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【ツグル】このあいだの続き

 翌日。俺はスッキリしていた。なぜか?

 まあ、ほら、ねっ。マキナもお昼で帰っちゃったし? 欲求の解消、的な?


 関係あるのか知らんが、よく眠れた。六時にパチッと目覚めた。

 とりあえず、まずは玄関ドアを開けて。

 マキナが来ていないか確認。


 昨日、たっぷり作り置きしておいたカレーを食べる。

 食べ終わってから、また外を確認。いない。

 言ってた通り、夕方に現れるのかな。


 よし、と気合を入れて、洗濯、掃除をこなしていく。マキナにみっともないとこ、見せられないもんな。

 いや、もう、散々見せてるけどさ。まあ、これ以上はな。


 天気もいいし、シーツも洗っちまおう。

 なんか、朝からバタバタと動き回る。


 気にし始めると、いろいろ気になっちゃうもんで。風呂やら、流し台やら、細々と掃除した。おかげで、午後はくったり。

 ダラダラとゲームをやって時間を潰す。


 もちろん、ちょくちょくと外の確認はしている。マキナとの時間をムダにしたくないからな。


 四時を過ぎたあたりから、ソワソワとして、ぜんぜん落ち着かなくなった。

 早くマキナ来ないかな。まだかな。


 もう、十分おきくらいにドアを開けてさ。ほらドアスコープだと死角があるし、見落とすかもしれんから。

 かといって外で待ってるのも、あまり気が進まなかった。

 マキナが、すっと現れるところ、できれば見たくない。もう何度も消えるところは見てるんだけど。

 そのたびに胸が痛む。

 彼女がもう死んでしまっているって思い知らされるんだ。


 マキナが現れたのは五時過ぎ。

 思惑通り夕方に現れられたからだろう、ものすごくニコニコしてた。


「こんばんはです。先輩」


「おう、こんばんは。さっ、入って入って」


「なんか先輩、機嫌良さそう。いいことあったんですか?」


「そんなことねえよ。普通だよ」

 いや、君が来てくれるから元気なんだよ、とか言えないからな。絶対。


「あれ、掃除しました? なんか、シンク、ピカピカ」


「まあな。暇だったしな」


 すでにクッションはテレビの前に二つ並べてセット。テーブルの位置もちょっと変えてある。


「じゃあ、さっそく観るか」


「なんか、先輩、超楽しみにしてません?」


「別に、そんなことねえよ。普通だよ」


「もう、なんか、さっきからそればっか」


「気にすんな。ほれ、座って座って」


 俺も自分で疑問だよ。

 なんで、こんな楽しみにしてんだろうな。


 照明を消して。アメプラで例の映画を選んで、スタート。

 最初の一時間くらいは観てるからな。復習みたいなもんだ。


 隣に座るマキナ。俺の腕を抱えていて。ときおり、ギュっと強く抱きしめる。


 なんだか、映画のストーリーが進むのに合わせて、マキナの体が熱くなっていくような気がした。単に興奮しているせいかもしれんが。


 やがて映画は前回中断した当たりに差し掛かる。それはもうロマンチックなムードで。

 主人公がヒロインとキスをする。

 二人が離れた時に、マキナが、はあ、と息をついた。桃色吐息的な感じの。


「いいな、ああいうの」

 つぶやき声。


 えっ、なに、今、催促された?

 オーダーきた?

 さすがにあんな大海原をバックに、落ちらたら百パーセント命がないような絶壁のところでキスとか、無理だろ。

 シュチュエーションにたどり着くまでのハードルたけえよ。


 後半は愛し合う二人が、すれ違ったり、障害にあったりしながら、深く深く結ばれていく。まあ、ロミジェリからのラブロマンスの王道というか。そうじゃないと盛り上がらんからな。


 その点、俺とマキナなんて、もう生者と死者という鉄壁の壁だからなあ。

 いや、愛し合ってるわけじゃないんだが。

 ……ないよな。まだ。


 それにしても、なんか割と濡れ場激しいのな。エロスは別に感じないが、ちょっと、というか。かなり気まずい。

 そういうシーンがくるたびにマキナが俺の腕をキュウウっと絞るみたいに強く抱く。


 先輩、またエッチなこと始まりましたよ。

 観てますか? 観てますか?

