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【ツグルからマキナ】希望

 そんなわけで。

 土曜日。俺のテンションは朝から低かった。ああ、マキナと休日を満喫する予定がぁ。

 ここのところの習慣で、休日も早起きしてしまう。まあ、せっかくだから、洗濯、掃除、あと料理もやっちまおうか。

 そうすれば、明日、マキナとゆっくりできるもんな。


 などと思いながら朝食を食べていた。

 午後、どうすっかな。金田専務暇じゃないかな? 忙しそうだよな。ゼロはどうかな?


 そこまで考えて、あっ、と思いついた。

 そうだ。なに言ってんだ、俺。

 病院に電話かけるなら今日だろ。マキナがいないし、時間は十分にある。百件くらいかけられるんじゃないか?


 もう、朝食なんてかっこんだ。洗濯とか、掃除とか、してる場合じゃねえ。

 パソコンでマキナが襲われた場所を検索し、周辺の病院を検索する。

 手当たり次第に電話をかけてやる。


「そちらに楠真希菜くすまきなさんは入院されていますでしょうか?」

 みたいに聞いていく。


 一応、親しい友人で知人から彼女が入院したと聞いたが、病院が分からない、という設定は考えておいた。ただ、その必要もなく、「そうういった方は当医院には入院されておりません」なんて返された。


 外れて当然。しらみつぶしにやってくぞ。


 マジで、そう意気込んだんだけどな。

 一日中だって電話するつもりだったんだ。本気で。

 だけど、さ。二件目であっさりと当たりを引いちゃったんだ。


楠真希菜くすまきなさんですね。入院されていますよ」


 最初、なにを言っているのか頭に入ってこなかった。数秒遅れて情報が理解できる。

 あれ、この人、今……。


「もしもし?」

 沈黙を不審に思ったのか、電話口からそんな声。


「あ、はい。あのお見舞いに行っても大丈夫でしょうか? この後とか」


「はい。問題ありません。ただ……」


 そこでマキナが昏睡状態であることを教えられた。

 一時は集中治療室に入っており、命の危険があったが、なんとか落ち着いた。今日は担当医がいないので、詳しい状態を聞きたいなら別の日の方がよいこと。

 念のため担当医がいる日にちを聞いておく。 


 電話を切った後、俺はしばらくスマホを握りしめたまま、目を閉じていた。

 生きてた。本当に。マキナは生きてた。

 生きてた。


 込み上げてくる歓喜。喜びの声をあげようとしたら、なぜか、涙が出てきて。そのまま一人、泣いてしまった。

 生きてた。マジで。マキナは。


 いや、待てよ。同姓同名ってことだって考えらる。楠って苗字。別に珍しくないし。

 真希菜って名前だってそこまで奇抜じゃない。


 同姓同名、あるかもしれんぞ。


 俺は自分でもビックリするほどの速さで身支度を整えた。今から病院に行く。

 実際に見て確かめるんだ。例え、十年後の姿だって、間違えるもんかよ。


 その病院への経路をマッハで調べ、部屋を飛び出す。全力疾走だ。

 駅に着いた時には汗ダラダラ。

 電車に乗るまで呼吸も乱れてた。


 電車内で、なんかお見舞い品持ってった方がいいのかな、なんて考えた。だけど、昏睡状態だしな。フルーツとか持ってっても腐っちゃうだろうし。

 花か? ひょっとしたら匂いなら感じられるかもしれないし。花瓶も買ってかないとか? いや、鉢みたいなものの方がいいのかな?


 とめどなくいろんなことが頭に浮かんで、どうも考えがまとまらない。なんかソワソワして。

 だって、入院しているのが本当にマキナなら。

 マキナが生きていたのなら。

 俺たちは今に留まり続けなくてもいい。未来へ行けるんだ。


 待て待て。先走るな。あれこれ想像して、もし、別人だったら。ダメージでかすぎだろうが。

 とりあえず、お見舞い。花だな。そんで鉢物にしようか。病院に根付くみたいで良くないっていうけど、根付いてくれていい。しっかり根を張って、生きてくれたら、その方が嬉しいさ。すぐに枯れちまうよりずっといい。


 車内で花の買えそうな場所を見繕う。病院までに通る駅で、デパートが併設されているところ。さっと頭の中で考えて実際にスマホで検索して。


 あれ、ていうか、俺、もっとピシっとしたかっこうの方が良くなかった? ちょっとラフ過ぎた?

 いや、でも見舞いだしな。

 あれか、マキナの言うヒモ感でちゃってる?


 とはいえ、家に戻ってスーツに着替えてくるってのもあれだし。しょうがない。このまま行くさ。

 ダイジョウブ、オレ、チャントシテル、フシンシャチガウ、ヒモチガウ。


 予定通り、途中の駅で花をゲット。

 花屋で見た時は、まあ、これくらいだよな。デカすぎずしょぼすぎず、なんて思ってたんだけどさ。

 実際、持ち歩いてみると、結構、デカいのな。


 電車内で注目を浴びつつも病院へ向かう。はやる気持ちを押さえる。落ち着け。落ち着け。


 途中少し迷ったがなんとか病院へたどり着いた。

 土曜の午前中だ。さすがに混んでいた。

 受付で楠真希菜くすまきなの病室を聞く。


 個室。まあ、昏睡状態だもんな。だけど、入院費の支払いとかどうなってんだ?

