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【ツグルからマキナ】さて、再び現れたマキナは

「夢を見てたんです。ええと、生前? 上京してからの夢ですね。それで気が付いたら、ここに寝てたんですよ。はっ? って思いましたけど。でも、ラッキー、みたいな。なんか、エッチしたら成仏ってわけじゃなかったみたいですね」


「んっだよ。紛らわしいな。成仏してないんなら、さっさと出て来いよ」

 なんて言ったけど、顔がもうニヤニヤ。神様グッジョブ。


「さっきまで号泣してた人が悪ぶってもねえ」

 マキナが言ってポンポンと俺の頭を叩く。

「いい子、いい子。先輩はいい子」


 俺はたまらず、また抱きしめる。

 ふふふっ、とマキナが笑う。


「先輩、私のこと、好きすぎません?」


「当たり前だろ。超好きだよ。マジで」


 マキナが、「んっ」って言葉にならない小さな声でうめいた。それから、俺の耳元で囁く。


「私も超好きです。ヤバいくらい好き」


 体に電流が走ったみたいに、ビクンとなった。あと、こんなときにあれだがチンコ立った。

 ちょっと居心地悪く、身じろぎする。


 するとまたマキナが囁いた。

「ひょっとして、先輩。立っちゃいました?」

 湿った、なんというかエッチな声。


「えっ、なんのこと? 俺、普通に座ってるし」

 言った直後、変な声が出た。


「あれぇ? コレ、なんですかぁ? こんなところになにか入ってますよ?」


「ちょっ、やめ、やめろ。マジで。やめて」


「いいじゃないですか。もうやっちゃったんだし。一回も二回も同じですよ」


「それ、女の子が言っちゃいかんだろ。ていうか、手を離しなさい」


 せっかく会えたんだぞ。もっと余韻をだな。


「あっ、そうだ」

 マキナが体を離す。

 パチパチっとわざとらしいまばたきをして、あざとい感じに小首を傾げる。

「私、どうでした?」


「ど、どうって。なんのこと?」


「あっ、カマトトぶってる」


「リアルで初めて聞いたぞ。カマトトぶるなんて。ていうか、今時使うやついるのか?」


「はああ? 先輩に合わせたんじゃないですか。私、先輩より今時ですけどぉ。コミュ力高めですし。ボキャブラリーも豊富ですし。SNSも使いこなしてますし。なんですか、眠っていた言葉を現代によみがえらせるみたいな。今ってリバイバルブームだし。昭和レトロ、なんか可愛いし」

 相変わらず、すごい勢いでまくしたててくるのな。


 それはいいんだが、そろそろ手を離してほしい。


「とりあえず、一度、落ち着かないか。なんか、このままガバッてやっちゃったら、俺、精神的にいろいろヤバそうだし」


「そうですか? じゃあ」


 やっと手を離してくれた。なんか解放感ある。


「そうだ。麦茶出すわ。俺もビール飲みたいし」

 言ってキッチンへ。でもへっぴり腰。

 チンコ、超立ってるからね。


「ていうか、先輩飲んできたんですか?」


「おう、今日、合コンでさ」

 言った後に、しまった、と思った。

 あれ、今のヤバかった? ヤバかった?

 チラッとマキナの顔をうかがう。


 ニコニコしてる。でも、なんかいつもと違う笑顔。

 

「そうですかあ。合コンですかあ。そうですかあ」

 妙に平坦な声。

「合コンですかあ。私とあんなお別れした後に、合コンですかあ。たった二日しか経ってないにのなあ」


「いや、俺も今朝知ったんだよ。なんか、俺に彼女を作ろうってことらしくて。断れないじゃん、さすがに」

 体中から嫌な汗が出てくる。マキナが怖い。なんか、怖い。


「そうですかあ。いえ、いいんですよ。ほら、私、ユーレイだしぃ。成仏しかけたしぃ。先輩には、私なんか忘れて、さっさと前に進んでほしいって思ってたしぃ。ぜんぜん、いいんですよぉ。でも、ちょっと早すぎじゃないかなって。だって、あんな感動的なお別れの後ですよ。ありえなくないですか? 合コンとか?」


