【つぐる】合コンとその後
雰囲気のいい店だった。コジャレた和風居酒屋みたいな。しかも個室で座敷。女の子たちはすでに来ていて、入ってきた俺たちに品定めのような視線を投げる。
まあ、品定めしてるのは男たちも一緒だけどな。みんな超可愛いじゃん、マジ、いいじゃん、みたいなアイコンタクトを富田君とノヴァがかわしていた。
なにしろどっちも仕事帰り。ただ、女性陣は制服がある職場なのか、スーツではなく、華やかなかっこうをしている。
花田さんと花田さんの後輩ちゃんが、主導して、合コンが始まった。
まっ、乾杯して、軽く自己紹介して。
あと適当に雑談みたいな感じだったけど。
「森長良さんて、大学、K大だったんですか?」
ダークブラウンのロングヘアの佐藤さん。
オレンジ色のニットワンピが似合ってる。
「うん、一応ね」
「超頭いいじゃないですか」とこれは宮本さん。緩いウェーブのかかった肩までの赤っぽい髪。耳にピアスがすごいついてる。
「エリートって感じ」
「いや、そんなことないから」
なんか花田さんの事前PRのおかげか、やたら女性陣から質問された。いや、俺は今日はサポートだからね。
当たり前だが女性が多い。男四人に女が五人。花田さんが一人、あぶれる計算だ。
だが、花田さんと後輩ちゃんが隣り合い、そこに富田、ノヴァが加わって、なんか盛り上がってる。
いや、いや、なんでそっち行っちゃうの。
確かに後輩ちゃん、こん中じゃあダントツに可愛いけどさ。アイドル級ってくらい可愛いけど。そっちじゃないでしょ。その子、無理筋だぞ。彼氏いるぞ、たぶん。
おかげで、俺とゼロがほかの三人。ロングヘア佐藤さん、ピアスがいっぱい宮本さん、それから垢ぬけた眼鏡っ子の三沢さんを引き受ける感じになった。
ゼロは終始静かで。話を振られても、割と塩対応。それでも彼の中性的なイケメンを見る女性陣の目は熱っぽい。
「聞いてくださいよ。悠里って、ホント、男運無いんですから」
ロングヘア佐藤さんが言った。
悠里は垢ぬけた眼鏡っ子の三沢さんのファーストネームね。
「ちょっと、恵美香、やめて」と三沢さんが困ったような顔で言う。ちょっと笑いながら。
「このあいだまで付き合ってたの、超モラハラ男だったんだよね。その前はDV男」
ピアスいっぱい宮本さんが言った。
「このあいだって。もう一年以上前だけどね」
「すごかったんだよね。モラ男。ちょっとデートに遅れただけで、一時間くらいネチネチ言われたり。ライソの返事ないってだけで、すごい長文きたり」
「あれ、手料理作ったら、こんなもん食えるか、ってひっくり返されたんだっけ?」
「それDV男の方じゃね?」
「三股されたのは?」
「それモラ男じゃなかった?」
ロングヘア佐藤さんとピアスいっぱい宮本さんの見事なコンビネーション。
「ねえ、悠里、あの話してよ。漫画、全部捨てられたやつ」
ピアスいっぱい宮本さんの言葉に、垢ぬけ眼鏡っ子の三沢さんが一瞬、表情を強張らせる。だが、すぐに困ったような顔で笑って。
同棲していた元彼に蔵書を捨てられたエピソードを話した。
途中で、どんな本だと思います、ってロングヘア佐藤さんが言って。
なんか俺が女の子に人気な漫画をいくつかあげて。
「じゃなくて。BLなんですよ。分かります? BLって」
「ボーイズラブ。男同士のってやつだろ」
「そうそれ。この子、大好きなんですよ、BL」
「大好きってほどでもないけど」
三沢さんが言う。
「嘘。大好きじゃん」
なんか、さ。