 実家が払ってるのか? というか、親御さんはこっちに来てるのかな?

 様々な疑問が浮かぶ。


 いや、とにかく、今は、マキナに会おう。

 ちゃんと確かめるんだ。マキナが生きてることを。


 走りそうになるのを押さえて、わざとゆっくり歩く。心臓がマジでヤバい。

 なんか、緊張して吐きそうになってきた。

 同時に、ワクワクして。早く早くと心が急き立てる。


 マキナの病室についた。病室番号の下に名前もきちんとあって。楠真希菜くすまきなとなっていた。間違いない。

 ドキドキしながら、引き戸を開ける。


 ちんまりとした部屋。なにかいろんな機械があって、それがベッドにつながっている。

いや、ベッドの上の女性に。よく、ドラマとかで見る、酸素供給マスクみたいなのはしていない。


 一目で分かった。マキナだ。間違いなくマキナだ。


 幽霊マキナの白っぽい金髪と違って、こちらは焦げ茶色。長さも肩より短いくらい。

 ギャルメイクをしてないせいか、それとも十年という時間のせいか、顔の雰囲気が少し違う。

 それでも、はっきりとマキナの顔で。

 同姓同名の別人なんかじゃなく、百パーセント本人だという確信があった。


「良かった。良かったな。生きてたぞ。ちゃんと、生きてた」

 自分に言い聞かせるみたいにつぶやいた。

 声にすることで千々に乱れた感情を、少しでも鎮めたかった。


 ベッド近くのサイドテーブルに持ってきた花を置く。


 しばらく、ベッドで眠るマキナを、ただただ眺め続ける。ああ、生きてる、生きてるなあ、と頭の中はそればっかりだ。


 そうしているとドアが開いて医師と事務職員の人が入ってきた。あれ、担当医は休みだっていう話だけど。


 挨拶の後、「失礼ですが、彼女とはどういったご関係でしょうか?」、と聞かれる。

 俺はここに来るまでに考えておいた筋書きを話す。


 高校時代の先輩で、彼女が上京してからときどき連絡を取り合っていた。最近、連絡が取れなかったので、共通の知り合いに聞いたら入院したかもしれないといわれ、手当たり次第に病院に電話をかけた。

 まあ、そんな感じ。


「実は、彼女、事件に巻き込まれ、救急搬送されたんです。警察の方がご両親と連絡をとったそうなのですが、その、無関係だと言い張られたそうで……」


 そこまで聞いてピンときた。

 入院費の支払いの問題だ。病院側でも困っているのだろう。昏睡状態では本人が支払うというわけにもいかない。


「その、入院費でしたら、私が支払います。というか、代わりに支払いとかできるものなんですか?」

 一応、貯金はあるし、まあ、なんとかなるだろ。


 年配の事務職員が、ホッとした顔になる。


「入院保証人になっていただければ、可能ですよ」


「じゃあ、それでお願いします」


「それと、警察の方から、見舞い人が来たら連絡をして欲しいと言われているのですが、構いませんか?」


「はい。構いません」

 即答した。内心は躊躇ためらったが、間を開けたら怪しまれるかもしれない。

 大丈夫なはずだ。たぶん。


 その後、話手は医師の方に移った。マキナの状態を説明される。

 どうやら腹部の傷がかなり深く、一時、命の危険があったのはそちらが原因だったらしい。頭部の方は外傷は大したことがなく。脳の損傷も見当たらない。現在は、腹部の傷もだいぶ回復しており、ここから悪化することはまずないだろうこと。

 頭部に受けた衝撃から昏睡状態になっているが、いつ目を覚ましてもおかしくないだろうこと。


「ただ、こういう状態のまま十年、二十年と目を覚まされない方もいらっしゃいますから。なんとも言えないのですが」

 医師は最後にそう結んだ。


 俺はマキナが目を覚まさない理由に心当たりがある。というか、間違いなくそれだろう。

 幽霊、いや生霊として毎晩、俺の部屋に現れているからだ。彼女が肉体に帰れば、目を覚ますんじゃないか?


