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【ツグルからマキナ】マキナはひょっとして

 朝、目を開けると、マキナは消えていた。

 そりゃあ、そうだよな。

 ずっと消えずにいてくれるかも、なんてちょっと期待してたんだけど。 


 会社では富田君が朝っぱらから、テンション高かった。

「先輩、昨日、超楽しかったっすね。マジ、可愛かったっすね」


 その可愛いかったネタで、どんだけ引っ張るつもりだ。

 成果ゼロのはずなのに、ポジティブなところは偉いけどな。


 途中、花田さんが来て、めちゃくちゃ面倒な仕事を置いていった。

 まるで、昨日、あれだけしてやったんだから、ちゃんとやってくれるわよね、と言っているようだった。


 クソっ、これだから世渡り上手な小利口女子はよお。


 昼休みに、ゼロとノヴァが押しかけてきた。


「昨日、最高だったな。超可愛かったな」と富田君。


「超可愛かったな。マジ、可愛かったな」とノヴァ。


 こいつら、どんだけ共感しあってんだよ。


 で、四人で昼飯に。

 ゼロにもピアスいっぱい宮本さんからインシュタのコメが来たそうだ。シカトしたそうだ。

 つええな、ゼロ。


森長良もりながらさん、機嫌いいですね」

 ゼロが言った。


「うん? まあな。言っとくけど、昨日の合コンは無関係だからな」


「そうなんですか? 三沢さんとなにかあったんじゃないかって思ったんですが」


 そこで三沢さんと言ってくる辺り、人を見る目があるな。というか、あの二人はないもんな。普通に。


「ちょっとな。無くしたと思ってたもんが、見つかった、みたいな感じ」


 そこで、ふと思い出した。

 マキナの遺体のことだ。あの事件、進展はあったのか?


「そういえばさ。話ぜんぜん変わるんだけど。ちょっと前に、連続強盗殺人事件あったじゃん」


 そう切り出したら、ゼロが面白そうな顔になった。

「すごい変わりましたね。若い女性ばかりの路上強盗でしたっけ? 犯人、僕と同年代くらいで」


「あれ、一人、殺されたじゃん。身元って分かったのかな」


 ゼロが顎に手を当てた。イケメンだから様になるな。


「確か、看護師の女性じゃなかったですか? 犯人の部屋から持ち去られたバックが見つかって、身元が分かったんじゃなかったかな」


 ……はっ?

 看護師の女性?

 じゃあ、マキナじゃなかったのか?

 マキナが殺された事件は別ってことか。


 スマホで確認してみると、確かに、ゼロの言う通りだった。

 どういうことだ?


「大丈夫ですか?」

 ゼロが心配そうな顔で覗き込んでくる。

 一瞬、女の子かと思った。


「あ、ああ、大丈夫」


 とはいえ、俺の心は超動揺してて、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。

 マキナはいつ殺された?

 誰に殺された?


 午後は仕事にならなかった。

 ヤバいな。花田さんの持ってきた案件、かなり面倒だから時間、無駄にできんのだけど。


 だが、残業する気にはならなかった。

 定時で上がり、急いで帰宅。

 部屋の前にマキナはいなかった。


 一瞬、あれ、昨日、結構、ギリギリなことしちゃったから? とか思った。だが、すぐに昨日と同じようにベッドに出現してる可能性に思い至った。


 鍵を開け、ドアを開ける。


「おかえりなさい」

 女子高生が出迎えてくれた。


 やっぱり部屋出現は確定なんだな。

 ホッとすると同時に、あのことをどうやってマキナに話そうか困惑した。


「ただいま。今日も、ベッドに寝てたのか?」

 平静を装って、今まで通り、マキナに麦茶を入れる。


「はい。起きたら、ベッドの上でした。つい、二度寝しちゃいました」


「できんのかよ。二度寝」


「うつらうつらってしてただけですけどね。変な夢見ました」


 作り置きしてあるおかずを解凍しながら、夢について聞いてみる。


「夢なのかって感じなんですけど。誰かが呼ぶ声がしたんです。聞いたことのない声で。すごく遠くから。女性の声でした。なんだか、体が重くて。苦しかった。なんだろう。病院みたいな雰囲気? なんでそう感じたのかな? なにも見えなかったのに」


