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【マキナからツグル】そして二人は……

 最近、先輩がいつもにもまして挙動不審だ。なんか、ソワソワしてる。えっ、なに、浮気? 浮気してるの?

 このあいだも、なんかパソコンいじってたから、なにやってるのかなあ、って近付いたら、ささっとウィンドウ閉じたし。


 なんか、いきなりスーツ買ってきたり。

 まあ、スーツ買ってくるのはいいんだけど。


「先輩、スマホ見せてください」


「えっ、いいけどさ。君、定期的に俺のスマホをチェックするのな」


「浮気防止のためです」


「そこは信用しようよ」


 どうぞ、と先輩がロック解除したスマホを渡す。SNSから着信履歴から、全部チェック。

 きっと、こういうの嫌がる男性多いんだろうけど。先輩はぜんぜん嫌がらない。


 一通りチェックしてスマホを先輩に返す。シロだ。少なくともスマホに浮気の痕跡はない。

 もう一台、別のスマホを持ってるとか?


「つうかさ。俺、いつ浮気すんだよ。休日、ほぼ、君と一緒にいるじゃん」


「そうですけどぉ。仕事中とか?」


「仕事してるよ。ちゃんと。あと、休憩時間、ライソ返してるだろ。すごい量。そんな暇ねえよ」


 そう言われればそうだ。

 私、結構、というか、すごい先輩を束縛していた。先輩があまりにも普通だから気づかなかった。

 まあ、いいや。先輩、気にして無さそうだし。


「じゃあ、なんだろう?」

 首を傾げる。先輩が最近ソワソワしてる意味が分からない。


「えっ、なにが?」


「なんか先輩、私に隠し事してませんか?」


 ずいっと先輩に顔を近付けて言う。

 先輩が、お、おおっ、って体を後ろに引く。


「なんで、いきなりスーツ買ってきたんですか。しかも、結構、いいスーツ」


「それは、ほら、あれだあれ。結婚式。友達の結婚式があるからな」


「どなたのです? 私が把握している先輩の人間関係に結婚間近の方、いましたっけ?」

 強いて言うなら、ゼロ君とソラミちゃんかな。でもそれなら私も知ってるはずだし。


「君、俺の人間関係、俺より把握してんのな」


「最近、なんかパソコンで調べてるみたいだし」


「俺だってエッチなものを観たいときもある。い、いてて。痛いって」

 ギュっと先輩の頬をつねった。


「先輩。私以外でエッチなこと考えるの無しですよね」


「はい。ごめんなさい」


「エッチなことは私がいくらでもしますから」


「うん、いろいろしてくれてありがとう」


「お礼を言われるとなんか恥ずかしいな」

 体がムズムズしてきた。あとちょっとムラムラしてきた。私、性欲強いのかな。


「とにかく、マキナが疑うようなことなんもしてないから。そこは信用してくれ。こんな可愛い彼女がいて、浮気とかしねえよ」


 わあっ。

 カーと顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 もう、先輩め。私をどこまで骨抜きにする気だ。先輩がホストだったら、毎日シャンパン入れてるぞ。


 結局、先輩が挙動不審な理由は分からずじまいで。

 まあ、いいや。そのうち分かるでしょう、と私も気にしなくなった。



◇◇◇



「それって、たぶん」

 ソラミちゃんがなにかに思い当たったのか、言いよどんだ。


「えっ、なになに? なにか心当たりあるの?」


 早朝の公園。ジョギングしてる人が時々いるくらいで、閑散としている。

 今日は二回目の映画撮影。

 今は先輩とゼロ君(男装)のカットを撮ってる。カメラまわしてるのは金田さん。

 私はいまだにこれがどういう映画なのか理解していない。だって、毎回、その日に撮るカットの台本しかくれないんだもの。


「いえ、私が言うのも野暮なんで。ここはもう少し待ってみては?」

 ソラミちゃんが言った。

 

 パンクファッションじゃなくて普通のパンツスーツ。黒髪ロングのウィッグをつけてる。そうすると、もう清楚なお嬢様みたい。


「そう?」


「はい。ちょっと羨ましいです」


 えっ、なにが?

