召喚魔術』『錬金術』…等々にはどの系統も「人を殺めることが出来る魔法」は存在する。なので魔法の使えないほとんど一般人は、通常どの魔法に対しても、大なり小なりの恐れをもっている。
だがそれでも一線を画すのが――『魔道』である。
『魔道』は、行使すること自体が「犯罪行為」であり、使い手だと分かればすぐに投獄される禁忌の魔術である。
「『魔道』は原則、他者を苦しめるのが目的の魔法だらけです。ですので大抵修得しているのは『妖術師』や邪神信奉者、それに魔性です。ですからシュメンハイニー卿は、膨大な魔力を準備して、強力な『魔道』を使える術者を雇い入れた――と考えるのが普通です、が。リビュエさんは先に聞きたいことがありそうですね」
怪し気な中年紳士が穏やかな笑みを浮かべ、少女に質問を促す。
「あの…そもそも『ズタ袋』って『屍人』とは違うのですか?」
恐る恐ると燕尾服の褐色少女が、両膝に手を置いたまま尋ねる。
「ごもっともな質問です。『ズタ袋』と名付けられているが、そもそも『屍人』とどう違うのか? 労働力と言いましたが『屍人』は、労働力としては衛生上の問題もあって役に立ちそうにありません」
そもそも知能がほとんどなく、腐敗のため物に触れさせるのも抵抗があり、腐敗が進めば崩れやすく、動きも遅いので役立つ場面が限られている。
「つまり『ズタ袋』は『屍人』と異なるのです。命令すれば単純作業程度ならこなせ、腐敗自体も遅く、動きも生前の技能や経験を反映し、比較的速い」
このため服や手袋を装備させ、防腐処理を施せば農夫、鉱夫としても使える。頭も何らかの物で隠せば、遠くには厚着をした労働者にしか見えないのである。
この時頭に『ズタ袋』を被せる事が多いため、この商品名がついたとされる。
「その上、生者への憎悪が著しく、戦いになれば得物を使えるなど『屍人』よりも戦力になる…つまり自身を守ることが出来ます」
「しかも襲う相手を識別させることが可能なため、この商品を扱う連中は、監督官を置いて作業を命じさせることも出来るわけだ」
『ズタ袋』たちは休みを必要としない。アファートマ連邦の商人たちにとって、正に理想的な労働力だった。
「…でもそれが、物流とどう関係があるのですか?」
黙々と食事を続ける師の代わりとばかりに、リビュエが質問する。
「止まっている物は、『ズタ袋』を多数使っている商人が扱っている品ばかりです。何かがあったと見るべきでしょう」
「……シュメンハイニーが『ズタ袋』を止めた、とは考えられないのか?」
ヴァローの推測に対し、男は肩をすくめる。
「あなた方に追い詰められたからと言って、彼が既に取引先に売った『ズタ袋』たちを止める意味があるのですか?」
「分からんな。だが無関係とも思えん」
「私たちを止める時間稼ぎのために、制御を奪って動かしているとか?」
「だとしたら今頃この国の何処かで、騒ぎが起きているはずです。『ズタ袋』だって、近くで見られれば、不死モンスターだとわかり、すぐに情報が伝わります」
四人の議論を他所に一息ついたクーメイが、水を飲んでから口を開く。
「そもそもさ。『ズタ袋』たちって、どうやって動かしてるんだっけ?」
その言葉に、四人が互いに視線を交わす。
「さっき言った通り、魔力だろう。どうやってその膨大な魔力を準備し、術を行使したのかは気になるが」
「『魔道』を使うのは人間とは限らないんでしょう? じゃあ追い詰められたアイツが人間以外の存在を頼ったとしたら?」
「なるほど…確かに奴の行動は、確かに追い詰められた人間のそれかもな」
「何か報告を受けているのではないですか? 私と会う、今日この日に」
情報屋が訳知り顔でヴァローに尋ねる。
「さすが鋭いな。今日情報部の人間から届いたばかりの情報だ。『ズタ袋』を労働力として使っている農場を見張っていた男なんだが、突如『ズタ袋』たちが暴走し、監督官に襲い掛かったらしい」
一同が目を瞠る。
「それなら先ほども言った通り、騒ぎになっているのでは…?」
「暴走した『ズタ袋』たちはそのまま集団で森の中へと入っていき、姿を消してしまったそうだ」
情報屋の情報は、帰って一同を混乱させる。
「それじゃまるでシュメンハイニー卿が『ズタ袋』たちを暴走させ、一度売った商品を回収したようにも聞こえますね。それが噂として広まれば、当然シュメンハイニー卿は連邦に居られなくなるだろうし…」
「……それって魔法を解除した訳じゃないんだよね?」
確認する様に尋ねるクーメイ。
「解除すれば、連中はただの死体に戻るだけだ。と言う事は『命令を変更』したのかもな」
引き渡された『ズタ袋』たちは「買い手の命令を聞け」と命令されている。命令を変更した場合、買い手や監督官たちはただの憎むべき生者と見なされる。
「だがシュメンハイニーが命令を変更した理由は、どう推測しても分からんな」
うーん…と考え込むクーメイだが、ふとリビュエの方に視線を向けると、少女が口元を押さえているのが分かった。その顔色も幾分か青ざめている。
「リビュエ…大丈夫? 聞いてて気持ち悪くなっちゃった?」
慌てて少女の傍によるクーメイ。
「私の知る情報も渡し終えましたし、もうお開きにした方が良さそうですね」
情報屋も少女の身を気遣い、立ち上がる。
「いえ…大丈夫です。先生。私…話を聞きながら、思い出したんです」
「思い出した?」
一同の会話が『ズタ袋』に及んだ頃、リビュエの脳裏には、ぼんやりと過去の映像が浮かんでいた。
「恐らくこれまで忘れ去っていた過去のことだと思います。何処かの農場なのか、幼い私は、誰かを追っていました」
追っている人物は、眼前をよたよたと歩いている。見た目は、一人の成人した女性。恐らく子供の頃であろう、リビュエの低い視点から近づく。すると眼前の女性が、頭に「ズタ袋」を被っているのが分かった。
『――――ッ…!!』
何事か、言葉になっていない声を叫びながら、ズタ袋を被った女性が振り返る。その手には、農作業用の鎌を手にしており、それがこちらに向かって振り上げられ――
「――……驚いた。ではリビュエさんは、このアファートマの出身で『ズタ袋』の被害者なのかもしれませんね」
情報屋が意外なものを見る顔で、少女を眺める。
「リビュエの身体に傷跡はないから、その『ズタ袋』に襲われた時は、何とか助かったんだね」
クーメイの言葉に、情報屋の動きがピタリ…と止まる。
「ほう…何故リビュエさんの身体に傷跡がないと貴女に分かるんですか?」
尋ねられると、得意げになってふんぞり返るクーメイ。
「それは勿論。リビュエの身体のことなら隅から隅まで――」
そこまで言って、燕尾服の少女に手で口を塞がれる女。
「クーメイ殿。そういうお二人の仲の良いところは。会食中にもっと見せてもらわないと…」
心底残念そうに溜息を吐く情報屋を、ジト目で睨むクーメイ。
(…コイツ審美眼だけじゃなく、嗜好まで私と似ているのが嫌になる…!)