 俺はご飯をよそってた茶碗を落としそうになった。

 昼からの疑問が一つの可能性につながる。

 だが、それは口にするには、あまりにも甘美で魅力的すぎた。まして、マキナに聞かせて、もし、違ったら……。


 確信が持てるまで、黙っていた方がいいだろうな。


「なんか、進展ありました?」


「えっ? なにが?」

 心を見透かされたような気がして、ドキドキした。


「先輩、変な顔してたから。合コンの子となんかあったのかなって」


「ない。進展させる気もないから」

 それから、誤魔化すために、ゼロが送られてきたインシュタのコメを無視した話を披露。


「先輩もはっきりした態度とった方がいいかも」


「なんだよ。応援するみたいなこと言ってたじゃん」


「佐藤さんはちょっとね。やめといた方がいいと思いますよ。私、先輩を安売りしたくありません」


 いや、君のもんじゃないだろ、と言いたいところだが、半分以上、マキナのもんかもしれん。


「三沢さんとか、どうです?」


「そういうの無理じゃね? バレたら立場悪くなるじゃん」


「昔の私なら、そうですねって言うところですけど。でも、素敵な彼氏ができたら、そんな利己的な友人なんか切っちゃっていいんですよ。大切にするのは、自分が大切に思う人と、自分を大切にしてくれる人だけでいいんです。ああ、こういうことを高校時代の私に教えてあげたい」

 最後、マキナが身悶えした。


 と、そこに佐藤さんからインシュタのコメ。お疲れ様です、お仕事終わりました、みたいな感じで始まり。ちょっと今日の出来事を挟みつつ、私の愚痴聞いてくれませんか? みたいな感じで終わった。

 相変わらず、見事にあざとく、男心をくすぐってくる。

 ダメだ。腹黒は見破った瞬間から、もうあらゆる行動が腹黒にしか見えなくなる。


 同じ腹黒でも花田さんあたりなら、それをフォローするための手を、何個もストックしてるんだろうけどな。


「ちょっと電話してくる」

 俺はため息をつくと言った。


 スマホ片手に部屋を出る。

 あんまり変な対応して花田さんの顔潰すのもあれだし。

 こっちがさして魅力的な物件じゃないと分かれば、すっと手を引くだろ。


 で、まあ、十分くらい電話した。

 さりげなく、年収低めに言ったり。ブラックだから転職を考えてるとか言ったり。

 自身のネガキャンを張る。いやあ、なんかネガティブなことって、自然に出てきちゃうな。ぜんぜん、無理しなかったわ。


 あと、ついでにパチンコで金がないとか。

 富田君に金借りてるとか。

 いかに金がないかアピール。

 途中から、これ、単に俺の評判が悪くなるだけじゃね、と思った。


 まあいいけどさ。

 マキナの言う通り、大切にするのは自分を大切にしてくれる人と、自分が大切に思う人間だけでいい。


「あ、すみません。そろそろ切りますね」

 みたいに、佐藤さん。言い方が、なんか雑だ。攻めの気持ちが、すっと引いたのがもろわかり。


 一瞬、昨日会ったロングヘアのオレンジのニットワンピが似合う女性が頭に浮かび。

 もったないことしたかな、と思った。

 一瞬だけだけどな。


 まあ、無事に佐藤さんとのことも片付いたし。上出来だろ。


 部屋に戻り、マキナと話しながら夕食を食べ終わり、シャワーを浴びる。

 さっぱりして戻ると、マキナはベッドに腰かけていた。

 寝るにはまだ早い時間だと、思ったのだろう。

 実際、まだ八時前だしな。


「たまにはテレビでも観るか?」

 

「いいですね。今日、水曜日でしたっけ。あの番組、いつも観てました」

 言ってマキナがバラエティ番組の名を告げる。


 しばらくCMを観て。バラエティ番組が始まって。二人で並んで座ってそれをまったり観ていた。

 俺の腕はマキナの胸に抱えられ、ときおり、いじいじと手の平や甲をいじくられる。

 かと思えば、急に耳たぶにキスしてきたり。

 俺、結構、されるがまま?