 その後、俺はマキナの入院保証人となるべく書類を書いた。本当は、いろいろ問題があるところもあるんだろうが、なにしろ病院側も困っている。たぶん、手続きの簡略化や融通を利かせてくれているところも多いんだろう。

 まあ相手側としては支払ってくれれば誰でもいいわけだしな。


 こういう事務的な手続きをしていると頭が論理的になるな。

 目下、問題は警察からの聴取だ。その際、俺が保証人になることを知られるだろうし。ただの高校時代の友人だと弱い。恋愛感情を抱いていたみたいな感じにした方がいいかな。間違ってもいないしな。


 できればマキナに相談したい。不自然じゃないストーリーを組み立てる必要があるだろう。


 あと、せっかくだから、警察の人にマキナの実家のこととか、住んでるマンションのこととか、聞いておきたいことがある。


 今日はとりあえずアパートに帰るか。

 

 俺は最後にもう一度、眠るマキナの顔を見た。

 不思議だ。十年の歳月が経っていて、メイクもしてなくて、雰囲気がかなり違うのに。やっぱりマキナはマキナで。

 ただただ愛しさが込み上げてくる。


「明日、ちゃんと来いよ」

 俺は言うと、病室を後にした。



◇◇◇



 彼氏は何人かできた。

 友達の友達からとか。合コンとか。ナンパとか。

 なんか、連絡先聞かれて。やりとりしてるうちに告られて。特に断る理由もなくて付き合う。毎回そんな感じだった。

 例えば、キャバクラだったら、お客さんから迫られても、あっ、そういうのNGなんで、とか、店から言われてるんで、とか理由がつけられる。


 パパ活の時だって。お金無しで付き合わない? とか言われても。それ、なしですよ、なんて断れる。

 そこにはきちんと理由があるから。


 ただ、そういう明確な理由がない場合。

 別に好きでもないし。たぶん好きにもならないだろうけど。断る理由もない。というか、断るための理由付けが面倒くさかった。


 どうせ、すぐに終わることだし。

 どっちでもいいや。

 そういう投げやりな理由での交際。


 私は彼女の役割を演じる。彼らの望むような彼女の役割。毒を吐かず。いつもニコニコ。話を聞いて大げさなリアクション。共感したような態度。

 そうしていると、だんだん彼らは私がキャバ嬢であることが気に入らなくなってくる。

 私は、なにも隠さず、最初にキャバ嬢だと話しているのに。今更やめろと言ってくる。


 プロポーズされたこともあった。

「そんな仕事やめて。俺と暮らそう」なんて。


 ああ、独占したくなったのか。

 そう思った。

 どうも、男性は私の主体性の無さを、空虚さを、ほかのもの。例えば人格的な包容力だとか愛情の深さだとか、古風な従順さだとか、そういうものと勘違いするらしい。


 ごめんですよ。そんなの。

 あなたが好きなのは、自分だけでしょう? 目の前の私がどんな人間であるか。知ろうともしないのに、受け入れようともしないのに、私の未来を手に入れようなんてひどくないですか?


 私は絶対に彼らを部屋には入れなかった。

 相手の部屋に行くのはいいけど。自分の部屋には絶対に入れない。どうしてもと譲らない相手とは別れた。


 相手を尊重するということは、ありのままの相手を受け入れることだと思う。だけど、ありのままの自分をさらけだすのはみんな怖い。だから、自分を作ったり、飾ったりする。

 私にとって他人を自分の部屋に入れるのは、本当の自分をさらけ出すのと同じ。みすぼらしい削りかすみたいな心でも、それでも私の心は見せたくない。


 矛盾していた。

 本当の自分を見せない、さらけだすことを拒絶しているのに。それを見抜けないからと相手を拒絶する。そんなスタンスをとってたら、恋愛なんて成立するわけがない。


「お前がなに考えてんのか、わかんねえよ」

 そんなことを言った彼氏もいた。


 それはそうでしょう。なにも考えてないんだから。ただ、合わせてるだけなんだから。

 でも、あなたは私の部屋の前までたどりついたのね。

 彼は、どうやったって開かないドアの前でただ立ち尽くし、やがて諦める。


 そのドアを開けたのは一度だけ。

 たった一人にだけ。

 けれど、その頃の私はあまりにも未熟で。

 子供で。そのことに気づかなかった。

 気づいたときにはすべてが遅くて。


 それでもなりふり構わず動いていたら、と思う。そうしたら別の未来が待っていたんじゃないかって。

 そんな風に思う。


 絶望の暗がりの中、ふいに、甘い匂いがした。瑞々しくも甘い匂い。何の匂いだろう。たぶん、なにかの花だろうけど。それは一つじゃなくて、いろんな花の……。


 目を覚ました私は、すっかり見慣れた天井を眺める。腕や足に触れている熱の固まり。すぐそばから聞こえる寝息。

 隣には先輩の大きな背中があった。


 そっか。金曜日の夜。エッチしたから。

 一日休みで、夢を見ていたんだ。

 またドキュメントみたいな私の不毛な十年間の夢。今回はさしずめ彼氏編か。


 先輩の背中を指でつんつんする。


「昨日の夜は寂しかったですか?」

 つんつん、つんつん。


「私のこといっぱい考えてくれましたか?」

 つんつん、つんつん。


 うがっ、と先輩が変な声をあげた。

 思わず、手を引っ込める。

 すぐに、寝息がすうすうと戻る。


「あなただけですよ。先輩」

 先輩の背中に顔をつける。


 私が自分をさらけだし、未来を捧げたいと思えた人。もっとも、その未来はすでに無くなっていたんだけど。

 すごい皮肉だ。

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