 ソラミちゃんは無言で微笑んで。視線をゼロ君に向けた。


 二人が付き合いだしたのは大学生の時だそうだ。ゼロ君、映画研究会みたいなのに入ってて。ソラミちゃんを女優にスカウトしたんだとか。

 その頃のソラミちゃんは、パンクファッションのパの字も無く。ごく普通の真面目な女性だったらしい。

 それが、ゼロ君の女装やら映画研究会の人たちのハチャメチャっぷりに当てられて、開花したんだとか。


 ピンクツンツン頭で実家に帰ったら母親が卒倒したらしい。意外にも父親は理解を示し、以来、父娘の仲は良好なようだ。


「お母さんは口聞いてくれなくなりましたけど」

 ちょっと寂しそうに言っていた。


「じゃあ、次はマキナさんとソラミのシーンいくよ」

 ゼロ君に呼ばれ、私たちは三人の元へ小走り。


 はあっ、と疲れたみたいな顔をしている先輩が、私に笑いかける。


「頑張れよ」


「はい。先輩もお疲れさまでした」


 私とソラミちゃんが向かい合って立つ。

 ゼロ君と金田さんが、カメラを見て、なにやら確認。

 チラッと先輩を見ると、目が合った。

 私を見てたんだ。

 たったこれだけのことなのに胸が高鳴る。


 先輩。私、こんなに、あなたが大好きなんですよ。



◇◇◇



 いよいよ。いよいよ。

 ヤバい、考えるだけで、全身から、イヤーな汗が流れ出る。喉乾く。


 目の前では青いドレスで着飾ったマキナが座ってる。

 本日のディナーは超お高いホテルのラウンジです。このためだけに、スーツ買ったからね。

 テーブルマナーも、すげえ勉強したから。今日のために。マキナに隠れて。


 お高いディナーの味は、もう、さっぱり分からんかった。それだけ緊張してて。あれだけ練習したテーブルマナーも、もうぜんぜんで。マキナに、ちょこちょこ注意された。

 ううっ、情けない。


「あっ、そういえば、これくらいの時期じゃないですか? 先輩が事件起こしたの」


「えっ、事件? 俺、なんか事件起こしたっけ?」

 いきなり振られて、俺はわけがわからず。

 ほら、もう、今日の俺はいつも以上にスペックが低くなっているからね。特に脳みそ、な。


「ほら、先輩が元バレー部員の先輩たちを殴った件」


 言われて、ああ、あれか、と思いだす。

 うん、殴ったっていうか、ボッコボコに殴られたんだけどな。むしろ。


「そういや、これくらいの時期だったな」

 つうか、あれだな。連中がマキナにやったこと考えたら、もっと殴っとけば良かったな。マジで。


「先輩は私のヒーローです。あの時から」

 マキナが熱っぽい目で俺を見つめる。

 じいいぃぃっ、と。


 やるならここだろ。

 いくぞ。


 コホン、と俺はわざとらしく咳払いした。

「その、あの、あれだな」

 緊張のあまり、なんか、うまく出てこないな。言葉。


「実は、こんなものを用意したんだ」

 俺はバッグから小さな箱を出した。青い四角いリングケース。


 マキナの顔が見れなくて、彼女がどんな顔してるか、分からん。ただ、息を飲む音が聞こえた気がする。

 

「その、左手、いいか?」


「はい」

 マキナが小声で返事をする。


 なんとか顔を上げるとマキナが真っ赤な顔でうつむいて。左手をそそっと出してきた。


 俺は超震える手でリングケースを開いて。指輪を出した。よくわからんがダイヤの高いやつ。

 貯金しといて良かったぜ。


「その、あれだ。俺と結婚してくれ」

 あれ、先に、これ聞くべきじゃね?