 あれ、なんか柔らかい、と思ったら、いつのまにか、俺の手はマキナの剥き出しの太腿ふとももに誘導されていて。


「先輩の手、好き」

 マキナが囁いた。


 うがあぁぁっ、と、なってしまった。

 いや、もう、なるだろ。

 なっちゃうでしょ。


 で、その結果……。


「先輩、そこ、いいです。ヤバっ」


「そ、そう。こう?」


「いたっ、痛いです。痛いですってばっ。もう」


「だって、いいていうんだもん」


「限度ってありますよね。小学生? 小学生ですか?」


「ご、ごめんな」


 みたいな感じになり。


「先輩、もっと、もっと、私、もうぉ」


「ちょ、ちょっとたんま。いったん、小休止を挟もう。いろいろヤバい」


「はっ? なにか言いました?」


「あっ、うん、がんばる」


 みたいなことになった。


 気持ちよかった。

 でも、明日はマキナに会えないのか……。



◇◇◇



 パパ活からキャバクラに変えたのは、二十台になって自分の市場価値が下がったことを感じたからだった。

 年齢とともに女の値段は下がっていく。

 少なくとも、男が女に払ってもいいという値段は下がっていく。これは間違いがない。


 もう一つの理由は、愛人は向いてないと気づいたからだ。楽だけどトラブルが多い。なぜか、相手の男は私に執着しすぎる。こんな空っぽの女のなにがいいのか謎だけど。

 なにを勘違いしたんだか。

「俺がマキナを幸せにするよ」なんてことを言い出したりして。


 誰もそんなことは頼んでない。それはあなたの役目じゃない。

 お金で便利な関係を望んだのはあなたでしょう。今さらそれ以上のものを求められても困る。心も体も売っても、未来を売るなんてまっぴらだ。

 例え、どんよりと曇った、うんざりとするようなつまらない未来でも。


 キャバクラはキャスト同士の関係がちょっと面倒だけど、すぐに慣れた。高校時代より、分かりやすいカーストがちゃんとあって。でしゃばらず、ナメられず。このあたりを徹底すれば、問題なく過ごせた。

 最悪、店を移ればいいし。


 キャバクラでもなぜか私は人気だった。


「マキって、男受けいいよね」

 なんてよく言われた。


「男に媚びてんじゃん」

 なんてこともよく言われた。


 別に媚びてるつもりはないけど。

 お金を貰ってる以上、ちゃんと役割を果たすだけだし。

 結局、キャバ嬢の役割って、男の弱り切った自尊心を癒したりして、メンタルを少し調整することだと思う。


 わざと無知なふりして。わざとダメな女の振りをして。相手の打ちたい球を打たせてやる。


 それには自分が空っぽの方がいい。

 ああ、そうか。だから私は上手くやれるんだ。


 それでも、ときどき上手くいきすぎてしまうこともあった。

 私に必要以上に執着して。お金をガンガン使ってきて。

 色恋しかけてるつもりないんだけどなあ。

 

「ホント、そんなに無理しないでください。私、別にナンバーワンとか狙ってないんで」

 とかちゃんと言うんだけど、なんかぜんぜん聞いてくれない。


 あげく、「もう金がない。借金ばかりだ。俺と逃げてくれ」なんて言ってきて。


「無理です」って断ると、騙されたとか。

 ここは遊郭じゃないし。私は女郎じゃないから。大金使ってもあなたのものにはなりませんけど。

 なんで、そんなことも分からないの?


