【ツグル】後輩のユーレイに童貞を捧げた夜
マキナが来る前に夕食は済ませておいた。
時間がもったいないもんな。
今日で最後なら、ほんのわずかな時間も無駄にできない。
マキナは驚くほどいつも通りで。ローテーブル前のいつものところに、ちょこんと座った。
俺もいつも通り、彼女の前に麦茶の入ったグラスを置く。
「先輩、いつも麦茶、ありがとうございました。飲めななかったけど、嬉しかったですよ」
マキナがグラスを両手で挟んで言った。
彼女は一ミリだって動かせないし、ましてや中身を飲むことなんてできない。今更ながらに、そういう小さなこともストレスだったんじゃないかって思い当たった。
俺は何も言えないままマキナの手に手を重ねた。じっと彼女の色素の薄い瞳を見つめる。
「もう、なんですか? 怖い顔して。先輩、ただでさえ、目つきが怪しいですから、もっとにこやかにしてないと女の子から避けられますよ」
「えっ、俺、目つきヤバイ? マジで?」
「はい。じっと見つめられると怖いですね」
「マジでっ。結構、ショックなんだけど。なに、そういうこと、もっと早く言ってよ」
できれば高校時代に言って欲しかった。いや、まあ、言われたから、どうなるもんでもないけど。
「でも、私は好きですよ。さっきだって、ときめいちゃいました」
「なんだよ。落としてから、上げて。なに? マインドコントロールとかの前段階?」
ふふふっ、とマキナが笑う。
「先輩のそういう返し、独特ですよね。それも好きです」
「俺だって、君の小気味良い毒舌……好きだったよ」
わっ、とマキナが驚く。マジマジと俺の顔を見る。
「今のマジですか。好きって?」
「えっ、なに、その反応。むしろ、そっちに驚くんだが」
「だって、先輩から好きって、初めて聞いたし」
マキナの頬にポッと朱が差し、目がキラキラと輝いている。
「えっ、そんなことないだろ。好きとか、超言ってんじゃん」
「言ってないです。絶対、言われてないですから」
「そ、そうだったっけ。なんか、ごめんな」
「謝らなくていいんで。もっかい、お願いします。私のこと、好きって、ちゃんと。プリーズ」
マキナが俺に向かって両手を広げる。
「ええと、あれだな。いざとなると、なんか照れるな」
マキナがワクワクとした顔で俺の言葉を待っている。
なんか、超言いづらい。こういうの、勢いとか、ムードに酔ったりとかして言うもんだろ?
でも、言うけどな。何回だって。何十回だって。
「好きだよ。君のことが好きだ。マキナのことが好きだ」
顔が熱い。なにこれ、超恥ずかしいんだけど。
マキナの顔がボーとなった。なんか魂が抜けた、みたいな。いや、まあ、幽霊なんだが。
ぼうっとなっていたマキナが、はっ、となり、それから真っ赤になった。顔を手で覆って、さっと部屋の隅に逃げていった。
「しぇ、しぇんぱい……先輩、シャ、シャワー浴びてきてください」
「お、おう。大丈夫か?」
「今、すごい顔になってるんで。絶対、見せられない顏なんで」
なにこれ、超可愛いんだけど。
俺は面白くなって、マキナの元へ。彼女の体を抱いて耳元で囁いた。
「好きだよ。マキナ。大好きだ」
「っっっんん」
声にならない声をあげる。
「マキナのこと本当に、マジで、心底、大好きだ」
当たり前だろ、こんな可愛い子。ほかにいねえよ。どこにもいねえよ。
「わ、わはし、も、す、すきえす。だいしゅき」
活舌がぜんぜん回ってない。可愛すぎる。
「えも、はやふ、シャワーを」
「うん。浴びてくるな」
マキナの頭をナデナデして、彼女を離し、タオルと着替えを持ってシャワー室へ向かう。
「好き。好きです。あなたが、大好き」
背中からマキナの声が聞こえた。
熱いシャワーを浴びた。なんか、目が潤んじゃって。涙腺がかなりユルユルで。
今日で最後。マキナと会えるのは最後。
クソっ、今は考えるなよ。
辛気臭い顔でマキナを送るつもりかよ。
俺は楽しいことを考えようとした。いろいろ。
だけど、この三週間あまりのマキナのいた日々が、次々と頭に浮かんできて。ちょっとした会話とか。マキナの笑顔とか。
おい、やめろ。マジで泣いちまうだろうが。
パンパンと頬を叩く。それから冷水を浴びた。冷たい水が頭を体を冷やす。
マキナが幸せだったって。楽しかったって思えるように。
ちゃんとしよう。
そうだろ、森長良告。
すっかり冷シャワーで冷え切って、俺はバスルームから出た。もちろん、ちゃんと服着たぞ。