 とでも言ってるかのように感じた。


 やがて映画は終わった。

 動画配信チャンネルの選択画面。それが暗い部屋を照らすささやかな照明で。

 俺とマキナは無言で闇の中に取り残されていた。


 なんだろう。うまく声がかけられん。雰囲気の圧というか。なんというか。 

「結構、良かったな」と軽い感じで言おうとするんだが、声が出てこなくて。


 マキナは相変わらず、俺の左腕を抱えていて。それを離す気はまるでないような。

 視線を感じる。強い視線だ。

 ゆっくりと、彼女の方を向く。


 目が合った。暗がりの中、テレビの明かりがマキナの瞳にハイライトを作っていて。

 それは涙で潤んで輝いていた。


 気が付いたら俺の体は勝手に動いていて。

 マキナを強く抱きしめていた。


「キス、しませんか?」

 マキナが耳元で囁く。


 躊躇した。そんなことして大丈夫か?

 マキナが消えちゃったりしないか?

 そんな葛藤が腕に力を込めたのだろう。

 マキナが少し苦しそうな声を出す。


「大丈夫ですよ。きっと。キスくらいなら」

 マキナが言った。

 俺の葛藤をちゃんと理解しているように。

 いや、実際に、分かってるんだろうな。


 マキナの背中に回した手を緩める。

 マキナが少し身を離し、すっと俺の顔に手を添える。

 俺はゆっくりと顔を近づける。


 唇が重なった。軽く。そっと触れただけ。

 それでも、ビリっと痺れたような気した。

 そのまま唇を押し付ける。むにゅっとした柔らかい感触。


 しばらく、そうしていた。これがキスかあ、と感慨深く感じ。マキナの鼻息を感じ。

 これ、いつ離れればいいんだ、と、そんなことを思った。


 すると、唇に感じていたマキナの感触が弱くなっていく。抱きしめている体の感触も。

 慌てて唇を離そうとするも、マキナに頭を押さえられていて。その彼女の手の感触すら、薄れていく。


 そして彼女は消えた。

 消えてしまった。


 キスをしたまま。俺の腕の中で。


 体から一気に力が抜けた。俺は一人、闇の中にポツンと座り。ただただ、涙を流し続けた。


「大丈夫ですよ。きっと。キスくらいなら」

 マキナの声がよみがえる。


 そうだ。大丈夫だ。

 明日にはまた部屋の前で待っててくれる。

 待っててくれるさ。



◇◇◇



 翌日。本気で会社休もうかと思った。

 はっきり言ってなにもやる気がしないし。

 まるで入学試験の結果を待つみたいに、気もそぞろで。落ち着かない。


 それでもいつも通り出社した。

 二十八年間も生きてればわかる。なにかをしていた方がずっと気楽なんだ。ただ、待っているだけなんてのは、一番つらい。


 マキナのことを考えないようにするため、一心不乱に仕事した。隣で富田君と花田さんが、なんか合コンの話をしていた気がするが、ぜんぜん興味が湧かなかった。


 時間の流れが遅く感じた。


 やがて定時になる。もちろん、速攻で会社を後にする。いまだかつてないほどの全力疾走。

 おかげで、いつもよりも早いタイミングで電車に乗れた。


 頼む。頼む。頼む。

 目をつぶって祈る。神様に祈ってるのか、仏様に祈ってるのかわからないけど。

 

 電車が自宅最寄り駅に到着。

 また全力疾走だ。

 俺、こんなに走れたんだな、って自分でも不思議なくらい走った。途中、足がふらついて、転びそうになったけど。


 アパート前に到着。

 階段に足をかける。急に体の動きがゆっくりになった。

 怖い。もしも、マキナがいなかった。


 手で顔をおおい、それを意志の力で剥がす。大丈夫、大丈夫だ。いてくれるさ。


 一段、一段、踏みしめて上っていく。


 なあ、頼むよ。俺は、もっと君と一緒にいたいんだよ。

 頼むから、待っててくれ。


 廊下が見えて。そこに足があるのが見えて。

 一気に駆け上がった。


 マキナがいた。今までと同じように、俺の部屋の前でたたずんでいる。


 走った。そのまま、マキナを抱きしめる。


「ほら、大丈夫だったでしょう」

 マキナが言った。


 俺は答えなかった。無言で鼻をすする。

 マキナは察してくれたらしく、なにも言わなかった。


 ガチャッと隣のドアが開いたようだが、俺は気にしなかった。


「あの、どうかしましたか? 大丈夫ですか?」

 隣のおっさんの声。

 マキナは見えないから、俺が一人でなんか変なかっこうしてるように見えるだろうな。


「あ、はい。大丈夫です。ちょっと、目にゴミが入って。気にしないでさい」

 めちゃくちゃ涙声で言った。

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