【ツグル】デートとバニーガール
「先輩。見て見て。可愛いのいる」
マキナがライトアップされた水槽を覗き込む。
ハコフグがパタパタと泳いでいる。
今日は水族館に来た。よっぽど楽しみにしていたのか、マキナは朝からテンション高くて。なんか、いつも以上に可愛い。
ベージュの半袖シャツに淡いオレンジ色のスカートってかっこうで。シンプルだけどよく似合ってる。
「あっ、先輩の好きそうな魚がいますよ」
「いや、別にミノカサゴとか好きじゃねえけど。それより、早く行こうぜ。カブトガニ見たいんだよ」
「ええっ、ゆっくり見ましょうよ。楽しみましょうよ。今を」
「なに、その青春っぽいキャッチフレーズ」
「今が私の青春ですもの」
「遅れてきた青春」
「先輩の方が二つ上ですけどぉ」
手をつないで暗い館内を見て回る。
「楽しいですね。水族館。何度でも来たくなっちゃう」
「そうだな。こう、陰と陽が交じり合う感じがいいよな」
「うわっ。前から思ってたんですけど、先輩って中二病っぽいですよね」
「くっ、俺の内側で、やつが暴れやがるっ」
マキナが耳打ち。
「やつって、エッチな衝動的なもの?」
いや、ちげえよ。なんか一気に青少年の悩みみたいな感じになっちゃったよ。まあ、中二病も青少年の悩みみたいなもんだが。
「先輩。クラゲ。小さいクラゲがいっぱいですよ」
「おお、これ好きなんだよな。癒されるよな」
「なんか、私も、こんな感じで、ふわふわ、ゆらゆら生きていたんですよねえ」
「クラゲ本人はすげえ必死なんだと思うけどな」
などと、他愛のないやりとりをしたり。
巨大な水槽の圧倒的な光景に二人で見惚れて。寄り添って立ったまま、無言で互いの手のぬくもりを感じたり。
お土産コーナーでマキナがバカ高いぬいぐるみを買ったり。
たっぷり水族館を堪能した後、俺たちはのんびり周辺を散策して。
ちょっとオシャレなレストランで夕食をとって。
「先輩。今日は帰りたくないです」
レストランを出たところで、腕を絡めたマキナが囁いた。
「えっ? そうなの? なんで?」
意味が分からず聞き返す。
「……先輩と、ずっと一緒にいたいから」
「?」
同じ部屋に帰るから、ずっと一緒にいるだろ。
「もうっ。察し悪いなあ。ラブホ行こうって誘ってるんじゃないですか。なんで分かんないんですか。先輩、彼氏として手を抜いてるんじゃないですか?」
「いや、分かんねえよ。なんの謎かけかと思ったわ。普通に言えよ」
「だって、なんか恥ずかしいじゃないですか。女から誘うの」
「でも、別に部屋でよくない」
「たまには、こう気分転換みたいな。ちょっと高めのところで。どうでしょう?」
「俺、始めていくところとか、落ち着かないんだよね。陰キャだから」
などといまいち乗り気ではなかったものの。マキナはしっかりと下調べをしていて。
タクシー捕まえて、移動した。
行った先は、なんかお城みたいなとこで。
よくわからんまま、廊下を歩き。
えらく広い部屋に入る。
「おお、すごいな。なんかVIP感がある。シャンパンとか開けたくなるな。無駄に」
「考えてみたら。普通に高級ホテルでも良かったですね」
「嫌だよ。そんなドレスコードとかありそうなの。落ち着かねえよ」
「先輩、スーツに似合うのはずなのに。なんか、冴えない探偵みたいな感じになっちゃうの、なんでだろう」
「おい、なにさらっと酷いこと言ってんだ」
「先輩、先輩、テレビを付けてみてください」
「えっ、なんで? カラオケすんの?」
「いいからいいから」
なんだよ。俺がラブホ来るの初めてだからって。
ビジネスホテルなら、泊ったことあるんだからねっ。
テレビをつける。
エッチな映像が流れ始める。
えっ、わっ、おおっ。なにこれ。こういうもんなの?
