第10章 ダンジョン~ユネムト鉱山
クーメイら三人とミンテたち三人は互いに自己紹介を終え、鉱山の入り口に向かう。
「よぉ。ヴァローじゃないか」
分厚い鉄の門の左右に立つ、重鎧を装備した屈強そうなドワーフの門番二名が、
先頭のモール族の男に左右から声をかける。
「どうも。お仕事ご苦労様です。今日は港町側に抜けるのに通らせて頂きます」
「入るのは浅層だけか。なら危険はあるまい」
小柄だが屈強な門番たちは、ヴァローからクーメイ、それから少女たち四人に視線を移す。
「ミンテ嬢ちゃんの護衛か? 結構な大所帯だな。足元に気をつけてな」
それだけ言うと、左右に退いていくドワーフの衛兵達。
一行は開いた門をくぐると、トンネルに入る。
暗いが、魔法で設置された灯火が左右の岩壁に設置されていた。前方にはドワーフ達の身長に合わせて作られた、浅めの降り階段。
階段を下り切ると、あちこちに灯火の設置された広場に出る。
天井も高く、隅に工具やトロッコが並べられている。かつては鉱山として栄えたのであろうが、今は一部しか使われた様子がない。
初めて入ったのであろうイシュナとマギーは、天井や辺りをきょろきょろと見回す。
その間、こっそりとヴァローがまたクーメイに耳打ちする。
「連中、この中で仕掛けてくると思うか?」
「この中でなら人目につかない、衛兵の居ない様々な入り口から侵入できる…と向こうにメリットはある。ただ考え直してみたけど、港町までの土地勘は、こっちの方があるんだよね。それに鉱山は『浅層』までなら見晴らしも良いから、対応し易いと思う。それでも仕掛けてくるタイミングを考えるなら油断する時……つまり鉱山を出た直後とか考えられるかも」
クーメイがこれまで考えていたことに、ヴァローも賛同する。
「まあ私、リビュエ、貴方、ミンテの三人だと魔術に弱いから、あの二人の加入はありがたいかもね。」
「なるほどな。それも考慮して連れて行くのに反対しなかったのか」
「その通り。決して美少女とお近づきになれるからとかじゃないから」
「……リビュエが、お前の方睨んでるぞ」
「つ、つい素直に口に出してしまってた…」
一行は、広場の中央に備え付けられている魔法で動く昇降機へと移動する。
十人から二十人ほどが載れるという、正方形で柵のついた板状の昇降機。
ヴァローが起動させると、それは緩やかに垂直落下していく。
「説明するが、この鉱山は『浅層』『中層』『深層』からなり、当然深くなればなるほど、危険な魔物と出くわすことになる」
ユネムト鉱山にほとんど入ったことがないと思われるリビュエ、マギー、イシュナが聞き入る。クーメイは、ぼんやりと上へ上へと流れる岩壁を眺めている。
「この昇降機はそれぞれのエリアの中でしか行き来できない。つまり『浅層』から一気に『深層』まで行くには、都合三つの昇降機を乗り換えなければいけない訳だ」
「今回は『浅層』にしか用がないから、乗り換えはないけどね」
ミンテが説明を助ける。
「でも寂しい鉱山だねー。人も少ないしー」
マギーの何気ない発言だが、ミンテ一人だけが反応して耳がぴくりと動き、俯きがちになる。
「もう鉱石がほとんど取れないんだ。とは言えこのユネムト鉱山は広いし、深い。まだまだ鉱脈が眠っている可能性はないでもないんだが…未踏の区域は強力な魔物が居るからな」
「例えば、どんなのが居るの…?」
今度はイシュナが尋ねる。
「色んなのがいるが、場合によっては『竜』の亜種が確認されている。ドラゴンそのものも棲んでいるかもな。噂だけなら『魔王』が眠っているという話もあるが」
モール族として鉱山に詳しいヴァローが、やはり答える。
駆動音が小さくなっていき、やがて昇降機が小さな振動と共に停止する。どうやら『浅層』の一番下の階層に辿り着いたようだった。
「ここまでは、それほどのモンスターは出て来ない。特にここから真っ直ぐの通路を進めば危険はない。だが横道には気をつけてくれ。何が出てくるか分からん」
ヴァローが、前方の通路を指さす。
「ここからは長い歩きになる。ここにも魔法の明かりが点いているが、それでも足元には注意してくれ」
それから一同は、隊列を組む。
前衛に案内役のヴァローとクーメイ。後方警戒として後衛にリビュエ。そして最も安全な中衛にミンテ達三人が入る。
一行はむき出しの岩の通路を進んでいく。ヴァローの発言通り、時折左右に横道が掘られているのが見える。
だがこれと言って何かに出くわすこともなく、長々と歩いた末に彼らは中継点に至り、そこで休憩することになる。
備え付けられた灯火の下で、各自水分を摂ったり談笑したりと過ごしていると、
クーメイとヴァローの傍に眼鏡の少女――イシュナがやって来る。
「……二人にだけ話したいことがあるの」
チラチラと視線を動かし、特定の人間に聞かれていないか気にしている様子。
視線の先には、ミンテと談笑しているマギーの姿があった。
クーメイたちも何かあると感じて、疑問を口にせずイシュナの言葉を待つ。
