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【ツグル】金曜日だからね、帰りたいよね

 ついに金曜日だ。

 これで、今週も終わり。もう、とっと仕事終わらせて、速攻で帰ってやる。絶対、残業とかしねえからな。

 富田君? あの野郎、また休みやがった。

 せっかくだから、連休にしちゃおうって腹だろう。

 だが、昨日残業したおかげで、富田君の仕事もほぼ終わった。俺が定時で上がるための道筋はすでにできている。


 と、思ったら、営業の花田さん(同期美人)が泣きそうな顔で頼みごとしてきた。緊急の仕事。

「ごめん、モリナガ君、金曜日なのに」

 めちゃくちゃ上目遣い。うるうるの目


 花田さんは社内でも人気だ。美人だし、あざといからな。富田君なんか、すっかり骨抜きにされている。


「そう思うなら、すぐ連絡入れろよ。なんで、この時間なんだよ。俺に残業させる気満々じゃん」

 仏頂面で言った。昔っから、この子は苦手だ。男を便利に使ってやろうって心持ちが行動の端々に感じられる。

 

「そんな言い方ないじゃない。こっちも、いろいろ大変だったんだよ。同期のよしみで、助けて。お願い」


「やることはちゃんとやるから。そのあざとい態度やめろ。うっとうしい。あと、なんか差し入れくれ」


 はあ、と花田さんが聞えよがしのため息をつく。

「モリナガ君って、なんか私には塩だよね。なに? ツンデレ?」


「答え。腹黒さがにじみ出てるから」

 言いながら、俺は花田さんが持ってきた案件に取り掛かる。

 以前作ったシステムの修正。たくっ、なんでクライアントは改悪しようとしてくるわけ。意味わかんねえ。


 一応、責任は感じている態度(絶対、態度だけだけど)の花田さんは富田君の椅子を持ってきて、俺の隣で作業を見守る。

 なんだろ。マキナだったら感じるドキドキが、なんもねえや。


「モリナガ君、ひょっとして彼女できた?」


「……だったらいいけどな」

 一瞬、マキナの顔が浮かんだ。彼女……ではないよな。


「えっ、マジで彼女できたの?」


「ちげえよ。やんわり否定してんじゃん」


「声には表情があります。そして、ついさっき、君の声には照れたら表情があった」


 なに、その口調。探偵ごっこ?


「そっかあ、モリナガ君についに彼女ができたかあ。私、密かに狙ってたんだけどなあ」


「できてねえって言ってんだろ。しつけえな。あと、今後も便利に使うための嘘やめろ。俺、そういうの嫌いだって知ってんだろ」


「ホント、ひねくれてるなあ。私に、そこまでつっけんどんなの、君と専務くらいだよ」


「いいから、タバコでも吸ってこい。俺にウザ絡みしてる暇あったら、差し入れでも持ってこい」


「はーい」

 花田さんは残り香を残して去っていった。

 当分、戻ってこんだろ。


 定時を過ぎた。仕事は終わらん。

 ああ、もう、早く帰るって言ったのにさあ。

 またマキナ待たせちゃうじゃんか。


 花田さんが、たっぷり二時間ぶりに戻ってきた。シュークリームを手土産に。


「ホント、ごめんね」


「仕事だからな。だいたい終わったから、もう三十分くらいで帰る」


「さすが、モリナガ君。富田君だったら徹夜確定だったのに」


「後輩を使いつぶすなよ」

 まあ、富田君なら使いつぶしても構わんか。


 そんなこんなで、結局、会社を出たのは定時一時間過ぎ。やっぱり走る。

 金曜の夜だからか、電車はいつも以上に混んでいて。四方からの物理的な圧が凄まじかった。


 それ、に気が付いたのは、一駅過ぎて、少しだけ車内に余裕ができたところだった。

 俺の斜め前の女の子(真面目そうな女子高生)が、なんか変だ。ちらちらと後ろを気にしながら、もぞもぞしてる。緊張したような、怖がってるような顏。


 すぐ察した。痴漢だ、これ。

 さて、どうする。

 もちろん、助けないとだが、どうやって?