「だから、断れなくて。ドタキャンとかさ。せっかく俺のために開いてくれたのに」

 プシュッと缶ビールのプルトップを開けたものの、飲めない。マキナの圧が強すぎて飲めない。

「そろそろ話題変えない?」


 マキナが笑顔で首を横に振る。

「それで? どうだったんですか? 合コン。女の子は、何人?」


「ご、五人です。でも、一人は花田さんだからね。主催者の」


「五人ですかあ。そうですか。いいですね。五人も女の子がいたら、先輩のお眼鏡にかなう子もいたんじゃないですか? いましたよね?」


「い、いねえよ。ぜんぜん、いねえよ」


 その時、俺のスマホが鳴った。インシュタっぽい。


「鳴りましたよ。どうぞどうぞ。ご覧ください」


「いや、どうせ、富田君とかだし」


「とりあえず、スマホ、確認してみましょうか? ねっ」

 なんだよ、その猫なで声。怖えよ。


 俺はマキナの視線にうながされ、しぶしぶスマホを手にした。やっぱりインシュタ。しかも、グループじゃなくて、俺個人に来てた。ロングヘア佐藤さんから。


 今日は楽しかったです。もっと森長良もりながらさんと話したくて。電話したら迷惑ですか?

 みたいな、ことがなんか超男心くすぐる感じで書かれてた。


 なんてあざとさだ。マキナの前じゃなかったらときめいていたかもしれん。

 いや、今気づいたが、前じゃなく後ろにいたわ、マキナ。めっちゃくちゃスマホ見てる。

 の、覗き見はダメだぞ。


「わぁ、すごいじゃないですか」

 マキナが抑揚のない声で言った。

「早く、コメ返さないと。こういうの即答じゃないと、ダメですよ」


「いや、うん、ちゃんと返すよ。ちゃんとな」

 スマホをいじいじ。


 ごめん、まだ、外なんだ、みたいな感じで文章を打つ。


「ちょっと待ってください。それじゃあ、ぶっきらぼうですよ。もっと申しわけなさを込めないとダメですよ」

 マキナがダメだしする。


 えっ、なに、なんで応援するみたいな感じになってるの? マキナ。さっきまで超嫉妬してたじゃん。


「それは嫉妬しますよ。合コンとか。マジ、ふざけんなって感じです。なんなんですか? 節操とかないんですか?」

 でも、とマキナは続ける。

「せっかくの貴重な出会いだし。私がいなくなったあと、何年も出会いがないなんてことになったら、申しわけないし」


「でも、ぶっちゃけ苦手なんだよな。この子」


「そういうとこダメですよ。良く知ったら結構、いい子だった、なんてこともあるかもしれないんだから」


 マキナが俺の文を添削する。背中にピタッとくっついて、俺の肩から顏だけだして。

 それを送ったら、今度はゼロから来た。


「こっちは、男だからな。言っとくけど」


「別に聞いてませんけど」

 まだおかんむりだ。怒ったり、応援したり、忙しいやつだな。


 それから、俺はゼロについて話した。

 そのまま、合コンの話になり。いつの間にか三沢さんの話になった。彼女がさんざんネタにされ、さりげなくおとしめられていたこと。


「ああ、ありますあります。そういうこと。ひょっとして、さっきの子、苦手って言ったの、そういうことなんですか?」


「そう。なんか、隙を見せたら、骨までしゃぶられそうで怖い」


「骨まではしゃぶりませんよ。美味しいところだけ食べて、ポイっですよ」


 ますます怖いわ。


「先輩に彼女は作って欲しいんですけど。そういうタイプはなあ。あんまりお勧めできませんね。付き合っても、コロッとほかに行っちゃいそうだし。割と簡単にエッチまではいけそうですけど」

