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【マキナ語る】これが文芸部に入部した真相です

 昔、話しませんでしたっけ。うちの母親のこと。私の意見を全然聞いてくれない人なんですよ。

 ほかから見たら理解のある優しいお母さんに見えたのかもしれませんけど。

 例えば、私がピンクの靴が欲しいって言ったとするじゃないですか。


「あら、お母さんは、白の方がもっともっと似合うと思うな。白にしなさいよ」


 だから、私の物は全部、母親の好みだったんですよ。服も靴も、鞄も。玩具も。

 父親は無関心でしたね。私にも母にも。家に寝に帰ってくるだけ。お給料は良かったみたいですけど。


 それでも、一度、どうしても欲しい玩具があって。ええと、要するにしゃべるぬいぐるみみたいなやつで。超流行ってたんですよ。小学校三年くらいかな。女子はみんな持ってたんです。

 だから、私も欲しくて。母に誕生日プレゼントはそれにして欲しいって言ったんです。


「ああ、流行ってるものね。でも、ああいうの、すぐ飽きるわよ。それより、図鑑とかどう?」


 それで、父に交渉したんですよ。どうしても、プレゼントは、あれがいいって。

 なんて、言ったと思います?


「君のことはママに任せてるから」


 これだけです。

 娘が泣きながらお願いしたのに、ですよ。

 その時から、なんか、もういいかなって。

 母親の言う通りにしてきました。

 自分で決めたり、考えたりするのが、面倒くさくなって。だって、どうせ聞いてもらえないし。


 学校でもそんな感じに、周りに合わせて、友達とか先生の言うようにしてきました。

 それでも、中学までは、それなりにうまくいってたんですよ。

 主張するのをやめて、ずっと周りに流されていれば、敵もつくらないし。


 でも、高校に入ってから、それがうまくいかなくなってきたんです。

 高校生活が始まって、すぐに仲良くなったのは桧山有紗ひやまありさって子で。ほら、覚えてます? グループのリーダっぽい子。いわゆる、声の大きい子ですね。

 ああいう、自己主張の強い子は、私みたいに流されるタイプが好きなんですよ。いいなりになるから。


 エリ、緑山恵理みどりやまえりがいつのまにか近くにいて。エリは要領がいい子ですね。なんていうか、利にさといって感じで。


 それで長澤君たち男子グループと仲良くなって。長澤君はクラスのアイドル枠ですね。ほら、イケメンでさわやかで、明るくて、みたいな。

 それに元気で押しの強い斎藤君。要領のいい藤木君。


 まあ、あれですよ。アリサが長澤君を狙ってたからなんですよ。結局。

 だからでしょうね。とにかく、放課後遊びたがるわけです。カラオケとか。

 でも、長澤君も斎藤君も部活に入ったから。すぐに放課後、男子は私たちに付き合わなくなったんですけどね。


 そこでアリサは考えたわけです。

 長澤君の入ったサッカー部のマネージャーに私がなれば、私を待ってたり、会いに来る名目で、サッカー部の練習を見に来れるって。


「ねっ、マキナ、サッカー部のマネージャーやんなよ」

 ゴールデンウィーク中に、そんなことを言われました。


 自分でやるのは、大変だから嫌なんですよね。

 いつもの私なら、たぶん流されてそのままサッカー部に入部したと思うんですけど。

 私、長澤君に狙われてたみたいなんですよ。

 つまり、彼はアリサじゃなくて、私がタイプだったみたいで。

 困るんですよ、はっきりいって。


 露骨にアプローチしてくるタイプじゃなかったけど。視線とかで、分かるんです、そういうの。


 もし、私がサッカー部のマネージャーになったら、絶対に自分に好意があると思ったんじゃないですかね。


 ここで流されたら、長澤君の彼女になって、アリサの敵になって、絶対面倒くさいじゃないですか。

 あと、私、長澤君って、ちょっと好きじゃなくて。

 父親に似てるんです。雰囲気が。

 外面はすごく良くて。その分、身内に無関心、みたいな。ちやほやされて育ってきたからか、自己中だし。


 だから、私、入りたい部活があるって嘘ついたんです。

 それで、あの日、文芸部へ行きました。大変じゃなかったら、どこでも良かったんですよ。


 部活棟をウロウロして、でも、小学校から、自分でなにかを決めたことがない私には、決められなくて。決断できなかったんです。

 それで、ドアの前に立ってたら、先輩が来たんですよ。


 文芸部は、私にとって本当に都合が良くてですね。

 部員も先輩一人だけだし。なにもやらなくていいし。放課後、アリサたちと過ごさなくていいし。


 ははっ、そうなんですよ。もう、アリサたちといるの、結構、しんどくて。

 アリサがプライドを保つために、私をサンドバックにしたり。

 エリがアリサのご機嫌をとるために、私を下げたり、いじったり。

 そういうの本当に、疲れるんです。


 二人とも、なんていうか、いじめっこ気質って感じで。

 まずったなあ、って彼女たちとグループになったの後悔しても、今更どうしようもないじゃないですか。


 だから、本当に、文芸部は良かったんです。


 居心地よかったなあ。

 先輩、ほっといてくれるじゃないですか。無関心だからってわけじゃなくて、なんていうんですかね。敬意? なんかそういうものですよ、きっと。


 ああ、そう、尊重。ちゃんと、私のことを尊重していて、だけど放っておいてくれて。


 話しかけたらちゃんと答えてくれて。

 ふふっ、気にしてたんですか?

 返しが下手だって言ったの。

 コミュニケーション能力が高くて、デリカシーのない人よりずっといいですよ。そういう人、多いんですよ。自分では面白いって思ってるんです。


 きっと、私が両親に求めていたのは、そういうことだったんじゃないかと思うんです。

 私のことを尊重して欲しいって。私が選んだことをきちんと見守って欲しいって。


 覚えてますか、先輩。

 進路の話をしたときのこと。先輩はK大を目指してるって言ってましたよね。理工学部でしたっけ。私、その時、全然ピンとこなかったんですけど。

 超頭良かったんですね。後から知ってビックリしました。


 ええと、話それちゃったけど。

 その時、先輩が私に聞いたんですよ。


「そっちは、将来どうすんの?」


 さあ? て私は答えました。

 ホント、全然、考えてなかったですし。


 母親ですか?

 ああ、その頃はですね。もう、なんか私に無関心になってましたね。不倫してたみたいですよ。その相手に夢中、みたいな。

 勝手ですよね、本当に。


「さあ? て。自分のことだろ。ちゃんと考えろよ。今のうちから、理系か文系か、それくらいは決めといた方がいいよ」


 先輩、ちょっと怒ってましたよね。

 それで、私が答えるのをちゃんと待ってくれてて。


 その時、初めて、自分がなになりたいのか、考えたんですよ。でも、ぜんぜんわかんなくて。それで、先輩が読んでる本が目に入ったんです。


「文系ですかね。本に関わる仕事とかいいかも」

 適当にそんなこと言ったんです。


「いいじゃん。それ」

 そう言ってくれたんです。


 なんか嬉しかったな。

 私が言ったことを、きちんと受け止めて、応援してくれて。

 嬉しかったな。


 気づいてました? 私、先輩のこと好きだったんですよ。

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