【ツグル】料理上手
警察(マキナの事件担当の秦野って刑事さん)との電話の後。その内容をマキナに話した。
その時、伝えなかったことが一つあった。
マキナの両親のことだ。
マキナが事件に合った直後、警察から彼女の両親に電話がいった。
マキナの父親、母親。どちらも、娘が重体だというのに興味を示さなかったらしい。父親の方はすぐに電話を切られ。母親の方は、遺体の引き取りも拒否したい、と気も早く断ったそうだ。
「自分の娘だろうにな」
秦野さんは電話口でやるせなさを滲ませていた。
「こちらとしては君が彼女の代理人となってくれると助かる。前の職場も当たってみたが、どうもみんな警察と関わることを嫌がってね。余計なことかもしれんが。もし、彼女が目覚めたら、君が支えてやって欲しい」
入院費の支払いを肩代わりしようってところで、俺のマキナに対するただならない思いを感じ取ったのかもな。
そんなわけで、どっかで警察署に行くことになった。火曜日あたり、早退して寄ってくるか。
ついでにマキナの病室にも行って。
そんなことをつらつら考えていたら、いつの間にか俺の隣に移動していたマキナが、俺の腕を抱いた。
「いろいろ、面倒をかけて、すみません」
「面倒なんかじゃねえよ。マキナが生きてんだから、そんなの、マジでなんでもない」
マキナが一瞬、寂しそうな顔をした。
そういえば、生きているって知っても、マキナはそれほど嬉しそうに見えない。
なんでだ? もしかしてって思いがあったのか? いや、でも、今までの言動を考えるに、とてもそうは思えんし。
「その、嬉しくないのか? 生きてるんだぜ?」
生きてるってことは、未来があるんだ。
俺たちの未来があるんだよ。
俺なんて、それを想像するだけで。
退院したマキナと、いろんなデートをすることを考えただけで。
震えるくらい嬉しいのに。
マキナは顔を伏せたまま言った。
「ええと、嬉しくないわけじゃないですよ。でも、まだ実感が無くて。ずっと死んでるって思ってたから。それに……」
そこでチラリと顔を上げる。
「やっぱり、今の私を。二十六歳の楠真希菜をあまり、私は好きじゃなくて。先輩にとてもつり合うとは思えなくて。なんか……つらいです」
マキナは小刻みに震えていた。
自己嫌悪。最近、過去の夢を見るって言ったから、その影響を受けているのかもしれない。
「でも、マキナ俺の彼女じゃん。俺が童貞あげた相手だし。マジでつり合うとか、どうでもよくね?」
思いっきり馬鹿っぽく、チャラっぽく言ってやった。
「つうか、マキナ、超可愛いしな。こないだの合コンで思ったのは、俺、やっぱマキナが好きだわってことだし。もう、ハート盗まれちゃってる感じだし。今更、別れるとか絶対ヤダね」
マキナの震えが大きくなった。まるで発作みたいに痙攣して。
驚く俺をよそに、マキナが笑い声をあげる。
「もうっ、先輩、なんですか、その口調。超似合いませんけど。とにかく、うっとうしい感じだけはしっかり伝わってきましたけどぉ」
言いながら、マキナは目元を指で拭った。
「もう、おかしくて、涙出てきたから」
俺はマキナを抱きしめた。ズルズルとマキナが鼻をすする音がする。ティッシュ取った方がいいのか? 結構、離れてるな。なんでベッドの近くにあるんだよ……うん、まあ、そこは仕方ないな。
どれいくらいそうしていたか。
マキナはとっくに泣き止んで。俺は、足がそろそろ痺れてきて。あと尿意もかなりひっ迫してきて。
「料理」
未だ俺の腕の中に収まり、胸に顔をつけているマキナがポツリと言った。
