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第12章 ドラゴン・エンカウント


「『ひび割れ』の刺客でしょうか?」

ミンテをおぶったリビュエが尋ねる。

「どうかな? 機動力と消音能力はともかく、脆い。タベンロード卿のゴーレムの方が強かった気がするし――」


 ――その時、クーメイが最初に倒した一体と、今倒したばかりの二体のゴーレムたちが大音声を上げる。生き物の声というよりも機械的な声による絶叫だが、そのせいか妙に広場の中に響き渡る。


「何なの、コイツ等!? 死んだら絶対大声を上げなきゃいけない宗教上の理由でもあるの!?」

 怒ったクーメイが、これまで矢を打ち込んだゴーレム全てを踏み潰さんと大股に歩き出す。

「待て、クーメイ! ひょっとしたら何か目的があって――」


 クーメイの前方、視界に広がる岩肌。その中央辺りの地面が、ボコッ…と盛り上げる。

 女は大股に歩き出そうと振り上げた足を、ピタリと止める。

 一同が何事かと固唾かたずを呑む中、地面は次々と小山のように盛り上がっていく。


 何事かを察したクーメイは、そっと脚を戻して振り返り、一行に対して人差し指を唇の上に当てて、物音を出さないように指示する。

 そして一行の背後に点在している大岩の中で、最も大きなモノを指さす。


 (そこの岩に隠れて)との目配せを理解した一行は、なるべく物音を立てずに移動する。その間も、岩の向こうからボコッ、ボコォッ…と地面を掘り返す音が聞こえてくる。シュルシュルシュル…と判別不能な音も微かに聞こえた。


 一行は岩陰から、地面から出てくるものを観察する。

 掘り返された岩盤から姿を現したモノ――それは実に体長十メートルを超える巨獣だった。


 岩陰から「それ」が出てくるのを見届けたクーメイは、ヴァローと視線を合わせると、頷き合う。

 しかし相手が何か分からないリビュエは、不安そうに師を見つめる。

 クーメイやヴァロー、ついでにミンテも説明したいが、声を出す訳にいかない様だった。


『ハァアアアアアアアア……』

 咆哮でこそないが、巨獣の吐息が聞こえた。

 リビュエの不安を解くためにも、クーメイは口パクでとジェスチャーで伝える。


(ブ・ラ・イ・ン・ド……ド・ラ・ゴ・ン)

 「ドラゴン」という単語に、褐色肌の少女は瞠目する。


 「盲目竜ブラインドドラゴン」―――

 地方によっては知られていない「ドラゴン」の亜種である。

 「盲目竜」「盲竜」または「地龍」とも呼ばれる。山や洞窟、或いはこの鉱山のような地中に生息する竜である。


 太い胴体に長い首、ずらりと並んだ強靭な牙は確かに竜のそれだが、鱗や翼をもっていない。

 だが何より通常の竜と一線を画するのは、眼を持たないことである。

 地底に棲む故の特性なのであろうか、瞳の有る部分には代わりに触手が生え、

それが様々なセンサーとなっている。

 他には、爪の形が土を掘るのに適するためか、他の竜と形が違うなどが挙げられる。


(さ、て……どうしようか?)

 視線で一行に問うクーメイ。

(あれ…強いんですか?)

(あれ倒したら、一足飛びに『竜殺しドラゴンスレイヤー』だよ?)

 師のジェスチャーを察して、ぶるぶると首を振るリビュエ。


(先生なら倒せますか?)

(倒せるけど…えーと…その…危ない! いや私はいいけど、皆がね)

 本来なら違う言葉を返したかったが、それには身振り手振りではできないと判断した。

 クーメイとしては、盲目竜が害獣であっても無意味に殺したくはなかった。

 それは慈悲をかけているのではなく、他の厄介な魔物に対する抑止力として使えるからであった。個体差にもよるが、ドラゴンの実力は、魔王にすら匹敵するものも居る。

 盲目竜は、その特性から一長一短だが、身体能力では通常の竜に引けを取らない。

 もちろん鉱石を掘るために人が出入りする場所に出現したのであれば、クーメイも竜を倒すであろうが。


 クーメイはしばらく岩陰から覗き込んで、竜の動向を確認する。

(…盲目竜は音を感知する。さっきの音を消すゴーレム共の大声に引き寄せられてきたのかしら? ゴーレムを操ったのは『ひび割れ』の誰かさんだと思ってたけど、姿を現さないわね。いや出て来ても、ソイツも盲目竜と戦わなければならないけど…んー…)


