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【ツグル】再会

 翌日、休みを取った。

 うん、無理。

 あの後さ。青い顔で脂汗流しながらうずくまってる角田すみたを縛って(結束バンド店員から借りた)。そうこうしているうちに誰かが通報したのか警官が来て。

 まあ、俺は当事者なわけだから、事情を聞かれて。


 だけどさ。

 まさか、幽霊に助けられたとか言うのもなあ。

 混乱してわけがわからなかった、とテンパった演技をして。

 目撃者はたくさんいたもんだから、彼らが事情を話してくれた。


 いきなり男が包丁を取り出して俺に斬りかかったこと。揉み合いの末(どういう原理か、他人からはそんな風に見えたみたいだ。マキナの姿は俺と角田以外には見えなかったらしい)、男が倒れた。


 とにかく署へご同行を、と角田とともに連行されようというところで、秦野刑事が到着。

 俺、超ホッとした。いや、なんか俺が反撃して、大ダメージ負ったみたいになってるし。過剰防衛とかにされたらヤダなあ、と思ってたんだ。


「さすがに刃物を持った相手に斬りかかられたらね。しっかり正当防衛は成立するよ。刃物を奪った後に、一方的に叩きのめすとかだったら、不成立になる可能性もあったけど。攻撃は金的一発だし」と秦野刑事は笑って言った。


 彼としても、いきなりマキナから電話があって。彼女に言われたように俺に電話して、駆けつけたらこんなことになってたもんだから。訳が分からないといったところだろう。

 ただ俺が偶然居合わせた角田に刃物で斬りかかられた事実は事実。

 さらに彼がマキナを襲った被疑者であることも事実。


 俺は結局、秦野刑事と警察署に行って。

 詳しい事情を説明。つったって、マキナのマンションがどんなだろうな、ってフラフラ寄ってみて。はあ、ちょっと一休みって、カフェに入って休んでたら、いきなり角田に斬りかかられた、くらいしか言えんのだが。


「どうも、角田のやつは楠さんに惚れていたようでね。それで店の女性から住所を聞き出して。まあ、ストーカーのようなことをしていたらしい。それで、楠さんと君が一緒のところをどこかで見たんだろう。機会を狙っていたんだろうな。森長良もりながら君は、楠さんと交際しているということでいいのかな?」


「あっ、はい。実は。すみません、変な嘘ついて」

 まあ、実際に交際してるしな。マキナが肉体に戻ったから反故ってことないだろ。ないよな? 