あれ、マキナがいない。どこいった? 隠れるような場所、ないだろ。
そう思ったが、普通にベッドに寝てた。壁に寄り添うよう寝てたから、一瞬見落としたんだ。
「なにしてんだ?」
ベッドに腰かけ、マキナの背中をポンポンと叩く。
「先輩を待ってました」
それから、ゴロンとマキナがこちらを向く。
「先輩。来て」
「……もう、なのか?」
消えちまうんだろ。最後までしちゃったら。
「だって。ちゃんとしたいじゃないですか。きちんと、全部。途中で、消えちゃったら困りますよ」
「でも……」
「来て」
俺はそれ以上、抗えなかった。
ベッドに上がり、マキナと向き合うように寝転がる。
マキナが顔をこすりつけるように俺の首筋にくっついてきて。吸い付いてきて。
くすぐったさで悶える。マキナはキスの嵐を振らせながら、俺の顔にたどり着くと唇にくっついた。
そのまま互いを抱きしめ合って、長い口づけをかわす。
「んっ、キスが上手くなりましたね。先輩」
「おかげでな。ずいぶん特訓してくれたから」
「服、脱がせて」
マキナが座って言った。
「お、おう」
言われるがまま、マキナの服を脱がしにかかる。
紺色のブレザーを脱がし。襟元に緩く結んだリボンを解いて。シャツのボタンを外していく。
「焦らないで」
俺がボタンを外すのに手こずっているとマキナが言った。
「下着。変えられたらいいのに。こんなのじゃなくて。高校時代だって、もっと可愛いの、持ってたのに」
「いや、可愛いと思うけど」
実際、白いシンプルな下着は、マキナによく似合ってた。それにしても、でかいよな、胸。
「あっ、オッパイ見てる」
「見ちゃうよ。つい」
「一応、Cカップです」
「おお」
「バストサイズだと、そんなでもないんですけどね。七十前半だし」
「えっ、なんで。Cなんでしょ」
「あの、バストサイズって、要するに、胸囲なんですよ。当然、肉付きが関係していてですね。カップっていうのは、トップ、つまりオッパイの先まで測るのと、アンダーっていってオッパイは外して測る数値の差なんです。私、自分で言うのもなんですけど、割といい体してると思いますよ」
マキナがブラの上から乳房を押さえる。
「じゃあ、外してください。ブラ。背中にホックがありますから」
ちなみに俺はベッドで正座している。ほら、なんか、かしこまっちゃって。
ちょこちょこと正座のままマキナの後ろに回り込む。ホックって、これか?
爪襟みたいなもんか。なんとか外す。外すときに触れたマキナの背中。素肌。すべすべしていた。
マキナが胸を押さえていた手を外す。肩をすぼめて、肩ひもを抜く。すとんとブラが落ちた。
マキナが振り返った。お椀のような形の乳房がぷるんと現れて。その先にあるちまっとした乳首が、なんか感動的なほど可憐だった。
マキナが立ち上がる。
「今度は下」
俺は膝立ちでマキナのスカートに手をやる。短いチェックのプリーツスカート。これ、どういうもんなんだ? どっから外すの?
戸惑っていたら、マキナの手が横の上部に俺の手を導いた。マキナにされるまま、スカートのホックを外し、その下にあるファスナーを下げる。
スカートが落ちた。
その下から現れたパンツもやっぱり白で、形もシンプル。
「いいですよ。下げて」
「う、うん」
コクコクとうなずく。
いいの? マジで、いいの? などと躊躇してしまう。だって、ここは男にとっては、まさに秘密の花園であって。
「あんまり綺麗なものじゃないとおもいますけど。というか、ちょっとグロテスクかも」
いや、俺だってまったく見たことないわけじゃないぞ。まあ、ゴニョゴニョな写真とか、動画とか。
ものすごい、ガチガチに緊張した状態で、マキナの下着に手をかける。俺の手が骨盤あたりに触れたとたん、ビクリっとマキナの体が大きく震えた。
「なんか、ちょっと触れられただけで、すごく……」
マキナが恥じらって言う。
そろりそろりと下げる。途中、引っかかったり、それ、に目を奪われたりしたけど、なんとか最後まで降ろした。
「どうですか?」
「……なんかちょっと感動した」
「ええっ? これ見て、感動するんですか? まあ、ある意味、ドキュメントですけど」
「綺麗っていうのとはちょっと違うけど。なんか……なんか……いいな」
靴下だけのマキナがしゃがみ込んだ。
「今度は私が先輩を脱がす番ですよ」
俺は万歳した。マキナがスウェットを引っ張り上げる。なんか、目の前で女の裸が揺れているのエロすぎるんだが。