 竜は音の原因を探してウロウロしているが、クーメイたちには気づいていない。

 クーメイは「しばらくここでやり過ごし、竜が諦めて帰るのを待とう」と一行に伝える。

 誰も彼女の提案に反対することなく、そのまま竜の動向を見張っていると――


「――くしゅん!」

 突然マギーがくしゃみをしてしまい、一行の視線を浴びる。


 キシャアアアアア……!!と、物音を察知した竜が咆哮する。

 空気が振動し、岩肌を何か大きなモノが叩き付ける轟音が響く。

 明らかに竜は、クーメイたちの方に向かって来る。


 急ぎクーメイは一人岩陰から飛び出し、竜の前に立つ。

「先生!」

 リビュエが声をかけるが、女は振り向かず、手で制する。

「えーと……よし」

 クーメイは両の掌を左右に広げ、思い切り眼前で叩き合わせる。

 とても一人の人間が出せるとは思えないほどの打擲ちょうちゃくの音が、坑道にひどく鳴り響く。

 衣服をはためかせるほどの衝撃と一陣の風を巻き起こし、盲目竜はクーメイの方に鎌首をもたげる。

(……最初は大声で気を引こうと思ったけど、大声出すのも、それを聞かれるの苦手だし…うん。これでよかった)

 

 知能が低く、言葉を理解しない竜は、まず眼前で爆音を出した矮小な存在を、排除すべき得物と捉える。

 クーメイもそれは感じ取っており、まずは左へ、左へと歩を進めて竜の向きをリビュエたちから逸らしていく。


 盲目竜は、まず眼前の障害を焼き払ってから、他の得物を探すことを決めた。

 すうぅ…と、息を大きく吸い込む。


 『竜の吐息ドラゴン・ブレス』――

 この生き物は「竜」の生態とはかけ離れた外見的特徴を持つが、ほとんどの賢者や学者は、この生き物を「竜」の亜種とすることを否定しない。

 何故ならば、大抵の「竜」が持つとされる能力を、この生き物もまた備えているからだ。

 竜にとって十八番とも呼べる能力。それがこの生き物を「竜」の眷属たらしめていた。


 ブゥ―――ワッ…と竜の口から高熱の炎が吐き出される。

 天井の岩肌までを明るく染め上げ、扇状に前進し、広がっていく炎。

 他の魔物の炎とは一線を画す名を与えられたこの脅威は、如何に名うての殺し屋であっても、呑みこまれればひとたまりもない。

 

 だが竜の予備動作を観察し、既に前傾姿勢を取っていたクーメイは『迅雷歩法』で一気に駆け出し、炎の波から逃れて岩壁に向かって風のように直進する。

 盲目竜もまた獲物を追いかけるように吐息ブレスの放射角度を変えていくが、クーメイの速度に明らかに追いついてなかった。


 更にクーメイは、岩壁まで達すると『迅雷歩法』を解除。『壁虎功』で以て、岩壁を駆けあがっていく。

 盲目竜もこの素早い獲物を捕捉しようと、身体の向きを変える。この時点で、クーメイのよる陽動は完全に達成されつつあった。


 岩壁を駆けながら、『昂鷹神弓』を取り出し、器用に矢を番え、竜に狙いを定める。

 ――だが狙いが定まった瞬間、岩壁の中から例の人形が飛び出し、女に抱き付いて手足を封じる。

「―――っ…!?」

 竜に集中していたクーメイは、人形の突然の出現――その捨て身のタックルを躱せなかった。岩壁の破片や人形と共に、地面に落下する。


「くっ…は、離れろ…!」

 人形を下にして受け身こそ何とか取るが、引っぺがすことが出来ず、もたつく。

 そのもたつきを逃す事無く、盲目竜の巨木のような尻尾が、うなりを上げて襲い掛かる――


 バキャッ――とまず木材が破壊される音と共に、人形が砕け散る。

 勢いそのままに竜の尾は、クーメイの肉体を強かに叩く。

 吹き飛ばされた女は数メートルほど宙を飛び、その後ゴロゴロと地面を転がり続け やがて止まる。


「ぐっ……ぶふっ…!」

 よろよろと何とか上体を起こそうとするクーメイだが、血を吐き出す。

「――――先生!!」

 盲目竜から離れながらも師の戦いを見守っていたリビュエが、悲痛な声を上げる。

(あのままだと、先生が竜に殺される――)

 慌てて今度は竜の居る逆方向に向かって駆け出す少女。


 が――――突如その行く手を、見えない何かに遮られる。

 ぐっ…と横に広がる見えない柵のようなものに身体を圧迫され、直後にグイッ――と後方に引っ張られる。

「――――!?」

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