 マキナが俺を、じぃぃっ、見る。


 なんだよ。急に見つめんなよ。なんかドキドキすんだろ。


「先輩。エッチの味覚えて、はめ外したりしないかなあって。ほら、先輩、見た目、なんか退廃的だし。ヒモっぽいし」


「なんだよ、ヒモっぽいって。どんな見た目だよ。すげえ、心外なんだけど」

 ろくでなしな男っぽいのか、俺は。

「なに? 昼間っからスウェットでサンダルはいてパチンコやっちゃう感じ? それで帰って、小遣いせびる感じ?」


「いえ、どっちかっていうと。昼間からテラスで紅茶をたしなむ感じです。こう、シャツの前ボタンをはだけて。足を組んで。アンニュイな表情で」


「えらい、上流階級っぽいヒモだな」


「もし私が生きていたら、一生飼い殺しにしたのになあ」

 はあ、と悩まし気なため息。

 なにそれ、怖い。一生養うとか言えよ。飼い殺しちゃダメでしょ。


「はっきり言って、マジでなんにもときめかんかったわ。ひたすら盛り上げ役に徹したわ」


「その気になれなかった? どうしてですか?」

 超期待した顔で俺を見る。ワクワク、ワクワク、言ってくれるのかな? みたいな。


 こいつ……言うけどさ。

「マキナのことでそんな余裕なかったよ。当たり前だろ。ほかの女とか、ぜんぜん、惹かれなかったわ」

 顏から火が出そう。


 ふふふっ、とマキナが笑った。それはもう、嬉しそうにさ。

 それから、うっとりとした目でまた見つめる。


「先輩。今日もしましょうか?」


「それはダメだ」

 即座に答えた。マジで答えた。

 当たり前だろ。せっかく、また来てくれたんだ。もし、もう一回して。そのまま成仏しちゃったらどうすんだ。

 俺はもっとマキナと話したい。一緒にいたい。


「でも、たぶん、違う気がします。エッチじゃないんじゃないかと」


「そんなのわかんねえだろ」


「私、部屋の中に現れたじゃないですか。たぶん、それは私の気持ちの問題だと思うんです。うまく言えないんですけど。もっと別のことが原因じゃないかって」


「いや、でもな」


「分かりました。じゃあ、エッチはしなくていいです。エッチなことしましょう」


「いや、意味わかんねえよ」

 言いながらも、俺の股間はちょっと元気になってしまったわけで。


 一度、テーブルの対面に戻っていたマキナが、にじりにじりと回り込んできた。


「女の子に囲まれて、ムラムラしてたんじゃないですか?」


「してねえよ」

 これはマジだぞ。


「これくらいの距離で話したり?」

 マキナが真横にピタリと寄り添って言った。


「いや、そんな距離で話さねえよ」


 チュッと頬にキスされた。


 ああっ、もうっ。

 俺は我慢できず、マキナに口づけする。そのままエロエロなキスに突入。

 マキナの手が俺のシャツのボタンを外していく。なんか、妙にエロくないか? 今日のマキナ。


 というか、今まで通りなら、そろそろマキナの幽霊エネルギー(かどうか知らんが)が切れる頃じゃないか?

 マキナもそのつもりで、キスを始めたように思う。もうそろそろ消えそうだし、せっかくなら、みたいな。


 やがて唇を離す。

「なんか、前より長時間いられそうな気がします。昨日、お休みしたせいですかね?」


「お休みって……」


「それともエッチしたせいかな。現れたのもこの部屋だったし」


「と、とにかくシャワー浴びてくる」

 立ち上がる。例によってへっぴり腰。男は不便だよな、こういうとこ。


 バスルームに入る前に振り返る。

「その、明日も来てくれるよな」

 マキナの意志でどうこう出来るものじゃないと分かっているけど、確認してしまう。


「はい。たぶん、大丈夫だと思います」

 言った後、ちょっと小悪魔チックな笑顔になった。

「まあ、この後、エッチしちゃったら、その限りではないですけどぉ」



◇◇◇



 熱いシャワーを浴びて気を落ち着かせる。

 なんか、今日はいろいろありすぎて、妙に興奮している。

 スケベ心を追い払うために、マキナがどうして成仏できなかったのか考える。


 一昨日のセックスでマキナの幽霊的なエネルギーが消耗したのは間違いないだろう。それで昨日は出てこれなかった。


 あるいはセックスしたことにより、マキナの性質が変わったとも考えられる。ドアの前から、ベッドに出現場所が変わっていたことや、今日はいつもより長時間いられることを踏まえると、それも可能性が高い。

 まあ、これは一過性のものかもしれないが。


 マキナが幽霊として存在する原因が彼女の心残りのようなものだとして。俺との関係を進めたことで、彼女の性質が変わったというのは考えられるな。

 

 そういえば、と俺は思い出した。

 マキナの遺体はどうなったのか? 身元はちゃんと判明したのか?