マキナが両手を口に当てて、クスクス笑ってる。クソっ、はめやがったな。と、いいつつ、ガン見してしまう。
ほら、マキナと暮らし始めて、そういうの観ること無くなったから。
おお、おおおっ、と見入っていたら、テレビが消された。
「はい、お終い」
「なんだよ。自分でつけろって言っといて」
「だって、驚かせたかったんですもん。でも、ほかの女の裸とか、先輩に見て欲しくないし」
マキナが俺の股間を注視する。
「先輩、立っちゃいました?」
「いや、反応する前に消された」
「良かった。セーフ」
「なんの判定だよ。もうわけわかんねえ」
マキナが、そそそっと寄ってきて、キスしてきた。そのまま長い長いキス。
やがて、はあ、とうっとりした顔で離れる。
「一緒にお風呂入りましょうね」
「じゃあ、入れてくる。よくわかんねえけど」
言ったところで、俺は部屋に冷蔵庫があるのを見つけた。なに入ってんだろ。ビールあるかな?
開けてみる。
ジュースやらビールやらが入ってるけど、カバーみたいなのがされてて取れん。ボタンを押せばとれるみたい。あと、なんか大人の玩具っぽいのもあった。
「こっちのメニューはフロントで頼めるみたいですよ。お酒の飲むなら、こっちの方がいいですよ」
マキナがメニューを差し出す。
ラミネートされたメニューが何枚か連なってて。料理やら酒やら、あと大人の玩具やらコスプレ衣装やら、いろいろあった。
マキナのセーラー服姿、可愛いかな?
などと邪念を抱いていると、マキナが耳元で囁いた。
「持ってますよ。セーラー服」
ヤバっ。今ので立った。
マキナがクスっと小悪魔っぽく笑って。
それから確認する。
「ふふっ。私のセーラー服。AVに勝った」
お風呂に入る予定が、そのまま一回戦が始まってしまった。だって、いきなり、触ってくるからさあ。
なんだろう。いつもと違う場所だからか。
ラブホテルというセックスに特化した空間だからか。すごく興奮して、いつもより、パワフルだった……マキナが。
「とにかく、一度、風呂入ろうぜ。クールタイム。クールタイム」
「じゃあ、行きましょうか。このまま」
「いや、とりあえず、離れてよ。動けないじゃん」
「このまま抱っこしてってください」
◇◇◇
夏が終わった頃。マキナのアップした動画がバズった。
アップした後に、ソラミちゃんがリンクを張ってくれたらしくて、そこそこ見られてたみたいなんだけど。なんか知らんが、いきなり再生回数が7桁行っちゃった。えっ、なんで。どうして。意味わかんねえ。あんなグダグダ動画が。
「こういの、いきなり火が付きますからね」
戸惑う俺にゼロが言った。
実はあの後も、ちょくちょくマキナは動画をアップしていった。
「料理のレパートリーには自信ありますから」とのこと。
とはいえ、毎回、毎回、グダグダな動画で。相変わらずの長回し。カット無し。なんか、その辺が受けてるらしい。
コメント見ると、俺たちの掛け合いに癒されるだと。よくわからん。
マキナはこれを機に本腰入れてユーチェバーになるのかと思いきや。
「ヤバっ、勉強しないと。早く高卒認定とらないと」
なんか、勉強してる。
「このままユーチェバーになっちゃえばいいんじゃねえの?」
「嫌ですよ。こういう人気商売は怖いじゃないですか。飽きられそうで。あくまでも、ちょっとだけ有名になっておきたいな、くらいのものです」
なんか堅実だった。
そんなわけで、マキナは昼間、俺が会社に言ってる間に、せっせこ勉強している。偉いぞ。偉いぞ。
そのせいかどうかしらんが、俺が帰宅すると超甘えてくる。
「先輩。私、すごく頑張りましたよ。褒めて、褒めて」とか言ってきて。
俺が頭を撫でるとフニャっとした顔になる。可愛い。
俺の方は相変わらず、毎日、仕事に追われる日々。というか、大半が、富田君の尻ぬぐいと花田さんの無茶ぶりのせいだがね。
クソっ、あいつら、ホント、ろくなもんじゃねえな。
あと、あれだ。
