【現代ツグル】女子高生はマジで後輩の幽霊らしい
「思ったより、本が少ないですね」
目の前の女子高生がカラーボックス二つ分の本を眺めて、首を傾げた。
1Kのフローリング部屋。
シングルベッド。パソコンデスクにチェア。本棚にしてるカラーボックス。折り畳みのテーブル。隅にテレビと据え置きのゲーム機。
部屋にあるのはそんなもんだ。
小さなテーブルを挟んで、クッションにペタンと足の内側をつけてWみたいな感じに座ってる女子高生。
本人の名乗ったところでは楠真希菜らしい。あの高校三年の一学期だけの後輩。
実際、彼女は本人に見える。十年も前の記憶でも、さっと蘇ったそれは鮮明だった。目の前の女子高生と記憶のマキナは同一人物に思える。
だが、当たり前だが、そんなことはありえない。十年もの時間はメイクでどうこうできるものじゃない。
「最近は、電子書籍で買ってんだよ。じゃなきゃあ、部屋が本で埋まる。なんか、飲む?」
「あっ、下さい、下さい。実は喉からカラカラで」
キッチンの冷蔵庫から作り置きの麦茶を出して、洗ってそのまま水切り桶に突っ込んであるグラスをとって、注ぐ。
「ありがとうございます」
言って、麦茶の入ったグラスに手を伸ばす。だが、グラスを持ちはしなかった。
「あっ、先輩はビールなんですね。いいなあ。私にも一口くださいよ」
「未成年に飲ませるわけにいかんだろ」
「私、未成年じゃないですよ」
「鏡見ろ、鏡」
「見ましたよ。先輩待ってるときに。もう、ビックリでした。高校時代の私がいるって」
俺はビールを開けるとグビリとあおった。
なんなの、この状況。飲まなきゃやってられんよ。
喉がカラカラと言った割りに、女子高生は麦茶に手をつけない。
なんだよ、別に怪しいもん入ってねえよ。
普通のやっすい煮出しの麦茶だよ。
「で、君、なんなの? 楠真希菜の妹かなんか?」
「私、一人っ子ですよ。知らなかったんですか」
ジトっとした目で見られる。
「いや、知らないだろ」
「でも、私、先輩に四つ離れたお姉さんがいるのは知ってますよ」
「えっ、なんで? 怖っ」
「だって、話したじゃないですか。そんなこと。お姉さん頭が良くて、医者を目指してたんですよね」
その通り。
なんか、やっぱ詐欺師かなんかじゃないか、こいつ。カモの身辺調査を先にしてあった、とか。
「そんな、胡散臭そうな目で見ないでくれませんか? 先輩の方が挙動不審で胡散臭いですからね。言っときますけど」
だけど、さ。
こういう返しとか、すごい懐かしいんだよ。マキナっぽいんだよ。記憶にある。
「私、ユーレイですよ」
「幽霊は鏡に映らないんじゃないのか?」
「でも、私、自分が死んだ瞬間覚えてますもん。こう、ブスッとお腹を刺されてですね。痛い、痛いってお腹を押さえて。そうしたら、なんか硬いもので、ガンって頭を殴られたみたいで。血が水たまりみたいになってて、そこに顔をつけたんですよ。それでまた、ガンって頭を叩かれて」
後頭部をナデナデする。
「それで、気が付いたら、ドアの前に立ってたんですよ」
玄関ドアを指さす。
「なにそれ」
いやに生々しい。
「それで、中に入らないとって。先輩に会わないとって。その思いだけがあって。で、肩にカバン背負ってるし、高校時代の制服着てるしで。鏡を見たら、高校生じゃないですか。これ、絶対ユーレイになったんだなあって。納得した感じです」
「えっ、じゃあ、なに、ついさっき殺人事件が起こったってこと?」
いや、にわかに信じられませんて、そんなの。
「どっかで君のヤバい死体が、転がってるってこと?」
ははは、と無理に笑う。いや、笑うしかないだろ。
自称マキナユーレイがキッと眠そうな目を見開いて睨みつけてきた。
「ちょっと不謹慎じゃないですか。私が死んだんですよ。殺されたんですよ。もっと、こう、ないんですか? 可愛そうに、とか、仇は俺が取ってやる、とか」
「じゃあ、まあ、とにかく、俺の文芸部の唯一の後輩だった楠真希菜が死んで、君がその幽霊だったとしよう。じゃあ、なんで、俺のとこに化けて出たわけ? 化けて出るなら、殺した奴のところに出ろよ。俺と君の関係なんて、超薄いじゃん」
実際、俺は存在すら忘れてたわけだしな。
自称マキナユーレイが恨めしそうな顔で俺を見る。幽霊だけにな。
「なんか、ひどいこと言われました」
「いや、だってそうだろ」
「じゃあ、なんで先輩はあんなこと……」
自称マキナユーレイが言葉を詰まらせて、うつむく。
あれ、なんか罪悪感が込み上げてきた。
俺が悪いのか? これ。
超気まずい沈黙。
グビグビっとビールを飲み干す。全然、酔わねえよ、アルコール入ってのか、これ。
「つうかさ。なんで殺されたの? なに、通り魔? 犯人の顔見た?」
不機嫌そうな顔を上げる自称マキナユーレイ。なんか軽蔑の眼差しだ。
「先輩、ホント、デリカシーないですね。殺された張本人にそういうこと聞きます?」
「いや、だって、気になるだろ。普通に。殺されるほどの恨みを買ってたら、ちょっと引くだろ?」
「はっきり言って、殺されてもしょうがないくらい恨まれてたと思います。心当たり、超ありますから」
開き直った感じで言った。
「不倫で家庭崩壊させたり。あと、キャバ嬢してたんで、太客、破産させたり」
うん、引いた。どんびきだ。
同時に、なんか、切なさのようなものが込み上げてきた。こいつ、あの後、そんな風に生きてきたのかよ。
バンって、小さなテーブルが叩かれた。
自称マキナユーレイが手の平を打ち付けたのだ。
「なんですか、その目。人の人生、勝手に憐れまないでくれませんか? 超むかつくんですけど」
そりゃあ、そうだよな。自分の人生を一生懸命こいつなりに生きてきたんだもんな。
それこそ、憐れむなんて失礼な話だ。
「悪かったよ。君なりに、いろいろ悩んで、選んできたことだもんな。俺が評価するようなことはダメだよな」
すると自称マキナユーレイは泣きそうな顔になった。本当に、もう今にも涙があふれそうな。なんというか、惨めさにうちひしがれてるような。
「選んでなんかないです。私、結局、ずっと流されて。楽に生きてきました。その結果が、これですよ。笑われたって、しょうがないですよね」
あの時、と彼女はつぶやくように言った。
「あの時、ドアを叩いていたら……違ったんでしょうか」