 それともまだ身元不明の女性となっているのか?

 最近、ニュースを見ていないから、ぜんぜん分からない。


 そんなことをつらつらと考えていたら、興奮も収まってきた。

 体拭いて、スウェットに着替えて、バスルームを出る。


 マキナはまだいてくれた。

 うん、いてくれたのは、すげえ嬉しいんだけど。


 マキナは、ブレザーを脱いで、ベッドに寝そべっている。露わな太腿。リボンは外して、シャツのボタンも三つ目まで外して。


 おいっ、せっかく、落ち着いたのに、また元気になっちゃったじゃないか。


「添い寝、してあげますね」


 いや、してあげますね、じゃねえよ。

 興奮して寝れねえよ。

 などと思ったが、声に出たのは、「お、おう」という了承。

 可愛い彼女にこんなこと言われて、「だが断る」、ほど強靭な精神力してねえよ。


 誘われるまま、ふらふら~、とベッドへ行って。

 そしたら、マキナが抱き着いてきた。

 そのままくんずほぐれつ。


「先輩。先輩」


「なんだ? 後輩。後輩」


「スッキリさせてあげましょうか?」


「いや、ダメだろ。また消えちゃうだろ? 明日も会いてえよ」

 言わせんな、このっ。


「最後までしなくても……やり方、ありますよ」

 最後のとこ、すっごいエロい声だった。



◇◇◇



 先輩の寝息がすぐ横で聞こえる。

 私は先輩の体を背中から抱きしめながら、ついっさっきまでしていたことの余韻に浸っている。

 一昨日は、本当にこれでお別れだと思った。

 自分の体が消えていくとき、なにか今までと違う感じがした。なんだか、懐かしい場所に帰るような感じ。


 そのあと、夢を見た。

 こっちに来てからの夢。先輩の通っているはずの大学に行ってみた時の夢。


 ここに先輩がいるのかなあ、なんて思いながら周辺を歩いた。

 ひょっとしたら、見かけることができるかも、なんてちょっと期待して。

 当時は、結構、派手目なかっこうしてたけど、その時は割と大人し目で、大人っぽい服着て。


 当時はパパが何人かいたから、お金は結構、持ってて。よくまあ、こんな小娘にそんな大金払えるね、とか思ってたけど。


 お金があると都会は楽しい。なんでもあるし。ファッション、娯楽、友達。

 学生時代の狭い世界とは大違い。


 それでも、ときどき、すごく惨めな気持ちになって。

 自分がどこにも行けないことに打ちのめされていた。


 そんな時に、私は先輩の影を追いかける。

 大学に行ってみたり、先輩が行きたがってた国立図書館に行ってみたり。

 

 先輩、あなたもこの街にいるんですよね。

 そう思うと、また生きてくことができた。


 先輩は私のIF。もうひとつの可能性。

 それが幻想だとは分かっていたけど。

 かなわないからこそ、可能性は無限に感じられた。


 夢から覚めた時、私はベッドに寝ていた。

 あれ、どうしてここにいるんだろう?

 それが、先輩と愛をかわしたベッドだってことはすぐに分かった。


 どうして?

 エッチしただけじゃ、私は満たされなかったのか?

 あれほど、満足して。幸せな気持ちを感じられたのに。私はまだなにかを求めてここへ現れたのか。


 ただ、今までとはなにかが違った。

 どこがどうとはうまく言えないけど。

 足元がしっかりしている?

 なにか、私という存在が、前より明確になっている気がする。


 自分になにが起こったのか? そもそも私はなんなのか?

 分からないことばかり。

 それでも分かっていることが一つだけあって。

 この幸せな時間をもう少しだけ楽しめるということだ。


 先輩の背中に鼻をつけて、すうすうと吸う。


 私のIFは、こんなに幸福だったんだ、って、つくづく思う。

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