「マギーに関してなんだけど……あの娘には気をつけて」
「……」
二人がイシュナの言葉の続きを待つが、少女はそれ以上何も語らない。
「……具体的には?」
クーメイから詳細を尋ねるが、イシュナはふるふると頭を振る。
「…はっきりとは言えない」
それだけ言うと、踵を返して二人から離れていく。
「……何なんだ」
「ミンテの仲間は、どっちも変わった娘みたいだね。気を付けた方が良いのかも」
「…どちらに対してだ?」
「……さあ?」
自分にも分からない、とばかりに自嘲気味に笑みを浮かべて水筒を呷るクーメイ。
休憩を終え、更に真っ直ぐに坑道を進む一行。
横穴に警戒しつつ、ただ黙々と直進していると、とある横穴で何かを見つけたらしいマギーが声を上げる。
「ミンテ。何か居るよ。あれなんだろう?」
言われてミンテは、横穴の暗闇の中に目を凝らす。
僅かな灯火の中、薄暗い坑道の先に、一匹の鳥が見えた。
鉱山の地下に鳥が居ること自体おかしいのだが、何よりその鳥は、体毛は青なのに、
翼が銀色に光っていた。
「えぇ……何ですか、あれ…?」
「あれは…アリカント」
「知っているの、イシュナ?」
ミンテの疑問に、博識なイシュナが答える。
三人の騒ぎに気づいたヴァローも足を止める。
「アリカントが出たのか? 『浅層』でもまあ見かける奴だが」
「あんまり強いモンスターじゃないし…好戦的でもない。けど――」
「――それよりあの翼! ぎ、銀色に光ってたよ…!」
獣人の少女は異様な喰いつきを見せ、イシュナも答える。
「…あれは銀を食べたから。…何処かに、まだ銀の鉱脈が眠っているのかも。アリカントは鉱脈を知っていることもあるらしいから。でも――」
「――ほ、本当!? じゃあ、あのモンスターは…あっ!?」
人族たちの声に気づいたアリカントは、ギョロリとした目玉でミンテたちの存在を確認すると、一目散に逃げ出していく。
「逃げちゃう! 追わなきゃ!」
ミンテはイシュナの話を最後まで聞くことなく横道に飛び込み、アリカントを追って駆ける。
「お嬢! 待ってください! 一人では危険です!」
ヴァローが言葉をかけても、伯爵の義娘は止まることはなかった。
一同は、アリカントを追いかけるミンテに続く。
「わー…流石獣人だから速いよぉ…はぁ、はぁ…。でもミンテって…貴族の娘の割に、結構…はぁ…お金に反応するんだねー…」
息を切らしながら、マギーが語る。
「ミンテが駆け出した理由は……多分違う。あの娘は、そう言った目つきをしていない。あれは…誰かのため、何かのために走っている」
「へえ。イシュナにしては結構じょうぜつー」
二人が率先して追い、クーメイたちがその後に続く形になる。
狭い横穴のせいで、クーメイは二人を追い越してミンテに肉薄できないでいた。
しかも彼女は、ヴァローを抱えながら走っていた。モール族はドワーフ同様、脚が短いため走るのは得意ではない。
細長い道、曲がりくねった道、脇道を駆使して逃げる怪鳥。翼は機能していないが、持ち前の脚力でミンテを翻弄していく。
一方獣人少女も、中々の脚で食らいついていく。
「はぁっ…はぁっ…ひぃ…ひぃ…」
だが当然体力の消耗が激しく、息も切れ始める。
(き、気のせいか…あの鳥の翼から出ていた光が弱くなってるような…? しかも…気のせいかな? 灯火の光が、暗くなってきて…)
鉱山のあちこちに設置して魔法の灯火だが、その光が届かない場所は、即ち人が立ち寄らない空間であると言うこと。
ミンテは獣人のため暗視能力はあるのだが、アリカントに夢中になり過ぎていた。アリカントは特殊能力として、追跡されると自らの光を弱め、姿を消すことができる。
つまり――――
「あ、あれ…? どこに…うわっ…!?」
追跡に夢中になるあまり、足元がおろそかになり、少女は急な坂道に気付かなかった。
もはやアリカントの姿はどこにも見られず、ミンテは急勾配をゴロゴロと転がり落ちていく。
長い長い急な坂道を、受け身も取れずに転がり落ちながら、遂に岩壁の上に叩き付けられる少女。しばらくは立ち上がることができなかった。
「ミンテ!」
皆が一斉に声をかけるが、すぐには急な坂道を下りられなかった。
「う、うぅ…」
「ミンテ、大丈夫?」
坂道をものともせず、どころか真っ先に滑り降りて来るのはクーメイだった。
仰向けに倒れているミンテに駆け寄り、彼女の状態を確かめる。
「右の足首を捻ってる。あと全身を強く打ってるけど、外傷はないみたいだね」
「せ、せんせぇ…ごめんなさい…私…」
横になったまま、じわりと目に涙を浮かべる少女。
「発見されていない鉱脈を見つけたら、この国は再び潤うし、お義父さんも喜ぶ。そう思って夢中で追いかけた。……ミンテは本当に優しいね」
言いながら、薬と包帯を取り出すクーメイ。
「…………!」
一方で心の中を当てられたミンテは、益々瞳を潤ませ、無理矢理上体を起こして、女に抱き付いていく。
クーメイは優し気な眼差しで獣人少女の頭を撫で、頬をすり寄せていく。