ゼロが映画撮るそうだ。そこに俺とマキナが出演予定。金田専務もなんか乗り気になっちゃって、今度の連休で一回目の撮影を行うことになった。
そういえば、女子高生の美波ちゃんから避けられるようになった。いや、なんにもしてないぞ。
あの後も、ときどき、駅で会っては(偶然だぞ。マジで)、ちょこちょこと話したりしてたんだけど。
「あの、森長良さんて、付き合っている人いるんですか?」
なんて言われて。
いるよ、一緒に住んでるよ、って答えたら、それから会わなくなった。
いや、いいんだけどね。リアル女子高生と付き合うとか、マジで怖いし。
そんで、その話をマキナにしたら、すごい得意げな顔された。
「ほら、だから言ったじゃないですか。先輩がイケメンだから声をかけてきたんですよ。痴漢から助けたのが先輩じゃなかったら絶対、スルーですから。女って、そういうものですから」
その時、ちょうど一緒にお風呂入ってたんだけどさ。
「先輩、そろそろ髪の毛切りましょうよ。伸びてきましたよ。そろそろ切どきですよ」
なんて言いながら、俺の髪を上げたり、下ろしたりしていた。
もう同棲して二ヵ月近く経つのに、相変わらず、俺は寝不足気味で。
今のところ、マンネリとか、そういうのぜんぜんない。
「先輩。どうですかぁ?」
バニーガールのマキナがセクシーなポーズをとる。
次の動画はバニーガールで撮るそうだ。仮面は目元だけを隠す、なんか仮面舞踏会っぽいやつ。相変わらず、妖しいな。
「似合ってる。すっげえ、妖しいけどね。次、なに作るの?」
「麻婆豆腐ですね。かなり本格的なの」
「なぜ、チャイナドレスの時に作らなかった」
「いいじゃないですか。細かいことは。こういうの、ノリですよ。ノリ」
「ただの無計画をノリと言い換える。便利な世の中だな」
「もう、意地の悪い言い方して。先輩は、そこにお座り」
マキナがソファーを指す。
「えっ、なんで?」
「ほら、せっかくバニーだし。先輩にお酌でもしようかと」
「おっ、いいね。いいね」
そんなわけで、まだ夕方なのに、突如晩酌を始めた。
「どうぞ」
マキナが中腰でビールをジョッキに注ぐ。
胸の谷間、もろ見え。えっろ。
「マキナは飲まないの?」
「夕飯作ってからいただきますよ。あっ、なんかつまみ作ってきますね」
俺はソファに座って、ビールを飲み、キッチンでせかせかと動くバニーガールを眺めていた。
結婚、申し込んじゃおかな。
いや、違う。別にバニーガールだからじゃない。
なんか、もう、マキナ以外考えられんし。
こないだ、実家から電話かかってときに、彼女と住んでるって言ったら、紹介しなさいって言われるし。
まだ早いかな。生霊の期間を合わせても付き合って三ヵ月くらいだし。
もっと落ち着いてからの方がいいのか?
マキナの高卒認定試験とか。ユーチェバーのこととか。
「どうしたんですか? ボーとして」
マキナがカウンターキッチンから声をかけてくる。
「あ、いや、マキナが可愛くてつい、見惚れちゃった」
マキナが真っ赤になった。
なんだろう。初々しいんだよ、いつも。反応が。
マキナが作業を中断して寄ってくる。
「先輩。料理中なんですからね」
「そっちが寄ってきてんじゃん」
「だって、先輩が可愛いとか言うから。だしぬけにさ。キュンてなっちゃうじゃないですか」
言って、マキナが俺の膝の上に座る。
「責任とって、可愛がってください」
マキナのうさ耳をナデナデする。
もう、とマキナ。
「そこじゃないですよ。撫でるところ」
「じゃあ、ここ?」
「っん。そこも、いいですけど……あっ」
「料理、途中で大丈夫?」
「はい。ちょっとだけなら」
「ちょっとじゃ終わらないぞ」
そんな風にイチャイチャしながらも、俺の頭の片隅には、結婚の二文字が浮かんでいた。それは、世の諸先輩方に聞くような圧迫感を伴うことはなく。むしろ、魅惑的に思えた。
童貞を卒業する前に、セックスって言葉がやたら輝いて見えたようにさ。
 