「料理しましょう。先輩の一週間分のおかず作んなきゃ」
そういったわけで、俺は急遽、買い物に行くことになった。
マキナから言われた食材をメモしたリスト片手に、スーパーに走る。
今までのマキナだったら、あと二時間程度で消えてしまう。ただ、最近は、かなり幽霊エネルギー(かどうか知らんが)が増えているようだから、夕方くらいまではいられるかもしれない。
さっさと買い物を済ませて部屋に戻る。
マキナはローテーブルに肘をついて顎を乗せている。ぼうっと考え事をしているようだった。
「あっ、おかえりない」
はっ、と俺に気が付いてマキナ。
「買ってきた」
走って行って走って戻ってきたから、さすがに息が切れてる。つうか、帰り、いろいろ持っちゃってるから、走るのしんどい。
「じゃあ、テキパキやってきましょうか」
マキナが腕まくりした。
「お、おう。お手柔らかに頼む」
こうして毎度のお料理タイムに突入。
怖いな、怖いな、と怯えていたが、今日のマキナはあまり口を出さなかった。
いいのかな、大丈夫かな、と思いながらマキナの顔を覗くと、心ここにあらずという様子だった。
やっぱりいろいろ思うところがあるんだろうな。いきなり情報多すぎたもんな。
なにより、単純に生きてた、わーい、てわけにはいかんよな。
マキナなりに覚悟とか、心の整理とかしてただろうし。
マキナを煩わせるわけにはいかん、と俺は密かに意気込んで、超集中して料理に取り組んだ。
「すごいじゃないですか。あの野菜も洗わなかった先輩が。ピーラーすら分からなかった先輩が。すごい成長ですよ」
最初の一品がスムーズに出来上がったのを見て、マキナが目を丸くして言った。
「おう。昔の俺とは違うぜ」
そんな昔でもないけどな。割と最近だけどな。
「でも、ちょっと寂しいかも」
マキナが言った。
「そうだな。じゃあ、今度はマキナの手料理を食わせてよ」
「もう、それはできないって…………」
マキナが途中で言葉を切った。
それから表情がフワリと柔らかくなった。
「そうか。そうですね。私、生きてるから。作れるんだ」
「そういうこと。マジで楽しみにしてるから」
「ヤバっ、嬉しいかも」
マキナの笑みが顏中に広がって。
そんな頬を彼女は両手で挟んでいた。
やっと生きてることに。生きられることに喜びを見いだせたようだった。
そっからは、なんかマキナもいつものペースを取り戻したらしく。鬼のマキナが戻ってきた。
あれぇ。
「先輩。いきなり全部入れちゃダメでしょう? 私、この前、ちゃんと言いましたよね。なんのためにボールに入れてるんですか?」
「す、すまん、つい」
「だから、なんで火力全開にするんですか。焦げますからね、そういうことすると。強火で炒めるときは、絶対にフライパンを振るか、中を混ぜるかしてください。基本、料理は焦がさない」
「お、おう、そ、そうだった」
「もうっ、なんでアレンジしようとするんですか。そういうのやめてくださいって、私言いましたよね。レシピは絶対。レシピは正義。はい、言ってみて」
「えっ、お、おう。レシピは絶対。レシピは正義……」
まあ、そんな感じで、ビシバシ言われた。
なんで、マキナは料理になるとこんなに厳しいんだろうなあ。
で、昼食。
作りたての焼きソバを食べる。
料理したら、というか不甲斐ない俺を叱咤したせいかもしれんが、マキナは上機嫌だった。
「先輩。作って欲しい料理とかあります? 大抵のものは作れると思いますけど」
「じゃあ、北京ダック」
「いいですけど。それならここじゃ無理ですね」
あれ、冗談のつもりで言ったんだけど、マジで作れるの?
