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【ツグル、マキナ語る、そして】過去の真相と現実

 本当に、ろくなもんじゃなかった。

 胸糞悪くてしょうがなかった。


 マキナユーレイは、なんでもないことのようにつらつらと話したけど。痛みを感じないくらい傷ついていたんだってくらいは俺にもわかる。

 

 高校三年の二学期に、ある噂を耳にした。

 バレー部員の何人かが停学になった。部室で一年の女子とヤッてたからだって噂。

 噂を聞いたときは、アホか、と思いつつ、ちょっと羨ましいななんてあさましいことを思ったけど。


 俺は、それから後に、その一年がマキナだったと知った。

 やっぱ、ギャルってビッチなんだな、なんて思ったけど。実はものすごくショックだった。

 だから、あの時、俺がやったことは、たぶん、八つ当たりの部分も多かったんだと思う。


「まあ、それで私も停学になったんですよ。斎藤君も。斎藤君の親、すごい厳しいらしくて。それで、私とは自然消滅って感じです。私、停学明けても学校行かなかったんですけど、ぜんぜん、連絡とかしてこなかったし。良かったですけどね、別れられて」

 マキナユーレイが言った。


 それから、挑発するみたいに襟のリボンをいじる。そのたびに、シャツの胸元が開いて、白い谷間が見えた。


「先輩、このビッチが、とか思ってるでしょう?」


「別に」

 いや、ちょっと思ったけど。


「それじゃあ、今度は先輩が話してくださいよ。先輩が起こした事件のこと。あれって、十一月くらいですよね。そのころまだ学校行ってなかったから、担任が訪ねてきたんですよ。出席日数がそろそろヤバいってことですね。その時に、担任が先輩の事件を教えてくれたんです」


 頭をかいて、誤魔化そうと思った。

 だけど、マキナユーレイは、視線をそらすことなく、俺を見つめていて。


「感情に動かされて行動する奴は馬鹿だって。先輩言ってたじゃないですか」


 ため息が出た。その通りだよ。

 だけど、もし、もう一回人生をやり直したとしても、俺はやっぱりああしていたと思うんだ。

 だから、感情だけで動いたわけでもないじゃんないかな。



◇◇◇



 バレー部の起こした事件を聞いても、俺には関係のないことだと思ってた。

 陰キャの俺は、不純異性交遊も乱交も、なんも関係ない世界の人間だったもん。

 いつも通り、放課後は文芸部の部室で本を読んでた。

 いや、受験勉強もしてたよ。おかげで、ちゃんと第一志望にも受かったんだから。


 体育祭が終わって、風が冷たくなってきた頃。

 いつもみたいに部室にいったら、部屋の前に、見慣れない連中がいた。三人。確か、あいつら三年だったよな、といぶかしみながら近づいた。


「よっ、文芸部員?」

 一人がフランクな感じで言った。


「そ、そうだけど。なんか用?」

 うん、正直、初対面で相手複数で、超ビビってた。体格いいしさ。


「部員、あんた一人なんだろ?」


「ああ、そうだけど」


「ちょっと部屋見せてもらっていい?」


「別にいいけど」


 なんだこいつら、と思いながら数の威圧感に負けて、鍵を明けて、連中を中へ入れた。


「いいじゃん。いいじゃん」


「ここならバレねえんじゃね」


 なんか、盛り上がる連中。

 だから、なにがだよ。うぜえな。


「あのさ。この部屋、貸してくんない。ときどきでいいんだけどさ」


「はっ?」

 精一杯、不快感を表明した。

 そりゃあ、そうだろ。居場所を貸せって言われたら温厚な俺もムカっとくる。


「いい話なんだって」

 すっごいフランク。肩なんか組んできてさ。

 うぜええ。


「バレー部の部室の話、知ってる?」

 肩組んでるのと別の奴。

「俺たち、その停学になった部員な」


 もう一人が、スマホ出して、ポチポチ、シャッシャッといじって。

「これこれっ」って俺につきつけた。


 そう、君が映ってた。

 あんなもの撮らせるなよ。アホ。


「ここ貸してくれたらさ。あんたにもヤラせてやるから」


「大丈夫。超ビッチだから。もう彼氏の前でもすごかったから」


「しぶったらさ。写真、ネットにばらまくって脅せばいいよな。それか、斎藤に連れてこさせるか」


 そのあとも、連中いろいろ言ってたけど、覚えてないな。

 気が付いたら、殴ってた。大声あげながら。


 なんで?