これ、たぶん、この子たちの定番なんだろうな。ロングヘア佐藤さんとピアスいっぱい宮本さんが、三沢さんをネタにして盛り上がる。
自分たちは傷つかないし、際どい話もできる。でも三沢さんは嫌だろうな。
「もう、悠里、竹下さんが好みだからって。なに猫かぶってんのよ」
「いつものはっちゃけた悠里はどうしたっ」
「タイプとか聞いちゃいなよ」
「経験人数とかも?」
ゼロは自分の話題なのにまったく我関せずって顏。
俺は三沢さんが高校時代のマキナとかぶった。友人二人の連携で追い詰められて好きでもない男と付き合うことになったマキナと。文芸部に逃げ込んできたマキナと。
「えっ、そうなの。三沢さん、竹下君がタイプなの。マジか。俺、結構、いいと思ったんだけどな。ちなみにさ。俺も結構、漫画読む方なんだ。アニメも観るし。かなり、オタク。さすがにBLは読まんけど。百合は結構、好きだぞ」
ネタにされて困ってる相手を助ける方法。自ら、さらなるネタになってやればいい。
ロングヘア佐藤さんとピアスいっぱい宮本さんが、若干、引いた。
三沢さんはホッとした顏。
そりゃあ、初対面の男たちの前で、いろいろ暴露されて笑い者にされるのは嫌だろ。
そっから、俺のオタクなトークだ。
合コンの雰囲気をぶち壊す勢いで、いろんな知識やらネタやらを披露。
ここに来て、ゼロもノッてくれた。ツッコミをバキバキ入れてくれる。
おっ、意外に話せるやつじゃないか。
ゼロのツッコミのおかげで、あんまりオタ要素の無さそうな、佐藤、宮本ペアが結構、笑ってくれて。
なにより嬉しいことに、垢ぬけ眼鏡っ子の三沢さんが咳き込むくらい笑ってくれた。
やっぱ困った顔で傷ついてるより、笑ってる方がいいもんな。
そんなこんなで、いつの間にか時間も過ぎて、そろそろ合コンは終わらせないとって時間になった。
富田君とノヴァはどうだっただろうか?
チラッとそっちを見ると、二人で後輩ちゃんを囲んでいて、ちょっと怖い。花田さんが困ったなあ、みたいな顔してる。まあ、顏だけだろうけど。
花田さんと目が合う。どうだった? みたいなアイコンタクト。俺は肩をすくめた。
「じゃっ、そろそろお開きにしようか」
花田さんが言って。
「ええっ、まだ九時じゃないっすか? じゃあ、次行きましょうよ。次」
これ富田君。
「そっすよ。夜はこれからっしょ。なんならオールでも、ぜんぜんオッケーなんで」
これノヴァ。
「火曜日だしね。そういうのやめとこっか。君たちのとこの課長に怒られちゃうし」
花田さん、さくっと釘を差し。
そっから、富田君とノヴァがすごい勢いで後輩ちゃんの連絡先を聞く。
「いいじゃん。今度、遊びに行こうよ。マジ、楽しいって」
「ううん。ちょっと今、忙しくて無理っぽいかなあ」
「じゃ、落ち着いたらでいいからさ」
「ううん、実は私、好きな人いるんだよね。今日は、仲介役のつもりできただけで」
ほらね。
そんな可愛い子がフリーでいるかよ。
アイドルでもなきゃあ、彼氏いるし。なんならキープ君も何人かいるの。それも、レベルの高い男な。せめて花田さんと話してる段階で、察しろよ。
などと思っていたら、今度みんなで改めて飲みませんか、みたいなことをロングヘア佐藤さんが言って。
こちらは連絡先を交換することになった。
とはいえ、インシュタね。ライソしか使ったことないんだけどな、と言ったら、ピアスいっぱい宮本さんが隣に来て、登録してくれた。
近いな。でも、ぜんぜんドキドキしねえな。マキナだったら、もう抱きしめたくてたまらくなる距離なのに。
