第16章 根絶者(エラディケイター)
『ハァ……ハァ……ハァ……』
坑道を逃げに逃げたモルク・ザディアスは、変身を解くこともなく、鉱山の出口の一つを見つけ、その手前で休憩していた。
鉱脈からはほど遠く、川から流れ込む水が溜まって池を作っている。
出口から差し込む月の光が、巨大なナナフシとなった彼の姿を映し出すが、迷彩能力を発動したままのため、光が屈折して姿がぼやけて見える。
『クソ……アイツらめ…よくもママを…!』
自分はその母親を見捨てて逃げ出したのだが、その事を後悔する様子もなく、一人怒りをあらわにする。
『とりあえず…アファートマ連邦に帰ろう。こんなクソ田舎、もう二度と来るもんか』
母親の仇を取ろうという気も無く、もうクーメイたちに関わるのは御免だとばかりに華やかな故国を思い出す。
ふと見ると、前足が再生しつつあるのに気が付く。
『この力に迷彩能力…好きに生きるには十分か』
じゃぷ…と細長い身体を動かし、後ろ足で水をかき分けた時、男は視線を感じる。
見ると、丘の様に盛り上がった岩が出口の傍にそびえたっており、その頂の辺りに、青白い髑髏が浮かんでいた。
『――――ッ…!』
流石に面食らうモルクだが、よく見るとそれは髑髏の仮面を着けた人物だと分かる。
闇に溶け込むような黒い上下の服装で、手にはランタンを持ち、じっとモルクを見下ろしている
『ビビらせやがって…何だ、お前? 何ジロジロ見てやがる!』
「……」
髑髏の顔を持つ人物は答えない。ただ無言のまま手に持つランタンをゆらゆらと上下させている。それ以上の挙動は無かった。
『……一体何だってんだ…気味が悪いなぁ。ぶっ殺すぞ? 僕は強いんだ。それに僕の姿―――』
迷彩能力を強化し、透明に近い姿になる。
『見えないだろう? これがあるから僕は――』
ガッ――とモルクの傍の岩壁に、何かがぶつかる音がした。
すぐさま音がした方へと振り向く巨大なナナフシ。
―――ズンッ…!と、モルクが自分の後頭部に何か重みが加わった――と感じた瞬間。
黒い影が、彼の頭上から光る刀身を突き立てていた。
『がっ……あぁ……?』
淡い光を放つ光の刃が、ナナフシの頭を上から貫いていた。
黒い影のフードに包まれた顔は、吸い込まそうな闇夜のようで、何も見えない。
ズルッ…と刀身がスムーズに引き抜かれる。
頭を刺し抜かれた事で即死したモルクは、前のめりに倒れていく。黒い影は巨大ナナフシの頭から飛び立ち、ふわり…と髑髏の仮面を着けた影の隣に立つ。
ずうぅん…と倒れ伏す巨大なナナフシ。
その巨体を、無言で岩の上から眺める二つの影。
フードを被った影の持つ得物は、極東の『刀』であり、それを滑らかな動作で納刀していく――――
翌朝。
目覚めたクーメイ一行は朝食を済ませると、まず行先の確認を行う。
イシュナが杖を地面に向けて魔法を唱えると、淡いグリーンの魔法陣が浮かびあがる。
「これなら……一時間以上は方位を間違えずに済む」
眠そうな目を擦りながら、真理魔術士は足元の魔法陣を、皆の見やすい位置に動かす。
「ともかく北にさえ進めば、森から出ることが出来るはずだ」
ヴァローが皆に説明する。
「そして森から出さえすれば、街道がすぐ近くに見えるはず」
一行はヴァローを先頭に、魔法陣を確認しながら森の中を、北へ北へと進んでいく。
だがある地点で、ミンテが耳を立て、クーメイも唇に人差し指を当て、皆を見回す。
誰もが物音を立てないように足を止めると、クーメイは地面に耳をつける。
「……何かが森の中を突っ切る様に近づいて来てる。それも結構な数」
「…騎士団や商隊という可能性は?」
