【ツグル】ひょっとしたら
翌日。俺は一心不乱に仕事をした。富田君が、なんか話しかけても無視してモニターに向かい、キーボードをひたすら叩いた。
ちょっと時間が空くと考えちまう。
マキナのことを。
それで、ひょっとしたら、今日、普通に現れるんじゃないかって。
アパートに戻ったら、いつもみたいに俺の部屋のドアの前に立ってて。
それで笑顔でこう言うんだ。
「なんか、また来ちゃいました」
なんてさ。
「先輩。昼行きましょうよ」
富田君が言った。
「悪い。今日は俺、メシ抜くわ。一人で行ってくれ」
「えっ、マジっすか? 先輩から食欲とったらなんも残んないじゃないっすか」
「いや、いろいろ残るから。屍とか」
「なんすか、シカバネって」
「ああ、スプリングの一種だ。気にすんな」
富田君が行った後も俺は仕事を続けた。
腹は減っているけど。本当にダメなんだ。
脳みそにちょっとした余裕を与えたら、マキナのことを考える。それで、さんざん考えた後、一縷の望みを託して。居ても立っていられなくなって。
昼休みも取らずに仕事をしたおかげで、予定よりもずいぶん進んだ。
そして、定時。俺は走って会社を出た。
結局、いくら考えないようにしてたって、同じだった。
マキナがいるんじゃないか。今夜も来てくれるんじゃないか。そんな考えがどうしても浮かんできて。
ひょっとしたら、ひょっとしたら。
電車を待つ間。
電車の中。
駅から走ってる最中。
考え続けた。
マキナがいつもみたいに俺を待っていて。
ドアの前に立っていて。俺を見て、ちょっと照れくさそうな顔をして。
ひょっとしたら……。
祈るような気持ち、というか、はっきり祈りながら階段を駆け上る。
「……だよな」
廊下には誰もいなかった。蛍光灯の灯りの下、たたずんでいる女子高生はいなかった。
分かってたさ。分かってたけど。
クソっ。
階段の手すりを叩く。
部屋に入った。久しぶりだ。一人で部屋に入るのは。
なにもやる気が起きなくて。昼飯抜いたから腹減ってるはずなのに、それすら感じなかった。
ベッドに倒れるように横になる。
まだ、かすかにマキナの匂いが残っていて。
俺はこらえきれずに嗚咽する。
分かってたけどさ。だけど、やっぱり、もう少しだけ、一緒にいたかったんだよ。
君と。
◇◇◇
夢を見た。
高校時代の夢だ。あの文芸部室。
高校生の俺は、マキナと他愛のない話をしていた。
「先輩。ユーレイってホントにいるんでしょうかね?」
「えっ、そりゃあ、いるだろ。目撃例とかたくさんあるし。なに? 君、科学的根拠のないものは無いって思っちゃう人?」
「いえ、なんか先輩。ユーレイとか信じなさそうだから。まんま、今先輩が言ったこと言いそうだし」
「俺、結構、オカルト好きだしな。なんか、この世にはまだ謎めいたことがあると思うとさ。ワクワクするし」
「でも、怖くないですか。ユーレイとか」
「まあ、実際、見たら超ビビると思うけど」
「じゃあ、もし私が死んじゃったら、先輩のとこに化けて出ますね」
「なんでだよっ。ほかの人のとこ行ってよ。俺んとこ、来るなよ」
「毎日、先輩の部屋に行って。トントンってドアを叩くんです。先輩、いますか? 先輩……って」
「いや、怖えよ。俺のとこ来るなよ。もっとライバルキャラっぽい奴のとこに行けよ」
「ライバルキャラって」
目を覚ました俺は、頭をかいた。
あのまま、スーツ着たまま寝ちまった。
十二時。シャワーはやめて、スウェットに着替えるだけで、またベッドに入る。
まだ夢の余韻を引きずっていた。
実際にあんな会話をしたような気がする。
すげえな、あいつ。ホントに化けて出てくんだもんな。
「ありがとな」
つぶやいた。