 俺だって分からないよ。

 ただ、君が楽しかったみたいに、俺も楽しかったんだろうな。初めて後輩ができて。


 喧嘩はどうなったか?

 ははっ、それ聞く?

 あのさ、俺、ヒョロガリだったでしょ。

 相手、腐っても運動部だぜ。しかも、三人な。

 ボコボコにされたに決まってんじゃん。

 

 だけど、運のいいことにさ。その日、隣に漫研がいたんだよ。先生呼んできてくれて、まあ、なんとか助かった。

 全部、言ってやったよ。包み隠さず。

 それで、連中は停学。しかも、学校が、もし君の卑猥な写真やなんかが流出したら、そいつらを退学にするって言って、全部消させた。

 グッジョブだよな。



◇◇◇



 担任から先輩の話を聞いて。

 私、どうしても会いたくて。先輩に会いたくて。

 学校に行ったんです。クラスの空気はもう、最悪って感じで。斎藤君が、好き勝手言ってたみたい。私一人悪者でビッチのクズ。

 だから、アリサにもエリにもシカトされて。ハブられちゃいました。先輩と同じ、ボッチです。

 どうでもいいですけどね。


 放課後になると、いつも部室棟に行きました。文芸部の前に立って。何度も、ドアを叩こうとしました。

 でも、どうしても、体が動かなくて。

 そのうちに、部室棟に行くことすらできなくなって。


 私、弱虫なんですね。先輩に軽蔑されてたらどうしようって。怖くて。 


 廊下ですれ違った時に、顔も見れなかった。


 そのうちに、先輩は卒業しちゃいました。

 私は二年生になって。クラスも変わって。

 だけど、例の噂のせいか、私の周りには、ちょっと不良っぽい子たちが集まってきたんですよ。

 まあ、とはいえ、うちの学校ですから。タカが知れてたんですけど。


 私はどんどん流されて行きました。

 誘われるままパパ活して。その相手が妻子持ちだったのに、すごい私にはまっちゃって。

 言い訳じゃないですけど。私、そんなにあざといことしてませんからね。ただ、役割をこなしてただけですから。 

 で、その不倫がバレて、大問題ですよ。

 学校は退学。家は追い出されて。


 そのまま上京しました。

 だって、先輩、K大志望だって言ってたし。


 パパ活したり、キャバで働いたり。なんでか、結構、うまくやれるんですよ。そういうの。

 お客さんが、すごい私に熱入れてきて、結果、破産しちゃっても、そうなんだって思うだけだったし。


 もう、本当に流されるまま。

 いつも思ってました。

 あの時。ドアを叩けていたら、って。

 勇気を絞り出して、自分で決めた一歩を進むことができたら、違ったんじゃないかって。


 ここぞって時に楽をしたら、踏ん張れなくなっちゃうんですね。人間って。



◇◇◇



「だから、死んだ後、このドアの前に立っていて。自分が高校生だって分かった時に、そういうことなんだって理解できたんですよ。私は、ドアを叩くために。先輩に会うために。ユーレイになったんだって」

 言って、マキナは照れ臭そうに笑った。

「馬鹿ですよね。ホント」


 感情で行動する奴は馬鹿だ。

 俺は今でもそう思ってる。機嫌が悪くなって怒鳴り散らす上司とかな。マジで軽蔑の対象でしかない。

 だから、やっぱり俺も馬鹿なんだろうな。


 小さなテーブルに身を乗り出して、マキナを抱きしめていた。

 下でグラスが倒れる音がした。床が濡れるだろうけど、知らん。


 マキナの手が俺の背中に回ってきて。

 吐息が頬にかかる。


つぐる先輩……」

 

 そういえば初めて呼ばれたな。ファーストネーム。


 幽霊のはずなのに、彼女の感触はちゃんとあって。細くて、小さくて。少し震えていた。

 お互いの呼吸の音だけがして。それに最近、よく外で鳴いてる猫の声が、ときどき交じった。


 どれくらいそうしていただろうか。


 マキナがささやくような声で言った。

「私、良かったです。最後に、先輩に会えて。良かった」


 すっ、とマキナの体が薄くなっていく。

 体の感触が、ぬくもりが消えていく。


 おい、なんでだよ。もういいのかよ。

 おかしいくらいに動揺してしまって。

 感情が激しく荒れて。涙腺だってもうヤバい。 


「なんだよ。ゆっくりしてけよ。せっかく来たんだろ」

 涙声で言った。

 たぶん、マキナには聞こえてなかったと思う。彼女は腕の中で消えていった。

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