 左手要求するよりも。指輪だす前に。


 なんかいろいろグダグダだ。

 緊張でもうわけわからん。


「はひ」

 マキナがかすれた声で返事をした。

 顔を上げて。なんか、すっごい強張った顔してて。


 えっ、オッケーだよな。オッケーでいいんだよな。


「よ、喜んで」


 オッケーだった。

 ふうっ。

 もうちょっといろいろ落ち着いてからの方が、とか言われなくて良かった。

 同じ相手に二度プロポーズとか、きついもんな。


 で、マキナの左手の薬指にリングをはめる。事前調査はしてあるぞ。こないだペアリング買った時、サイズ、ちゃんと聞いといたもんね。


 ぐすっ、と鼻をすする音。

 顔を上げるとマキナが泣いていた。ちょっと目が潤んで、とか、一滴の涙がポロリ、とか、じゃなくて、すごい泣いてた。


「いや、泣きすぎじゃね?」

 ついツッコミを入れてしまった。


「だ、だってぇ、ちょ、超嬉しいんだもん」


「その、正直、早すぎんじゃね、とか思いもしたんだ。でも、なんか……」

 言いかけて、なんだ? と思った。

 えっ、言葉の続き思いつかねえ。

「ええと、つまり、あれだ、結婚したいと思ってな」

 などと言う。


「わ、私の方が、せ、先輩と結婚したかたたもん」


 なんか対抗してきた。


「先輩以外考えられないし。先輩がいないと生きていけないし」


「俺だって、マキナ以外、考えられないから、プロポーズしたわけだし」


 マキナが涙を拭って。それから指輪を幸せそうな顔で眺める。

 マキナのその姿が、俺には本当にまぶしくて。幸福感が押し寄せてきた。

 しみじみと、マキナを眺めていると、俺の視線に気づいたらしく、左手を引っ込める。


「返しませんからね。絶対」


「いや、返せとか言わねえから」


「ならいいですけど。なんか、物欲しそうな顔で見てたし」


「マジで? 俺、超微笑ましい顔してたはずなんだけど」


「ああ、そういうあれだったんですね」


「…………」


「でも、その、私で良かったんですか? 本当に? その、自分で言うのもなんですけど。私、かなり面倒くさい女じゃないですか?」


「えっ、そう? マキナ、すげえ、楽ちんだけど。気が付くし。なんでもできるし。優しいし。エッチだし」


「束縛するじゃないですか。私。嫉妬深いし。スマホとか、見せろって。あれ、嫌じゃないですか?」


「別に隠すものないしなあ、今更。むしろ、代わりに返信とかしてくれて助かるけど」

 なんかいい感じに返しといてって言うと、やってくれるんだよね。SNSのコメとか時間がかかる俺には、すごい楽。

 あと、インシュタとかチェックしてくれるし。マキナには秘書感がある。


「先輩が女の子目で追うと、肘鉄くらわせたりするじゃないですか」


「まあ、それはしょうがないかなあと。彼女の前で、ほかの女を見る方が悪い。つい見ちゃうけど」


「……キャバ嬢とかパパ活とかやってたし」


「もう、卒業したんだろ。じゃあ、いいじゃん。つうか、マキナのキャバクラごっこ結構好き」

 ときどきやってくれるんだよ。キャバクラごっこ。初対面みたいな感じで。


「その、じゃあ、その……ふつつかものですがお願いします」


「おっ、定番がきた」


 もう、とマキナが頬を膨らませる。

「すぐ茶化すんだから。私、マジで、結婚しますからね。やっぱ冗談だから、とかいったら刺しますから」


 マキナは俺をなんだと思ってんだ。


「でも、そうか。先輩が最近、輪をかけて挙動不審だったの。プロポーズの準備のせいだったんですね」


「そうだよ。浮気とか疑いおって」


「だって」


「まあ、ともかく、しようぜ。結婚てやつをよっ」


 それにマキナが、ぷっ、と吹き出した。両手で口を押さえて、笑いをこらえる。

 だけど、こらえきれず、そのまま笑い声をあげた。

 周囲のテーブルから、超見られた。


「もう、先輩、笑わせないでくださいよっ。中二病? 中二病ですかあ?」


「ちげえよ。俺のは、中二病テイストを取り入れた新感覚ユーモアだろ」


 それにマキナがさらに笑って。


 いいよな。好きな子が笑ってるところ。

 それだけで、本当に幸せな気持ちになる。

 自分が笑わせたなら、なおさらだよ。

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