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【マキナからツグル】スマホが返ってきました

 はっ、と目を開けたら、先輩が目に入った。椅子に座ってスマホ見てる。

 良かった。ちゃんといる。


 目ヤニとかついてない? よだれ、大丈夫? ちょっと顔を手で拭う。思いっきりスッピン見せちゃったし、今更かもしれないけど。やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいし。


 ゴソゴソしてたら、先輩が気づいた。

「おっ、起きたか」


「はい。すみません。先輩がせっかく来てくれたのに、グーグー寝ちゃって。どれくらい寝てました?」


「二時間くらいじゃないか?」


「そんなに寝てたんですか? 起こしてくれたら良かったのに」


「いや、しっかり寝て、早く良くなってよ」

 優し気に微笑む。


「……はい」

 顔が、かあぁーと熱くなった。ドキドキとすごい動悸がする。

 なんだろう。体に戻ったからかな。生霊のときより、鼓動が大きく聞こえる。血が上りやすい。汗も、なんかすごい出てくるし。


「そういやあ、食事は食べれるの?」


「いえ、数日は流動食です。胃腸の調子が戻るまでは、ちゃんと食べれないんですよ」


「そうか。なんか、欲しいもんある? 買ってくるけど」


「ええと、コスメ関係とか。下着とか。マンションに戻れればいいんですけど」


「あっ、そういえば。バッグ、警察が預かってるから、俺が代わりに受け取って来ようか? スマホとかないと不便だろ」


「お願いします。ぜひ、ぜひ」


 あまりにも勢い込んで言ったら、先輩がキョトンとなった。だって、バッグにコスメ関係入ってるし。

 スマホあれば先輩とライソとかできるし。

 電話だって、できるし。

 寝る前とか、おやすみとか言っちゃって。

 ヤバっ、爆上がりですヨー。


「用紙貰ってきたんだ。君のサインがいるみたい。書けるか?」

 先輩が上着のポケットから小さく畳まれた紙を出す。


「ていうか、小さく畳み過ぎじゃないですか? それ、五回くらい畳みましたよね」


「だって、ポケット、入んないしな」


「バックとか持ち歩きましょうよ」


「手ぶらが楽なんだよ。スマホあれば、大抵のことはできるしな」


 先輩がベッドのサイドからアームのついたテーブルを引き出して、そこに紙を置いた。

 私はそろりそろりと体を起こす。手がうまく動かない。うう、ペンが持ってられない。


 手に先輩の手が、そっと添えられた。先輩は私の背中にかぶさるようにして、体と手を支えてくれた。


 心臓が激しく高鳴る。体が震える。体が熱い。

 やっぱり生霊の時と違っていた。たった、これだけのことで。すごく動揺してしまう。

 興奮してしまう。


「ゆっくり書こう」

 先輩の声が耳元でして。


「は、はひ……」


 私はほとんどパニックになりながら、ゆっくり自分の名前を書いた。


「じゃあ、預かってくるから。そういえば、ここにも売店あるよな」


「はい。なにか買ってきますか?」


 先輩がお尻のポケットから財布を出した。そこから一万円札を三枚。それをサイドテーブルに置く。

 えっ、なに、このお金? 私買われた?