「作れないと思いましたあ?」
ニヤっと笑う。
なんだ、この敗北感は。
「じゃ、じゃあ、キッシュ・ロレーヌ」
食ったことないけど。確かフランス料理だろ。
「いいですよ」
なんだよ、その、その程度か、みたいな顏。
「くっ。じゃ、キョフ、キョフなんたら」
「トルコ料理のキョフテですか? 作れますけど、羊で作るなら、フードプロセッサーでひき肉から作らないと。牛でもいいなら、大丈夫ですけど」
「ベトナム料理のなんか、サンドイッチっぽいやつ」
「バインミーのことですか? いいですよ」
「アクアパッツア」
「食材の問題があるので、ちょっと雰囲気違うかもしれませんけど。それでいいなら」
「サグパニール」
「私も本格的なものは食べたことが無いのであれですけど。私なりのものなら、作れますよ」
こいつ、マジか。作れないもの、マジでないのか?
「じゃ、じゃあ寿司。握り寿司」
「いいですけど。あくまでそれなりですよ。シャリには期待しないでくださいね」
「ひょっとして、魚、捌けるの?」
「捌けますけど、なにか?」
「いや、すごいなあって」
マキナが脈を取るみたいに左手首を押さえる。顔はなんか超笑顔で。沸き上がる喜びを隠しきれない、みたいな。
そんな顔されたら、俺まで嬉しくなってくる。
「マジで楽しみになってきた。君の手料理」
「早く退院しないとな」
ニッコニコのマキナ。それから首を傾げた。
「でも、どうすれば目を覚ますんですかね、私」
「君が体に戻ればいいんじゃないか?」
そうすれば、万事解決だ。
あれ、でも、そうなったら、もうこのマキナが部屋に来ることはないのか。それはそれで寂しいような。
でも、いいか。今度は俺が病院に通えばいいことだもんな。
マキナが目を閉じた。やや顔が引きつって。急にテンションが下がったみたいだ。
楽しい夢から覚めたみたいな。
しばらくマキナは目を閉じていた。ふいに、その目が開く。
「肉体に戻ろう、戻ろうって念じてみたんですけど。ダメですね」
「うーん。君はこの部屋から出られないしなあ」
「まあ、いいです。もうしばらくこのままでも。ねっ、先輩」
「うん? まあ、急がなくてもいいだろうけどな」
「じゃあ、今のうちに、いっぱいイチャイチャしましょうか?」
言ってマキナが俺に抱き着いてきた。
「おい、せっかくの休みなんだぜ。ゆっくりしてけよ。また、映画とか漫画とか観て過ごそうぜ」
「それも悪くないですけど。今は、こういう気分かな」
エイっとマキナが、すごい力で押してきて。俺はコテンと仰向けに倒れた。
そんな俺の体にマキナが跨る。
「ふふふっ、先輩、ドキドキしてます?」
マキナが妖しい笑みを浮かべて俺を見下ろす。
「お、おう、なんか、怖いな」
マキナがそっと手を俺の胸板に下ろす。シャツの上から撫でる。
「女だって、すごくシタくなるときありますよ」
すごくエッチな声でマキナが言った。
もちろん、俺の股間にはテントが張ってしまって。マキナがそれを察したように、腰を移動させていく。
「ま、マキナ。マジで歯止め効かなくなるから」
「だから、いいですって」
うっ、と俺はうめいた。
マキナの尻が……刺激を……。
「先輩はじっとしてて。私に襲われるの」
「お、おお、お手柔らかに」
「どうかな? 私、結構、興奮してますからぁ」
マキナが体を横たえる。俺の顔に顔を寄せ、ペロッと俺の唇を舐めた。
ぶるっと体が震えた。
クスクスっとマキナが笑う。
小悪魔だ。小悪魔がいる。
「先輩がいけないんですよ。さんざん、カッコいいこと言って。私をとろけさせるから」
マキナが俺の頬を撫でる。それから、唇を押し付けてきた。そのまま舌がねじ込まれ、口内に愛撫の嵐だ。
唇が離れたら、俺は息も絶え絶え。
マキナがペロッと俺の頬を撫でる。
「先輩、美味しいです」
「そ、そう?」
「はい、とっても。最高に」




