第11章 無音の人形
「ミンテ、無事、で――」
魔法の明かりを携え、遅れて辿り着いたリビュエ。
二人の様子を見て、複雑な表情を浮かべる。
さらに遅れてヴァローが到着し、最後に『落下制御』の魔法で降りて来るイシュナとマギー。
「ごめん、ミンテ。話には続きがあって…アリカントは、たまに人族を危険な場所に誘導することがある…」
イシュナが申し訳なさそうに、ミンテに謝る。
「もー! そもそもイシュナちゃんが、銀の鉱脈とか余計な事言わなければ、ミンテちゃんは駆け出して怪我もしなかったのに!」
マギーの辛辣な発言に、俯くイシュナ。
「それは言い過ぎです、マギーさん。元はと言えば、人の話を最後まで聞かずに駆けだしたミンテが悪いんですから。イシュナさんのせいにするのはおかしいです」
真面目なリビュエらしい正論。言われたマギーも納得した様子ではない。
「まあ、まあ。可愛い女の子同士もっと仲良くしよう? この坑道での汚れも後でみんな一緒にお風呂に入れ、ば――――」
いかがわしいことを口にしてニヤけていたクーメイの表情が、みるみると真剣なものになり、急に振り向く。だが視線の先には誰もいない。
ミンテが転げ落ちた先で、今は皆が立っている場所は、非常に大きな広場だった。
この区域には人が立ち寄らないため灯りがなく、暗い。
「どうした? 何か居るのか?」
クーメイの突然の警戒に、ヴァローが理由を尋ねる。
「……灯りを」
言われてヴァローが精霊魔術で光の精霊を、イシュナが真理魔術で魔法の灯火を出して、
広場を照らす。
しかし眼前には、むき出しの岩肌が広がるのみ。
『昂鷹神弓――』
クーメイが今回容器の中から取り出したのは、銀色に輝く、羽根の飾りがついた短弓。
「みんなは、そこに居て」
女は矢筒を背に広場に一歩、一歩…ゆっくりと足を踏み出し、足元、天上…と交互に視線を移し、辺りを見回す。
一同もクーメイの察知能力を信頼してか、緊張感を持ったまま彼女を見守る。
やがて二十歩ほど進んだところでクーメイはしゃがみ、弓に矢を番え、岩でできた天井の一角に狙いを定める。
二つの明かりは広場を広範囲に照らしていたが、その光がぎりぎり及ばない範囲で、何かが動くのが確かに見えた。
一同がその何者かに気づいたと当時に、バシュッ――とクーメイが矢を放つ。
矢はどうやら目標に命中したらしく、そのまま天井から何かが落ちるのが見えた。
同時に――クーメイのすぐそばの岩肌から、土煙と共に一つの影が飛びあがる。
子供ほどの大きさの人影は、身体は岩肌そっくりに擬態できる体色で、作りは人形そのもの。顔は不思議な紋様の入った卵型の球体。
謎の人形は、鋭い爪を突き立てんと迫るが、クーメイは射撃直後にもかかわらず、すぐさまぐにゃり…と上体を後方に曲げて躱す。
そしてすぐさま矢筒から矢を一本手にして、人形の顔面――紋様の中央にズンッ…と突き立てる。凄まじい膂力による衝撃のため、顔にビシッ…とひびが入る。
顔に亀裂の入った人形は膝を折り、力が抜けたかのように崩れ落ちる。
「……ヴァロー、コイツら即席ゴーレムの一種だと思うんだけど」
後方に離れたモール族の男に質問する。
「あぁ…生き物ではないようだし、形からそうだと思う。だが何より……」
一旦呼吸を整えるヴァロー。
「土中から飛び出し、お前に奇襲をかけたが逆に顔面に矢を突き立てられ、倒れ伏すまでの間……一切音が発生しなかったのは、恐らくそのゴーレムは、魔法によって何らかの術式が施してあるためだと思う」
「ふーん…つまり一切自分の周囲で物音をカットできるとか?」
言いながら、既に動かなくなったゴーレムの頭を爪先で小突く。
「――――む」
今度は暗闇の中から二体の影が、やはり物音を一切立てずに高速で接近してくるのが見えた。
「音が一切しないって、何か変な感じだなー…」
(しかしこのゴーレムたち、元々古代よりこの山の中に配備されてて、それに偶然出くわしたのか、それとも…『ひび割れ』がけしかけて来ているのか…)
考えながら、矢筒より矢を二本取り出す女。一本を口に咥え、一本を親指と人差し指でクルクルと回し始める。
(ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な――)
二体の小型ゴーレムが、左右から迫る。左側の方が僅かに先行していると認識したクーメイは、回していた矢を弓に番えて、引き搾る。すると――
突如すぐ傍で倒れ、正に矢を受けたゴーレムの顔面から、強烈な絶叫が響き渡る。
後方で離れているリビュエ達ですら、顔をしかめるような大音声。
だがクーメイは顔色一つ変えず、僅か距離数メートルのゴーレムの顔に矢を放つ。
『……ッ!?』
顔面の紋様に矢を受け、左のゴーレムが後方へともんどりうつ。そして右のゴーレムが、クーメイに爪を突き立てんと振りかぶる――
――が、女はすぐさま仰向けに寝転がって爪を躱すと、その状態から前蹴りで天高くゴーレムを吹き飛ばす。
そしてすぐに起き上がると、吹き飛ばしたゴーレムを仰ぎ見ながら、口に咥えていた矢を番えて引き絞り、ビュン!と放つ。
矢は空中に吹き飛ばされたゴーレムの顔面を着実に捉え、目標はそのまま落下。岩肌に叩き付けられる。
「ふぅ…」
そして念の為とばかりに、先ほど大音声を上げたゴーレムの頭も、踵で踏み砕く。
「音を出したり、消したりする能力かぁ。地味に嫌がらせしおる」
「先生…!」
ゴーレムを都合四体倒し切ったクーメイに、一同は駆け寄る。