「角田のやつ。楠さんがいきなり目の前に現れたとか言ってるよ。相当、精神的に追い込まれてたんだろうな。もちろん、同情の余地はないがね」


 結局、マキナの生霊を見たのは俺と角田だけだし。俺が黙ってれば、角田の幻覚だということになる。

 まあ、生霊が現れて、とか言われても警察も困るだろうしな。


 その後、バッチリ、角田とマキナを刺した包丁の指紋が照合した。

 後日、マキナにも事情を聞かせてもらうことになるだろう、と最後に言われた。

 もろもろ終わったのが十一時過ぎ。そっから、秦野刑事が部屋まで送ってくれた。


「ああ、そうだ。楠さんのバック預かってるから、なんなら君が代理で受け取っておいてくれ。これ、楠さんに署名してもらえば大丈夫だから」となにやら用紙を渡された。


 バックの中にスマホやら入ってるだろうし。マキナの退院にはまだ時間がかかるだろうし。

 俺が受け取っておいた方がいいだろうな。


 秦野刑事の車から降りて。アパートの階段を上る。

 マキナは目覚めたわけだし。もう部屋の前で待ってる女子高生も、部屋で出迎えてくれる女子高生も現れることはない。


 少し寂しい気もするけどね。

 マキナに言った通り、今度は俺が会いに行くさ。毎日な。


 ちなみに、その後、なかなか寝付けなかった。朝、会社に休むことを告げ、そのまま十時近くまで寝た。


 そっから病院へ。

 移動中、考えたのはマキナの記憶のことばかり。

 あの時のマキナは、はっきり記憶を維持していた。秦野刑事への電話のことも考えると、記憶を失ったということはなさそうだ。


 ただ、どんどん記憶が薄れていく可能性はある。今日、起きてみたら、昨日のこと? そんな昔のことは忘れたよ、みたいになってるかもしれないからな。


 だが、そんな俺の懸念は病室に入った瞬間に消えた。


「先輩」

 マキナがベッドから声をかけてきた。上体を起こしていて、ちょうど入室する俺が見えたのだ。


「早速来てくれたんですね」

 本当に嬉しそうな顏。


 声がかすれ気味なのは、長い間眠っていたせいだろう。


「おう。明日も、明後日も来るぜ」


「マジですか? 超嬉しいですけど。でも大変じゃないですか?」


「ぜんぜん。平日はさすがに、遅くなるけどな」

 言って、俺はお見舞い品のフルーツ盛り合わせをサイドテーブルに置いた。


 椅子に座ってマキナと向き合う。

「なんか、変な感じだな」


「えっ、へ、変ですか? その、スッピンだし。その、メイクすれば、もう少し見られる顔になるんですけど。その、できれば、あんまり見ないで欲しいかなあ」

 マキナが頬を両手で挟んで、顔を隠すようにして言った。その顔がめちゃくちゃ赤い。


「いや、普通に美人だろ」


「び、美人? ホント? 本当にそう思ってくれてます?」


「十人中九人は美人だっていうんじゃないか?」


「そんな、有象無象の九人はどうでもいいです。先輩がどう思うかが重要なんで」


「有象無象ってリアルで初めて聞いた」


「そんなとこに注目しなくていいんです」

 キッと指の間から睨む。


 角田を轟沈させた前蹴りが頭をよぎる。

「お、おう。とにかく、美人だからな。うん。ええと、記憶の方は、どうだ? その生霊だったときのこと、ちゃんと覚えてるか?」


「はい。バッチリ覚えてますよ。先輩との会話とか。先輩との……」

 そこで言葉を切って、再び真っ赤になり、うつむいた。


 ヤバっ、なんか可愛い。


「結局、なんで、急に目を覚ましたんだ? なに? 肉体が起きちゃったの?」

 いろいろ考えて気を回したけど。あんまり意味なかったのかな。


「夢を見たんです。その夢で、私、あの男、角田の中に入っていて。あいつが考えていることが分かって。それで、あいつストーカーみたいなことして。カフェで私を待ってたんです」


「えっ、だって自分で刺したじゃん。……そうか、退院してくるのを待ってたのか」


「いえ、あいつの頭の中はちょっと普通じゃなくなってて。私が悪い男に監禁されているなんて思ってて。それで、昨日、先輩が偶然通りかかって。あっ、こいつが諸悪の根源だ、みたいな」


「諸悪の根源って。またリアルで聞かない言葉だなあ」


 もうっ、とマキナが頬を膨らませる。

「先輩、いちいち話の腰折らないでくれませんかね」


「お、おう。すまん」


「それで。その怪しい男が私を監禁しているに違いないって」


「えっ、そんだけで、俺、斬りかかられたの? 根拠薄くね? つうか、なんだよ、怪しい男って。別に怪しくねえよ。なに、俺、そんな危ない香り漂ってんの?」


「まあ、なんか、雰囲気あるというか。ダークなオーラが漂っているというか。悪い男っぽさはありますね。無駄に」


 なにそれ。俺、超真面目に生きてんだけど。ひどくね?


「なので、やっぱり髪型ちょっと変えましょうよ。あと、伊達眼鏡もかけてですね」


「おい、髪型は分かるけど、なんだよ、伊達眼鏡って。ただの君の趣味だろ」


「だって、眼鏡の先輩も見てみたじゃないですか。眼鏡をクイってやって欲しいですよ。クイって」

 マキナ、やたら興奮して主張。鼻息、荒いぞ。


「まあ、とにかく、角田は俺を、愛しのマキナを監禁している悪い男だと思い込んだわけだ」


「はい。私は夢でそれを見て。それで、ヤバいって。このままじゃ、先輩殺されちゃうって。もう、すごい焦ってですね。それで、夢中で、暗闇の中を走って。明かりの中に飛び込んで。あっ、その途中で、私、記憶を失くしかけたんですよ。この一ヵ月くらいの、先輩の部屋に行った記憶。でも、ちゃんと思いだしましたからね」


「そっか」

 やっぱり記憶を失くす可能性はあったんだな。良かった。ちゃんと思いだしてくれて。


「で、病室で目を覚まして。そっから、看護師さんに刑事さんに電話してもらって。先輩に連絡をとってもらったんです。そこで力尽きかけたんですけど。間に合わないかもって、すごく思って。先輩、マンションの方へ行ったから、また戻ってくるだろうし。角田がその後をつけて、グサって刺すかもって。もう、必死でした。必死に先輩を助けないとって思って。そうしたら、私、文芸部のドアの前にいたんです。それで、ドアを開けたら、あの店で角田の前に立ってて。角田の包丁をつかんで」

 そこまで言ってから、マキナは、はあ、と息を吐いた。

「ホント、間に合って良かった」


 話疲れたのか、少しくったりした様子だった。


「疲れたか? 寝た方がいいんじゃないか?」


「ええと、ちょっと横になりますね」

 マキナはそろりそろりと体を横に倒した。

「先輩が来る前も、ちょっと歩行のリハビリしてて。ずっと寝てたからいろんな筋肉が衰えちゃってるんですよ」

 言うマキナの目が眠そうで。

 無理もない。ひと月以上眠ってたんだから。


「あの、先輩、今日はお仕事は?」


「ああ、休み取ったよ。さすがに昨日の今日で、仕事ってのもな。マキナにも会いたかったしな」


 マキナが布団の中に顔の半分ほどまで隠れる。

「もう、照れるじゃないですか」


「だから、寝てていいぞ。俺、まだ帰んないからさ」


 マキナが目を細めて笑う。それはもう嬉しそうに。


「帰っちゃダメですよ。約束ですよ。帰るんだったら、起こしてくださいね。絶対ですよ」

 眠そうな声で言った。


「ああ、大丈夫だよ。ちゃんといるから」


 マキナが目を閉じる。

 すぐに寝息が聞こえてきた。


 さて、ちょっとコーヒーでも飲んでくるか。

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