【十年前ツグル】ギャルとの文芸部な日常
俺は、仕方がなく、本当にしぶしぶ、新入部員のギャル楠真希菜を受け入れた。しょうがないよな。入部したいっていうなら。
でもって、当初は、まあ、どうせ、そのうち来なくなってユーレイ部員コースでしょ、とポジティブに考えていたんだが。
なんか知らんが、毎日、来た。
ギャル、毎日、部活に来る。
新入部員のマキナは、かったるそうに放課後部室にやってきて。奥まってる俺の席の対面に座る。
つうか、ちけえよ。席、ほかにあるじゃん。なんで、対面なんだよ。これだから、陽キャは、さあ。
でもって、無言でスマホをいじる。
距離が近いから、なんか、気になるんだよなあ。
スマホ見るなら、ここじゃなくて良くね?
マキナがたてるちょっとした物音でイライラしたり、なんかただよってくる甘い匂いにドキドキしたりして、全然、文字が頭に入ってこない。
ぜんぜん、集中できねえよ。
まあ、ラノベ読んでるだけなんだけど。
「森長良先輩。いつも、本読んでません?」
「そ、そりゃあ、文芸部だし」
いきなり話しかけられてどもる。
もっと、これから話しかけますよ、みたいな振りしてくれないかな。陰キャはすんなりコミュニケーションモードに入れないんだよ。
「なに読んでるんですか?」
体を傾けて、俺の手にある本の表紙を覗こうとする。
「異世界に、てん? ……チートで……ハーレ……。ちょっと、意地悪しないで見せてくださいよぉ」
「いや、人に見せるもんじゃないから、こういうの」
「表紙だから人に見せるものじゃないんですかぁ?」
「いいから。スマホいじってなさいよ。文芸部の癖に人の読んでる本に関心とか持つなよ」
まあ、そんな会話をしたりしなかったり。
しゃべりたくないと言ってた割には、ときどき話しかけてくる。
あれか、ギャルにしてみれば、ぜんぜんしゃべってない方なのか。
とにかく、マキナは毎日、飽きもせずに来た。スマホをいじったり、ときどき話しかけてきたりするために、部活にやってきた。
「森長良先輩って、ボッチなんですか?」
「……まあ、ボッチといえばボッチだ」
といえば、じゃなくて完全にボッチだけどな。
ていうか、なんで、そんなにさらりと人の急所をついてくるの?
「見かけるといつも一人で歩いてますもんね」
「友達いないからな」
「先輩、話、膨らませられないですもんね」
だから、そういうこと言うなよ。さらっと。なに? 煽ってんの、この後輩。
「そっちは、いつも賑やかだな。もう青春まっさかりって感じな」
たまに廊下とかでマキナとすれ違うと、ほぼ必ず陽キャに囲まれてる。ガヤガヤとそれはもう、陽キャ風を切って歩いてる。
楽しそうだね、学校生活。
ははは、とマキナは乾いた笑いをした。
そこに少しだけ、疲れのようなものを感じた。
青春も大変なのかね。
マキナはときどき、おやつをくれた。
「先輩。飴いります?」
「味による」
「メントール」
「いらね。甘いの無いの?」
「ないですね。チョコいります?」
「そういうのはバレンタインに頂戴」
「いいですよ。それまで部室に来てくださいね」
自分で振ってなんだが、クソ照れるだろ、そういう返し。たとえ、義理だとしても。
ときにマキナは、妙にドキッとすることを言うこともあった。
「先輩、彼女いないですよね」
「なんで、決めつけんの? なんで否定から入るの? よくないよ、そういうの。確かに、今はいないけど」
「えっ、いたことあるんですか?」
「……ないな」
ぷっ、とマキナ吹き出した。
口を両手で押さえて、クスクス笑う。
「悪かったね。モテなくて」
やっと笑いを収めたマキナが、ぐいっと顔を近づける。
「先輩、顔は肉食系なんですけどね。三十年前くらいのロックバンドのギター担当みたいな顏」
なんだよ、その分かりづらい例え。
あと、顔近いから。息かかかってんじゃん。こそばゆい上に、興奮するわ。
「前髪、切った方がいいと思いますよ。カラーもちょっと入れて。そしたら、結構、いいと思う」
その、いいと思うってところが、なんかすごく可愛くて。
いや、そんなん言われたらヤバいだろ。
惚れるわ。惚れんけど。
かと思えば、クソムカつくときもあった。
バタンと、勢いよくドアを閉めて入ってきたマキナは、それはもう見るからにプリプリしてて。
えっ、なにこの人。見るからに不機嫌。全身から話しかけんなオーラ漂ってますけど。
もちろん、俺は、話しかけなかった。読書に夢中すぎて、存在に気づかなかったフリだ。
ああ、やっぱり、「もう遅い」はいいなあ。
バンっ、と長机が叩かれた。それも、俺のすぐそば、な。そんな叩いたら、手痛いでしょってくらいの勢い、な。
あああっ、と声にならない声をあげる。
なんだよもう、奇声発するなら自分の部屋でやれよ。自分の部屋で内なる獣を解き放てよ。文芸部室ではお静かに。
「マジでむかつくんですけどっ」
えっ、俺に言ってんの。俺に言ってんだよな、たぶん。俺しかいないし、俺の目の前だもんな。
「どうした。なんか、あったのか?」
まあ、あったから、いきりたってるんだろうけどな。
「話したくないです」
めっちゃくちゃ睨まれた。
「なんだよ。じゃあ、奇声あげるなよ。読書の邪魔だ」
ちょっと怯えながら、それでも言う。ビビってなんかないぞ。
「じゃあ、別のとこで読んだらいいんじゃないですか? ここ、先輩だけの部室じゃないですよね。私も部員だから、いる権利あると思うんですけど」
「いや、その理屈はおかしい。そもそも文芸部で騒ぐ方が悪い。君が出ていくべきだ」
などと毅然として言いたいところだったが、ほら、俺、陰キャだし。
そ、そんなつもりはなかったんだよ、ごめんね、みたいな卑屈な笑みを浮かべて流した。
その日、マキナはやたら不機嫌で。
終始プリプリしていたな。
まあ、そうはいっても。
新入部員の加わった文芸部の毎日は、だいたいは、中身が無いよくわからん会話だったよ。
「先輩の名前って変わってますよね」
「まあ、よく言われるな」
「森長良告って」
「おい、なんか、その言い方、毒があるだろ。そっちだって、微妙なくせに」
「はああっ? どこがですか? 楠って苗字、別に変じゃないし。真希菜だって、可愛いし。ぜんぜん、変じゃないと思います。変なのは先輩の感性じゃないですか? 笑いのツボもおかしいですしぃ」
こいつ、ときどき、すごい勢いで詰めてくるのな。
「ほら、響きがさ。なんかデウス・エクス・マキナ、みたいな感じだし」
マキナの両親のどっちかは、絶対、あの作家が好きなんじゃなかろうか。
マキナがポカンとした顔。そんな口開けてると、ばい菌入っちゃうぞ。
「なんですか? その……それ」
ぜんぜん聞き取れなかったらしい。
「ええと、古代ギリシャの演劇でさ。そういう手法があったんだって。もう、これ、どうすんだ、ってところで、神様がでてきて万事解決。オールオッケーみたいな」
「へえ。さすが先輩。どうでもいい知識たくさん持ってますね」
どうでもいい、は余計だ。微妙に下げやがって。
「でも私の名前は、別にそれと関係ないと思いますけど」
まあ、こんな感じで、ちょっとした会話。ちょっとした雑談を交えつつ、放課後の時間は過ぎていった。