 貯金は余裕の貯蓄だ。人間、お金が無くなってくると余裕がなくなってくる。分かりやすい。

 最初の頃は、余裕たっぷりだったおじさんが、最後には怯える子供みたいになっていた。


「お前のせいで、離婚された。どうしてくれる」

 そんなことも言われたことがある。


 だから、何度も無理するなと言ったのに。

 私の口から、それ以上言えるわけがないのに。

 それでもやっぱり私が悪いんだろうな。

 私は私に求められる役割をこなしているだけでも。私のせいで、破滅した男たちは実在するんだから。


 ときどき、疲れてしまうこともあった。

 もう、なにもかもうんざりで。

 いっそ、死んでしまおうか。

 どうせ、生きてたって楽しいことなんかない。

 欺瞞を重ねてきた私は、その代償に自分の感性を削っていった。痛みを感じられなければ、喜びもない。当たり前だ。


 それでも、そんな私が自死を選ばなかったのは。本があったから。

 たった数ヵ月だけ所属した文芸部。

 そこにいた先輩が当時の私には、とても救いで。あの場所にいるときだけ、私は欺瞞の仮面を脱ぎ捨てることができた。


 この人は私のままでいさせてくれる。

 ここでは私のままでいられる。


 先輩はいつも本を読んでいた。文芸部だからね。

 当時は、ぜんぜん、本に興味とかなかった。へえ、文字たくさんで疲れそう。

 思ったのはそれくらい。


 先輩が卒業して。私は高校を中退して。

 ある日、本屋で先輩が読んでいた本を見つけた。

 すごく懐かしくて、気づいたら買っていた。


 内容は、ちょっと首を傾げるようなとこが多かったけど。なんだか、本を通して、先輩と話しているような気持ちになれた。

 へえ、先輩、こういうとこでニヤニヤしてたんだ。

 とか。

 涙ぐんでたの、ここかな。

 とか。


 その本はシリーズもので。なんと二十冊近く出てて。私は本を読みなれてなかったから、当然、読むのが遅くて。

 結局、全部読み終わるまで一年以上かかった。

 上京するときも、その本はちゃんと持ってきて。今も部屋の中にある。今では、ほかにもたくさんの本があって。それは私にとって、ただ一つ本当の趣味といえるものだった。


 本には可能性が詰まっていて。本を読んでいるとき、私は、別の世界で別人として生きている。

 ときどき妄想した。私のIFの世界を。

 あの時、あの事件があった後、部室のドアを叩けていたら。

 私はまったく別の人生を歩んでいたんじゃないか。


 きっと森長良もりながら先輩と付き合って。

 高校は居づらかったけど。先輩と同じところに行きたくて、猛勉強して。

 二年間、遠距離恋愛。それから私も上京して。

 大学になんとか受かって。

 先輩と同棲して。


 そんな妄想。

 想像力はときどき、人を殺すけど、生かしもする。人は想像力で追い詰められて、想像力で救われる。

 私が死んでしまったら、私の妄想から生み出した、IFの世界も消えてしまう気がして。

 私は生き続けた。

 体は屍のように重くて。

 心はもう削りかすみたいなものになっていて。

 それでも、生き続けて。

 そして……。


 ふっと、目が覚めた。

 天井を眺めている。先輩の匂いが鼻孔をくすぐる。


 ああ、良かった。私はちゃんとここにいる。

 この先輩の部屋に。

 自分が泣いていることに気が付いた。

 幸せ過ぎて。嘘みたいに幸せ過ぎてたまらない。


 いつまでもこのままじゃいけないけど。

 先輩には今に留まり続けて欲しくないけど。成仏しないといけないけど。

 それでも、やっぱり、今が幸せ過ぎる。

 泣けてしまうほど。

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