表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/53

【現代ツグル】女子高生はマジで後輩の幽霊らしい

「思ったより、本が少ないですね」

 目の前の女子高生がカラーボックス二つ分の本を眺めて、首を傾げた。


 1Kのフローリング部屋。

 シングルベッド。パソコンデスクにチェア。本棚にしてるカラーボックス。折り畳みのテーブル。隅にテレビと据え置きのゲーム機。

 部屋にあるのはそんなもんだ。


 小さなテーブルを挟んで、クッションにペタンと足の内側をつけてWみたいな感じに座ってる女子高生。

 本人の名乗ったところでは楠真希菜くすまきならしい。あの高校三年の一学期だけの後輩。


 実際、彼女は本人に見える。十年も前の記憶でも、さっとよみがえったそれは鮮明だった。目の前の女子高生と記憶のマキナは同一人物に思える。

 だが、当たり前だが、そんなことはありえない。十年もの時間はメイクでどうこうできるものじゃない。


「最近は、電子書籍で買ってんだよ。じゃなきゃあ、部屋が本で埋まる。なんか、飲む?」


「あっ、下さい、下さい。実は喉からカラカラで」


 キッチンの冷蔵庫から作り置きの麦茶を出して、洗ってそのまま水切り桶に突っ込んであるグラスをとって、注ぐ。


「ありがとうございます」

 言って、麦茶の入ったグラスに手を伸ばす。だが、グラスを持ちはしなかった。

「あっ、先輩はビールなんですね。いいなあ。私にも一口くださいよ」


「未成年に飲ませるわけにいかんだろ」


「私、未成年じゃないですよ」


「鏡見ろ、鏡」


「見ましたよ。先輩待ってるときに。もう、ビックリでした。高校時代の私がいるって」


 俺はビールを開けるとグビリとあおった。

 なんなの、この状況。飲まなきゃやってられんよ。


 喉がカラカラと言った割りに、女子高生は麦茶に手をつけない。

 なんだよ、別に怪しいもん入ってねえよ。

 普通のやっすい煮出しの麦茶だよ。


「で、君、なんなの? 楠真希菜くすまきなの妹かなんか?」


「私、一人っ子ですよ。知らなかったんですか」

 ジトっとした目で見られる。


「いや、知らないだろ」


「でも、私、先輩に四つ離れたお姉さんがいるのは知ってますよ」


「えっ、なんで? 怖っ」


「だって、話したじゃないですか。そんなこと。お姉さん頭が良くて、医者を目指してたんですよね」


 その通り。

 なんか、やっぱ詐欺師かなんかじゃないか、こいつ。カモの身辺調査を先にしてあった、とか。


「そんな、胡散臭うさんくさそうな目で見ないでくれませんか? 先輩の方が挙動不審で胡散臭うさんくさいですからね。言っときますけど」


 だけど、さ。

 こういう返しとか、すごい懐かしいんだよ。マキナっぽいんだよ。記憶にある。


「私、ユーレイですよ」


「幽霊は鏡に映らないんじゃないのか?」


「でも、私、自分が死んだ瞬間覚えてますもん。こう、ブスッとお腹を刺されてですね。痛い、痛いってお腹を押さえて。そうしたら、なんか硬いもので、ガンって頭を殴られたみたいで。血が水たまりみたいになってて、そこに顔をつけたんですよ。それでまた、ガンって頭を叩かれて」

 後頭部をナデナデする。

「それで、気が付いたら、ドアの前に立ってたんですよ」

 玄関ドアを指さす。


「なにそれ」

 いやに生々しい。


「それで、中に入らないとって。先輩に会わないとって。その思いだけがあって。で、肩にカバン背負ってるし、高校時代の制服着てるしで。鏡を見たら、高校生じゃないですか。これ、絶対ユーレイになったんだなあって。納得した感じです」


「えっ、じゃあ、なに、ついさっき殺人事件が起こったってこと?」

 いや、にわかに信じられませんて、そんなの。

「どっかで君のヤバい死体が、転がってるってこと?」

 ははは、と無理に笑う。いや、笑うしかないだろ。


 自称マキナユーレイがキッと眠そうな目を見開いて睨みつけてきた。

「ちょっと不謹慎じゃないですか。私が死んだんですよ。殺されたんですよ。もっと、こう、ないんですか? 可愛そうに、とか、仇は俺が取ってやる、とか」


「じゃあ、まあ、とにかく、俺の文芸部の唯一の後輩だった楠真希菜くすまきなが死んで、君がその幽霊だったとしよう。じゃあ、なんで、俺のとこに化けて出たわけ? 化けて出るなら、殺した奴のところに出ろよ。俺と君の関係なんて、超薄いじゃん」

 実際、俺は存在すら忘れてたわけだしな。


 自称マキナユーレイが恨めしそうな顔で俺を見る。幽霊だけにな。


「なんか、ひどいこと言われました」


「いや、だってそうだろ」


「じゃあ、なんで先輩はあんなこと……」

 自称マキナユーレイが言葉を詰まらせて、うつむく。


 あれ、なんか罪悪感が込み上げてきた。

 俺が悪いのか? これ。

 超気まずい沈黙。

 グビグビっとビールを飲み干す。全然、酔わねえよ、アルコール入ってのか、これ。


「つうかさ。なんで殺されたの? なに、通り魔? 犯人の顔見た?」


 不機嫌そうな顔を上げる自称マキナユーレイ。なんか軽蔑の眼差しだ。


「先輩、ホント、デリカシーないですね。殺された張本人にそういうこと聞きます?」


「いや、だって、気になるだろ。普通に。殺されるほどの恨みを買ってたら、ちょっと引くだろ?」


「はっきり言って、殺されてもしょうがないくらい恨まれてたと思います。心当たり、超ありますから」

 開き直った感じで言った。

「不倫で家庭崩壊させたり。あと、キャバ嬢してたんで、太客、破産させたり」


 うん、引いた。どんびきだ。

 同時に、なんか、切なさのようなものが込み上げてきた。こいつ、あの後、そんな風に生きてきたのかよ。


 バンって、小さなテーブルが叩かれた。

 自称マキナユーレイが手の平を打ち付けたのだ。


「なんですか、その目。人の人生、勝手に憐れまないでくれませんか? 超むかつくんですけど」


 そりゃあ、そうだよな。自分の人生を一生懸命こいつなりに生きてきたんだもんな。

 それこそ、憐れむなんて失礼な話だ。


「悪かったよ。君なりに、いろいろ悩んで、選んできたことだもんな。俺が評価するようなことはダメだよな」


 すると自称マキナユーレイは泣きそうな顔になった。本当に、もう今にも涙があふれそうな。なんというか、みじめさにうちひしがれてるような。


「選んでなんかないです。私、結局、ずっと流されて。楽に生きてきました。その結果が、これですよ。笑われたって、しょうがないですよね」

 あの時、と彼女はつぶやくように言った。

「あの時、ドアを叩いていたら……違ったんでしょうか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