で、店出たとこで解散。俺たちは地下鉄。彼女たちは駅方向へ。
別れ際、垢ぬけ眼鏡っ子の三沢さんと目が合った。ペコっと頭を下げる。
俺もそれを返した。
女の子の世界は、なんかいろいろ大変だな。男もそうなのか? 基本、ボッチだからよくわかんねえや。
帰り道、富田君とノヴァが、マジ可愛かったな、超可愛かったな、みたいな会話をしていた。ポジティブだなあ。きっと、その可愛かったトークで数ヵ月もたせるに違いない。
俺とゼロはなぜか映画の話をしていた。
ゼロは映画好きらしい。しかも、かなり濃いというか、なんというか。黒澤明より小津安二郎。ハリウッドよりフランス映画が好きらしい。
俺も映画はそこそこ見てる方で。小説もそうだけど、映画も面白けりゃなんでもいいじゃんって、タイプだ。
ちなみに、漫画もアニメもゲームも基本、なんでも好きらしい。舞台なんかも好きで、2・5次元系の舞台なんかも良く見に行くんだと。一人で。
「そっち系は、まったく見たことないな。ちょっと敷居が高くてさ」
「演出が面白いですよ。ああいのは映画にはなくて。驚きます」
じゃあ、今度、一緒に見に行くか、みたいなことになった。
女子でなく男子と予定ができちゃったよ。
なにやってんだろうな。
まあ、当分、彼女とか考えられんけど。
ゼロと知り合えたのが今回の収穫かもな。性格的には多分、似たような方向性なんだけど、感性が全く違うっていうか。そういうタイプは話していて、新鮮な感じがする。
さっき登録ばかりのインシュタの作ったばかりの五人グループに、女性陣から、今日は楽しかったです、みたいなコメントがきて。それを返して。
次は、いついつに飲みませんか、みたいなことになって。そのコメントがまた三沢さんからだから、なんか、他の子たちにいいように使われてる気がして。無碍にできなかった。
なにやってんだろうな。ホント。
コンビニで缶ビールを買った。
一人の部屋っていうのが、ちょっと怖かった。
マキナのいない部屋はきっと寒々しくて、しらふじゃ耐えられない気がした。
アパートの階段を上るとき、また祈った。藁にもすがるってやつで。
ピンチの時ばっかり祈られても、神様も聞いちゃくれないだろうけど。
二階廊下には誰もいない。分かってるけどつらい。胸が痛い。たぶん、これから毎日、この痛みを感じ続けるんだろう。
部屋へ入る。暗い部屋は、灯りをつけてもなんか暗くて。俺はため息をつきながら中へと入る。
とりあえず、ビール飲むか。
テーブルに向かった。
手から、コンビニのビニール袋が落ちて、ゴンと床にぶつかった。
ベッドの上に女子高生が寝ていた。
短いチェックのスカートはちょっとまくれて、太腿どころか下着がバッチリ見えて。
ほぼ金色に近い茶髪が横顔に張り付いていて。
マキナはそれはそれは幸せそうに眠っていた。
なんで? なんて考えなかった。
俺はベッドに飛びつくと、恐る恐るマキナの頭に触れた。
触れる。いる。ちゃんとマキナはいる。
目に涙が溜まっていくのがわかる。
「マキナ」
震える声で言った。
マキナが小さくうめいた後、ゆっくりと目を開ける。
俺の顔をじっと見て、それから笑った。
「おかえりなさい。先輩」
「ただいま」
もう言葉はそれくらいしか出なかった。
涙がとめどなくあふれて。だけど、マキナから一瞬たりとも目を離したくなかった。
マキナが手を伸ばし、俺の濡れた頬に触れる。
俺はたまらずにマキナを抱きしめた。そのまま、号泣した。ヤバいくらいにさ。




