表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/34

第15章 複雑なる少女たち

「そういや元市長の息子、逃げちゃったよ。心底どうでもいいと思ってたんで、リビュエの戦いに集中してたわ」

 顔がすっかり上気している弟子を解放したクーメイが、思い出す。


「リビュエから見て、奴は脅威に思えたか?」

 居ずまいを正しながら、少女が答える。

「そ、それほどには…でも背景に同化する能力は、厄介だと思えました。ただ…何故彼だけ魔獣ではなく、巨大昆虫の姿だったのでしょうか?」

 弟子の言葉に、腕を組む師。

「確かに。『ひび割れ』は皆、魔獣の姿を変化させたものばかりだからね。単にシュメンハイニーに払うお金が足りなかったとか…いや逆か。あの女なら、息子の方に金を優先させそうだし。…まあどうでもいっか」

「いいんですか…?」

 生真面目な褐色の少女は、何処か納得のいかない様子だった。


「それより私たち、今どこに居るんだろ…? 盲目竜が出て来る層ってことかな?」

「少し探って来る。皆はここで休憩しててくれ」

「護衛は要らない?」

 クーメイが小首を傾げながら尋ねる。

「鉱山でモール族に不意を打てる奴は、そう居らん。やばくなったら潜って逃げるわ」

 スンスンと、鼻を利かせながら単独で探索に出かけるヴァロー。


 残された一同は、各々休憩を取る。

 クーメイが手鏡で口の中の傷を確認しながら治療している間、ミンテがリビュエに近づき、腰を下ろす。

「…リビュエは幸せですねー。あーんな綺麗で、優しくて強い先生に愛されてて」

 ミンテは女殺し屋の背中を眺めながら、すぐ隣の少女に話しかける。

「私は、自分で先生を選んだんです。貴女だって、伯爵に選ばれて良かったじゃないですか。伯爵は裕福だし、人柄も良いって先生たちから聞いてますよ」

 獣人の少女は、リビュエの言葉に対して、少し目を伏せがちになる。

「……お義父様は、ミンテを選んだんじゃないんです。ミンテを可哀想に思って、引き取ってくれただけ」

「?……それは希望を出さない貴女を、伯爵の方から選んでくれたってことじゃ…?」

 リビュエやミンテ達『パドマ』は、ヴァローたちに保護された後、誰の、或いはどんな人の家で保護されたいか、希望を出すことが出来た。

(一応、刺客に対応できる戦力を有する家や人物に限られていたが)


 逆にオムパリオスの貴族たちの方から、『パドマ』の保護を希望することも出来た。

「リビュエには、希望者が殺到した。でもミンテを保護したいっていう人は、一人も居なかったんです」

「…………」

 リビュエは九歳にして大人顔負けの身体能力を備え、高度な我流武術も修めている上に何より原理不明の変身能力を有しており、事情を知る武闘派貴族の興味を引いた。

 だが当のリビュエは、誰よりも率先してクーメイを希望した。そのためヴァローたちは、貴族たちの希望が殺到した事を、少女には伝えなかった。

 これは、ヴァロー達の上司であるトルディヤード伯爵の命令によるものだった。


 一方で、ミンテは『パドマ』として特別な能力を有せず、基本的な戦闘能力も高くないため、保護を希望する者は居なかった。

 そんな彼女を、トルディヤード伯爵が不憫に思ったのは確かだった。だが『パドマ』は誰もが何らかの能力に覚醒している。ミンテが処分もされずに最後まで確保されていたのには理由がある――そう考慮してもいた。


「そうだったんですね……知らなかった」

 リビュエは、クーメイの姿を密かに一瞥した後、膝を抱えて地面を見つめる。

「でも貴族の方々は、私の力だけを望まれていた。私はそんなの…全く嬉しくなかった。ミンテ……そもそも貴女も、先生を希望すればよかったのに…」

「……流石にせんせぇの家に二人も転がり込むのは、迷惑だと思ったんですよぉ…」

 当時のクーメイの生活能力のなさを思い出すと、リビュエもミンテの判断は正しいと思えてしまう。


「でも……正直私は、あの時貴女が来なくてホッとしてます…」

「な、何でですか? !……ははーん、やっぱりミンテの可愛さに恐れをなしたんでしょう?」

「……その通りです」

「……うぇ?」

 何処か暗闇を見つめた後、寂しげにミンテを見つめ返し、肯定する少女。

 思わぬ返答に、ミンテも瞠目する。


「貴女は可愛い。しかもそれを自分で肯定し、努力して、アピールするなんて……私には到底真似できない。……私は『パドマ』として育てられている時から、貴女が羨ましかった」