その下のTシャツもすっと脱がす。
「思ったより、筋肉質ですね。細マッチョ」
「いやいやいや。マッチョじゃねえよ。どう見てもヒョロガリだろ。筋肉ねえよ」
そうですかぁ、とマキナがペタペタ、俺の胸筋やら、腹筋やらに触れていく。真にマッチョな男だったら、こういう時、筋肉名がスラスラ出てくるに違いない。
背後に回ったマキナが、ペタッと背中にくっついた。
すべらかで柔らかい肌が直に体に触れると、もうエロい、とかそういうレベルじゃない。溶けそうだ。
俺たちは、しばらく、無言でそのまま動かなかった。あまりにも心地よすぎて。ここで、このままこうしていてもいいんじゃないか、なんて、そんな想いを抱いてしまった。
それはきっとマキナもそうだったんじゃないかな。
「じゃ、じゃあ、今度は下。いよいよ、先輩のオチンチン、見ちゃいますね」
マキナが妙に明るく調子っぱずれの声で言った。
「お、おう」
ちなみに俺のそれは、めっちゃくちゃ立ってしてしまっている。当たり前だろ。誰だって、立つ、俺だって立つ。
「男の人って大変ですよね。エッチなこと考えると、すぐバレちゃって」
「そうなんだよ。割とすぐ立っちゃうんだよ。悪気はないんだ。邪気もないんだ。ただ、ちょっとエッチなこと考えるだけなんだ」
「でも、まあ、オチンチン立ってたら、つまり発情してるわけですし。いきなり襲い掛かってきそうで、なんか危機感あるし。威圧感あるし」
「そう言われてもな」
「第一、いろいろ引っかかったりしないんですか。ぶつけちゃったり?」
「しねえよ。そんなに年がら年中立ってねえし。ぶんぶん、振り回したりしないし」
なんか、ムードの欠ける会話だな。
俺のせいか?
「とりあえず、先輩、立ってくれませんか?」
「もう立ってるよ」
「言うと思いましたけど」
冷めた目で見られた。
俺は立ち上がった。
ヒュー、あぶねえあぶねえ、スエットじゃなかったら、チンコが引っかかって立てないところだったぜ。
「じゃあ、下ろしますね」
言って、マキナがスエットのズボンに手をかける。
顔が近いですよ。それ以上近付いたら、触れてしまいますよ。
なんか、警告した方がいいのか? アラートみたいなの、出した方がいいのか?
「い、いたたた、おい、無理やり下げんなよ。引っかかってんだろ」
ひどい。この子ひどい。力づくで下げにかかった。
「えっ、先輩のコレ、稼働域狭くないですか? 普通、これくらい曲がるものじゃないんですか?」
「そりゃ、硬度七、とか八、とかなら、曲がるかもしれんけど。今の俺は硬度十なんだよ」
「そんな数値があるんですか?」
「ねえよ。今、俺が考えたんだよ」
「あの、先輩。さっきから、なんかムードなくないですか?」
「それ、俺が悪いの? 半分くらい君のせいじゃない?」
「でも、なんか私たちらしくていいかも」
そうだな。こんな風にふざけてられるのも、相手が君だからだろう。
マキナがズボンを下げた。
露わになった俺の太腿。すね毛。
「剃ってないんですね」
「いや、剃らないだろ」
「えっ、そうなんですか?」
「剃らないよ。面倒だし。意味ないし」
「先輩が面倒くさがってるだけじゃないんですか?」
「いや、ホント、普通剃らねえから」
「そうなんですか?」
なんか納得いかないみたいな顔のマキナ。
あれ、俺以外とも何人かと付き合ってるはずだけど。みんな剃ってたの? ていうか、俺が剃らないのが非常識なのか? マジか。
「みんな剃ってるもんなの?」
「さあ。あんまり気にしたことないです。興味なかったし」
なんというか。投げやりだったんだろうなあ、などと思ってしまう。心ここにあらずで、ただ相手が望む反応を返すだけ。そんな感じだったのかもしれない。
「私のイメージでは、ここ、つるっつる、だったんですけどぉ」
マキナが俺の脛を撫でる。
「もじゃもじゃ」
「悪かったな。期待にそぐわんくてさ。気持ち悪い?」
「いえ、ワイルドでいいんじゃないですか」
言ってマキナは俺の脛に口づけした。はむはむとすね毛を唇に挟む。
「先輩の体なら、どこでも好きですよ。決まってるじゃないですか」
そして、いよいよ、マキナが俺のパンツを手にかけた。今度は、先ほどの反省を生かしたのだろう。ちゃんと、引っかからいようにスムーズに下ろした。
現れたそれを見て、マキナは無言。
えっ、なんか言ってよ。恥ずかしいじゃん。
「ど、どうだ?」
かすれた声で聞く。
いや、どうもこうもないだろうけど。