「それならわざわざ森の中を突っ切る必要はない。それに――」
クーメイがミンテの方を見ると、少女は妙に顔をしかめ、いやいやと首を振っていた。。
「……何か嫌な臭いもします。ひょっとしたら――」
ズンッ…!と大地を踏みしめる武骨な脚。
がしゃ、がしゃ…と金属の武具が音を立てる。
殺気をまとった醜悪な顔。白濁の瞳。赤銅や灰褐色、黒など様々な体色の引き締まった肉体。
それらを、クーメイたちは離れた茂みの中から眺めていた。
(まさかこんな所で『殺鬼』の集団と出会うなんて……)
『殺鬼』――――かつても今も、人族に忌み嫌われる戦闘種族。
死の神オルクスを始め、冥府の神や魔王を信奉する人型の魔物である。
その戦闘能力は、人族の並の戦士や騎士を圧倒する。
神々の名に於いて自種族の「繁殖」と他種族の「殲滅」を生業としており、基本的に人族とは敵対する種族である。
クーメイは木々に潜んだまま一匹一匹、数と特徴を目視で確認しながら、殺鬼たちが全て通り過ぎるのを待つ。
(数は…小隊クラスかな? まさかオムパリオス領内でこれだけの『殺鬼』の集団が跋扈しているなんて…)
そして中でも際立った特徴を持つ三匹を観察し、クーメイは何かを思い出す。
軍勢が通り過ぎた後、一同は姿を現し、話し合う。
「ヴァロー。あれって『根絶者』だよ」
「マジか。何で分かった?」
「あの『殺鬼』ども、白い染料を身体や武具の一部に塗っていた。それが一つ目の理由。あと部隊の中に特徴ある三匹が居た。『根絶者』の幹部クラスの三匹と特徴が合致する。これが二つ目の理由」
「せんせぇ。『根絶者』って…?」
獣人の少女が尋ねる。
「『殺鬼』の集団の一つだよ。かなりの精鋭集団だ。まさかこんな所に居るなんて」
「先生なら…倒せますか?」
今度は弟子の少女が尋ねられ、腕を組んで考え込む。
「まあ……可能、だけど…」
気乗りしない様子で、ヴァローの方を見遣る。
「…止めておこう。俺達の任務は、あくまでシュメンハイニーだ。それにアファートマで人を待たせてる。『殺鬼』どものことは、この国の騎士団に任せよう。勿論港町で情報部の人間に伝えるがな」
思わぬ遭遇だったが、一行はその後森を北に抜け、街道に復帰。街道を北東に進み、港町ミン・ハストに至る。
ミン・ハストは、かつてユネムト鉱山から採れる鉱石を輸出する港の一つとして栄えていたが、今ではやや物寂しい漁港となっている。
「リビュエ。実を言うと私、寂れた漁港とか好きだけど、漁師がちょっと苦手」
「先生が苦手じゃない職種の人って居るんですか……?」
御者を務める師のどうでもいい真顔告白に、弟子が真顔で心配する。
「お。ちょっと酒場の前で止めてくれ。すぐ戻る」
モール族の男の言われた通りに馬車を止めると、男は酒場に入って、言葉通りにすぐに戻って来る。
「情報部に情報を伝えて来た。これで『殺鬼』の連中に騎士団が対応してくれるだろ」
「小隊――」と言いかけて、クーメイは馬車の中にイシュナが居るのを思い出して訂正する。
「――じゃなくて、サジンやマヒワも全員出てるんだっけ……?」
「そうだな。まあ言いたいことは分かる。『殺鬼』の小隊程度なら、二人のどちらかを国内に残しておけよ、ということだろう?」
「小隊規模とは言え『根絶者』で幹部付きなら、あの二人でも厳しいような…」
「先生。私であればどうですか?」
弟子の率直な質問に対して、クーメイはにっこりとほほ笑む。
「リビュエを『殺鬼』なんかと絶対戦わせない」
『殺鬼』が自種族の繁殖を生業としているのは先述したが、彼らはどんな人型種族とも交わり、子を為すのである(例外もあるが)。
「な……勝てるかどうかの話をしてるんです!」