 生真面目で、面白みのない女。ただひたすら目的のために己を鍛え、武術の教えを請うだけの女。

(何より――私は、先生の強さだけを求めて保護を希望した、卑しい女…)


「ミンテ。私は……貴女が怖い。先生を取られるんじゃないかって」

「……!」

「先生の関心が貴女に向いている時、私は……とても嫌な気持ちになるんです」

 ミンテも大概コンプレックスをこじらせているが、リビュエも相当だった。


「あ、あのですね! 確かにミンテは可愛いから先生に愛されてますけど、先生は……その…ほんのちょっぴり! 1ミリくらい? リビュエの方が好きなんですよ! まあすぐに追い抜いちゃいますけど!」

 獣人の少女は尻尾を逆立てながら、喚き散らかす。

「その真面目な性格を含めて、先生はリビュエが好きなんですよ! 毎日一緒に暮らしてて、何でわからないんですか!」

「ご、ごめんなさい…」

ガチで怒り始めたミンテに、思わず本気で謝罪する。


「で、でもミンテ…ちょっと声が大きいのでは…?」

八ッ――と獣人少女は、クーメイの方を見遣る。


 切った口の中を確認していたはずの女は、ふらふらと踊るように二人に近づいて来る。

 明らかに二人のやり取りが途中から聞こえていたようで、何故か笑顔で滂沱の涙を流している。

「ふふふふ…尊い。恋のライバルでありながら、譲り、認める仲。尊い……くどいけど、もう一回言う。尊い」

 クーメイは、二人を同時に抱き寄せる。

「まさか今になって私にモテ期が来るなんて…。ミンテ…今からでも私の娘になっていいんだよ? 毎晩…ふふふ…リビュエと一緒に愛の蜜戯で溺れさせてあげる…」

「……表現がいやらしい」

 傍観しているイシュナにツッコまれる。


「せんせぇ。気持ちは嬉しいんですが、お義父様が悲しんじゃうから…」

「そうだよね…伯爵、今では貴女のことめちゃくちゃ溺愛してるし…あとお義兄さんも」

 ヴァローの上司である老紳士の姿を思う浮かべるクーメイ。

「でもせんせぇが可愛がってくださるのなら、もっともっと先生の傍に居るようにしますよ?」

 明らかに媚びたような上目遣いでクーメイを見上げるミンテ。

「こいつめぇ…いずれ伯爵に土下座して第二の嫁にして、毎晩リビュエとシフト制で愛してやるぜぇ?」


 三人(主に二人)がバカな会話をしていると、とてとてとヴァローが戻って来る。

「どうかしたのか、クーメイ?」

「私にもどうやらモテ期が来てるみたいで…」

「そうか。よかったな」

「え……何その真顔で薄い反応…」

「ちなみに出口なら見つかりそうだ。この先に坑道が真っ直ぐ続いていて、その先から風の匂いがした」

「しかもスルーしたわ…本当にどうでもいいって思われてる…」

シリアスな表情で冷や汗をかく女。



 一同は、そのまま暗い坑道の中を真っ直ぐ進んでいく。

 イシュナが真理魔術の『灯光ライト』を唱え、その明かりを頼りにする。

 もっとも一行の中で灯りがないと坑道の中を真っ直ぐに進めないのは、人間であるリビュエとイシュナだけである。

(このメンバーって…闇夜を見通せるか嗅覚が鋭い人が多いんですよね…)


「んー…確かに風の匂いがしてきましたぁ…」

 獣人であるミンテが、鼻を利かせる。

 一同がしばらく歩くと、やがて外の景色が見えて来る。

 

 外はすっかり日が暮れていた。そこから見下ろせるのは、一面の夜の森林。森を抜けた先、遠くには平地が見えるが、街道は暗くて見通せない。

 どうやら一行が今立っている場所は、鉱山裏手側にいくつかある出口の一つのようだった。

「『ひび割れ』どものせいで、時間食っちまったな…」

「この出口までの坑道って誰が掘ったんだろう?」

ヴァローがぼやき、クーメイが尋ねる。


「さあな。何らかの生物が意図せず掘った跡か、それともよからぬ連中が意図的に掘った跡か。少なくともドワーフや俺達モール族の仕事ではなさそうだ」

「これでは『ひび割れ』たちも入り放題ですね…」

 勝手に掘られた裏口には、当然上り易く下り易くと整備された道もなく、一同は山の斜面を慎重に下っていく。下りた先は、やがて森へと差し掛かる。


「この暗さで森の中を進むのは危険だ。今日はこの辺りで休むとするか」

 誰もがヴァローの提案に反対しなかった。一行は火を起こし、携帯していた食料を準備する。

「思わぬ出口から出てきたが、予定していたルートからは、それほど外れてはいないと思う。確認するのは、明るくなってからにしよう」

 一同が頷く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