小さいとか、大きいとかか。言われても微妙だなあ。
「なんか、エッチな形」
マキナがつぶやいた。
「いや、みんな似たようなもんだろ。別に個人差ねえよ。たぶん」
人のチンコなんてマジマジ、見ねえしな。
「あんまり興味なかったんで。ああ、肉の棒だなあ、くらいしか」
「なに、その淡泊な感想」
「元カレたちの顔もあんまり覚えてないんですよ。先輩の顔は超覚えてたのに」
「それ、ホントに付き合ってたの?」
「付き合ってたみたいですよ。デートしたり。記念日とかお祝いしたり」
「他人事っぽいな」
「そうですね。たぶん、ホントに他人事だったんじゃないでしょうか。相手は私に理想の彼女を見て。私はそれを演じるだけ。テンプレートな反応して。浮気したら、怒ってみせたり。心の中では、別にいいんだけどなあ、どうでも、なんて思いながら」
あっ、とマキナが声をあげる。
「な、なんかションボリしてません。先輩の」
「そりゃあ、元カレとかの話聞くとなあ。萎えるさ」
「ひどっ、先輩が聞いてきたんじゃないですか」
「それはそれ、これはこれというか」
「どうにかなりませんか?」
「いや、オッパイ触れば、復活するだろ」
「じゃあ、どうぞ」
立ち上がって、ずいっと胸を張る。
オッパイは偉大。オッパイは魅力的。
「その、そろそろ、しましょうか。続き」
マキナが恥ずかしそうに言った。
「ええと、じゃあ……」
ものすごい、いきり立っちゃってる俺に否はなく。
仰向けに寝そべったマキナの体に、俺はそっとかぶさっていった。
「く、くすぐったい。先輩、くすぐるのやめてくださいよっ」
「いや、別にくすぐってるわけじゃ」
「あと、顔がちょっと卑屈っぽいです」
「卑屈とか言うな。しょうがないだろ」
こんな風に言い合ってるばっかじゃなくて。ちゃんとエッチな感じの声なんかは出していて。
それでも、ときどき、馬鹿みたいな会話も挟まる。
「い、いてて、痛いよ。どこ握ってんだよ。そこ握っちゃダメなとこだろうが。野球ボールじゃねえんだぞっ」
「そんなキレなくてもいいじゃないですかっ」
「キレてないけど。マジで必死になるの。そこ、マジで命の危険感じるから」
体を重ね合い。行為を進めていく。
もちろん、欲望にも引っ張られたけど。それよりも、愛しくて。ただただ愛しくて。
彼女を少しでも多く愛したいとそう願った。
「先輩、執拗です。なんか執拗。そこに執着しすぎです。まんべんなく、平等に愛を注いでくれませんかねえ」
「えっ、そんなに俺、ここばっかいじってた? 別に、そんなフェティシズムないんだけどなあ」
「先輩の中で、新たな性癖が目覚めてしまった」
「いや、目覚めてねえから。耳たぶフェチとか、そんなんじゃないから」
本当に終わりにしていいのか?
心の中で問いかける。
やめるなら、まだ間に合うだろ?
なんか、理由付けてさ。明日もマキナに会いたいだろ?
「じゃあ、先輩」
「うん」
それでも。マキナの気持ちを無駄にできない。俺を前に進ませようとするマキナの気持ちを。
それに彼女を、今、にずっと留めておいていいわけがないんだ。
ふふふっ、とマキナが笑った。ひどく満ち足りた顔で。一生懸命な俺の胸にそっと手を伸ばす。
「嬉しい。先輩とこうなれて。とっても」
「俺もだよ」
必死だった。最初で最後のマキナとの契り。下手糞でも、彼女に精一杯の愛を与えたかった。彼女を力いっぱい愛したかった。
マキナが俺を呼ぶ。
名前で。ツグルさん、と。
いつも先輩って呼ばれてたから新鮮だった。
俺も彼女の名前を呼んだ。マキナって。何度も何度も。
やがて、終わりはきた。
俺はマキナの上に重なって。そっと薄れゆく彼女の髪を撫でた。
「先輩。生まれ変わりって本当にあるんでしょうか?」
「あるさ。前世の記憶を持ってる人とかいるんだからさ。絶対、あるさ」
「じゃあ、先輩。もし、生まれ変われたら、また会いましょう」
そういう、マキナはほとんど透けてしまっていて。彼女の体の下にシーツが見えていた。
「ああ、またな」
「好き。大好きです。ずっと」
「俺もだよ。俺も大好きだ。君が」
マキナは消えた。いつもみたいに。
静かに。すっ、と。
ひょっとしたら、明日も来るんじゃないか。だって、セックスすれば成仏するなんて、そんなの推論にすぎないし。
ははっ、と乾いた笑い声。
往生際悪いな、俺は。
それでも、マキナがもうこの部屋に来ないことを、どうしても受け入れられなかった。
 