 先輩なら、一生タダでいいんですけどぉ。


「えっ、なにその顏?」


「いえ、そのお金、なんだろうなあって?」

 病室でそういうプレイはさすがにまずいのでは? などと考えた私は相当、汚れているんでしょう。


「いや、売店でいろいろ必要な物、買わないとだろ。ごめん、手持ちこれしかない。これで足りる?」


 私の馬鹿ぁ。なに汚れた妄想してんだ。

 先輩、あなたは聖人ですか? それに比べて、私は、なんてダメなんだ。

 ビッチで、売女で、ゴミカスだぁ。


「お、おい、大丈夫か?」


 両手で顔をおおって、うなってたら、先輩に心配された。


「だ、大丈夫です。目にゴミが入りました」

 むしろ、先輩がまぶしすぎて直視できない、みたいな。


「じゃあ、とりあえず、行ってくるわ。また、戻ってくるから」


 その言葉に私は身を乗り出した。勢いが良すぎたのだろう、グラっと体が揺れる。筋肉衰えまくってるからね。


 すかさず先輩が私の体を支えてくれた。


「おい、気をつけろよ。体が弱ってんだから。病院で怪我なんてしゃれにならん」


「す、すみません」

 カーと体が熱くなる。昂りすぎて涙出そう。顔に当たる先輩の胸板。先輩はヒョロガリって言うけど、十分厚くて。たくましい。


 先輩はしばらくそのまま私の上体を抱いてくれていた。

 私は何時間でもこのままでいたかった。


「そ、そろそろ離れないか?」


 あっ、むしろ私がギュって先輩にしがみついてたんだ。


 しぶしぶ離れる。先輩の顔が赤かった。私もたぶん真っ赤だ。いや、赤を通り越して紫かもしれない。


「じゃあな。また戻ってくるから」


「はい。お気をつけて」


 先輩が病室を出ていった。

 私は部屋に残っている先輩の残り香をかぐように大きく息を吸い込んだ。



◇◇◇



 病院を出て、牛丼屋で昼食をとり、そんで警察署へ行った。秦野刑事はなんか別の事件に駆り出されたみたいで留守で。

 書類のおかげかマキナのバッグはすんなり受け取ることができた。


 そうだ。スマホの充電切れてるだろうし。

 ケーブル買わんとな。アイフーンかな。確認のため、バッグを開けさせてもらった。

 うん。アイフーンだった。

 途中のコンビニで充電ケーブルを買う。


 やべっ、あと千円しか無くなっちゃった。


 そのコンビニにATMがあったので十万下ろしとく。当面、なんやかんやと金がかかるだろうし。


 病室に戻ると部屋に看護師さんがいて、マキナと話していた。


「おかえりなさい」

 マキナが満面の笑顔。


 一瞬、引きつった顔で俺を見た(俺の被害妄想か?)看護師さんが会釈して、出ていった。


「ごめん、なんか取り込み中だった?」


「いえ、ただ世間話をしていただけですから」


「でも、看護師さん、なんか顏、強張ってなかった?」


「先輩の目つきが悪いからですよ。お前、俺のマキナになにしてんだ、コラ、みたいな目で睨むからですよ」


「えっ、俺、そんな顔してた? マジで?」

 なに、狂犬? チンピラ?


「あと、先輩、変な雰囲気あるじゃないですか。こう、引退した暗殺者みたいな」


「なんだよ、引退した暗殺者みたいな雰囲気って。そんなに、闇の世界から足を洗った感、出してるの、俺」


「やっぱりイメチェンが必要ですよ」

 うんうん、とマキナがうなずく。


「そうなの? じゃあ、今度、床屋行こうかな」

 言って、椅子に座る。


「ヘアサロン」


「どっちでもいいだろ」


「いえ、違いますよ。雰囲気が。ていうか、私が切ってあげますよ」


「えっ、美容師の資格持ってるの?」


「持ってるわけないじゃないですか」


「他人の髪の毛切り慣れてるとか?」


「切ったことないですよ。人の髪なんて」


 あれぇ、なんでこの子、自信たっぷりに切ってあげますよ、て言ったの?


「大丈夫ですよ。私、手先、かなり器用なんで」


「いや、いや、そう言うやつ、絶対失敗するから」


「最初は、ちょっと失敗するかもしれませんけど。最終的には納得の仕上がりになることでしょう」


「いや、なることでしょうって」

 俺は話題を変えようと、バッグをマキナの前に掲げて見せた。

「それはそうと、返してもらってきたよ」


「ありがとうございます」


 マキナにバッグを渡す。

 マキナはさっそく中を開けて、スマホを出した。やっぱり、現代人はスマホがないと生きていけんよなあ。


「あっ、バッテリーがない。充電ケーブル下にあるかな」


「買ってきたよ。ちゃんと」

 マキナに上着のポケットに突っ込んであった買ったばかりケーブルを渡す。


「……先輩、最高です」

 ウルウルした目で俺を見る。


「そこ、挿しとくからな」

 サイドテーブルのとこにあるコンセントにケーブルを挿し、マキナのスマホを充電する。


「あっ、お金、ちゃんとある」

 マキナが財布を確認して言った。それから三万円を抜き取って、俺に渡す。

「ありがとうございました。これでお金の方は当面大丈夫です」


「そうか。さっきも言ったけど、なんか必要な物があったら、気楽に言えよ。買ってくるか。つうか、連絡先教えとかないとな。ライソでいいか?」


「電話番号とメールアドレスも教えてくださいよ」


「えっ、面倒だし、ライソで良くね?」


「嫌です。先輩への連絡手段は複数確保しておきたいので」


「なにそれ。俺、追い込まれてる?」


 ふふふっ、とマキナが妖しく笑った。

「絶対、逃がしませんから」


 そういうマキナの顔が紅潮していて。目も潤んでいて。おかげでいっそう妖しかった。

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