 犯人は女子高生の斜め後ろの男っぽい。

 確証はないけど。


 犯人を確保することより、女の子を助ける方が優先だろ。

 マキナが高校時代に受けた傷が思い浮かび、怒りが湧いた。


「うっううう、うう」

 俺はうめいた。ちょっと大げさに。ヤバ気に。

 周囲の人々が何事かという目で俺を見る。


「すいません。ちょっと手がつって。ごめん、君ちょっと俺と場所変わってくれない」

 痴漢被害にあってるらしい女子高生に言った。


 女子高生が無言で、だが、ホッとした表情で、俺とすれ違うように場所を変わる。その時、俺は痴漢らしき男と目を合わせた。やつはさっと目をそらした。

 確定だな。


「捕まえる?」

 女子高生にギリ聞き取れるくらいの声で言った。


 女子高生が首を小さく横に振る。だよな。

 痴漢らしき男は次の駅で、そそくさと出ていった。

 ほかの路線と乗り換えがある駅だったもんだから、一気に空いた。

 とはいえ、まだ混んでるんだけどさ。


 ふと気が付くと女子高生が俺の方を見ていた。たぶん、お礼を言おうとしているんだろう。

 軽く手を振って、大丈夫だと答える。

 混んでる電車で声を出すのも、なんか恥ずかしいもんな。


 ホントは捕まえた方がいいだろな。痴漢。きっとまたやるだろうし。でも、女子高生も、いきなり痴漢被害者として車内で注目を浴びるのも嫌だろうしな。


 そんなことをつらつら考えていたら、別の駅についた。


「あのっ」

 女子高生が言った。黒髪ロングの真面目そうな子。

「ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げて、電車から出ていった。


 まあ、ちゃんと助けられたんだから、不正解ってことでもないか。


 なんだかんだで、自宅最寄り駅に到着。

 コンビニに寄って、弁当とビールを三缶買った。いや、金曜日だしね。


 アパートに到着。

 マキナは俺が下げている袋がいつもより大きいことに注目。


「あっ、一杯飲む気だ」


「いいじゃん。金曜日なんだし」


「いいですけど。飲み過ぎて二日酔いとか無しですよ」


「こんくらいじゃあ、ぜんぜん大丈夫だから」


「それならいいですけどぉ」


 飯食って。酒盛りを始める。


「おぎしたいんですけどね」

 マキナが缶ビールを持つ俺の手に手を重ねる。


「いいよ。十分」

 君が目の前にいるだけで美味しく飲めるから、なんて言いたいところだが、言えん。


 酒の肴に、同期の花田さんに急遽仕事を入れられた話をする。富田君が、いかに彼女に手玉に取られているかも。


「先輩は、その人、どう思ってるんですか?」

 ちょっと警戒したような、うかがうような顏。


「端的に言えば苦手だ。いつのまにか罠にはまってそうな気がして、落ち着かない」


「ならいいですけどぉ。でも、よくそういうのわかりましたね。先輩、女性慣れしてないから、いいように使われそうなのに」


「基本、人間嫌いだからな。陰キャは悪意に敏感なんだよ」


 うわっ、とマキナが引く。

 いや、陰キャはそういう生物なんだよ。陽キャと精神構造が違うんだよ。闇属性なんだよ。


「だから、まあ、変なこと気にしなくていいから」

 花田さんのことな。「ヤキモチ焼かなくてもいいぜ」、なんてかっこつけて言えるわけがない。

 そんなこと言って、素で、「はっ? 自意識過剰じゃないですか?」とか言われたら、眠る前にもだえ苦しむわ。


「でも、苦手とか言って、実は意識してたりして。好きの反対は嫌いだし。苦手だと思ってたけど、実は自覚してないだけで好きだった、とか」

 マキナが、じいいぃぃっと俺の目を見つめる。嘘をついたら分かりますよ、みたいな感じで。


「無い。ああいうタイプ、ホント、苦手。あらゆることが計算づくみたいで怖い」


 人間、多かれ少なかれ計算高いもんだけどさ。なんか、開き直って小利口に立ちまわるタイプが苦手なんだよ。花田さん、そういうタイプの典型。


「私も、そこそこ計算してますよ」


「いいんだよ。主体的にズルくなけりゃあさ。つうか、マキナは不器用じゃん」


「そんなことないですけど。どうでもいいことは、それなりにやってけるんですよ」


 ビール三缶、結構なペースで空けたもんだから、酔いが回ってきた。


「先輩、顏、真っ赤」


「おう、酔ってるからな」


「でも、性格、いつもと変わんないですね」


「そんなことないだろ。いつもより、かなり、コミュ力がアップしてるはず。陰キャにとって、酒はコミュ力増幅剤だからな。今の俺は陽キャにカテゴライズされていてもおかしくない」

 いや、それは言い過ぎだな。


「それ、陰キャとか関係なくないですか?」


 そんならちもない会話をしていたら、いつの間にか時間は九時を過ぎてた。 

 そろそろシャワー浴びんとな。

 どうも、酔ってるせいか、マキナがいつも以上にエロく見えて。

 どうしようもなく、ムラムラして。


 いかんいかん、なに考えてんだ。

 もし、そんなことして、マキナが消えちまったら、どうする。

 つまんない欲求なんかで、台無しにするなよ。


 欲望を押し込めるように、すくっと立ち上がる。

「そろそろシャワー浴びてくるわ」


「はい」


 熱いお湯を頭から浴びたら、少し酔いが冷めた。しかし、あれだな。そろそろ、どうにかした方がいいかもな。

 なにを? たまりにたまった性欲。


 マキナはちょくちょく誘惑してくる。俺の勘違いか? いやいや、そんなことないよね。誘われてるよね、俺。

 でも、さ。


 もし、俺が手を出しちゃったら。

 マキナはそれで成仏しちゃうかもしれない。それは、きっと正しいことかもしれないけど。幽霊となってずっと俺に付きまとってるより、ずっといいのかもしれないけどさ。


 それでも、俺は、もっとマキナと一緒にいたい。

 これは俺の我がままなのか?


 シャワーから出ると、マキナはベッドに腰かけていた。ほら、私、もう、すぐ押し倒せる位置にスタンバってますよ、みたいな。

 俺の考えすぎだったら、超失礼だけどな。


「そういえばさ。今日、痴漢にあってる女の子、助けた」

 息苦しさから抜け出すために話をする。

 

 パソコンの載ってる机の椅子に反対座りして、背もたれに肘乗せた。


「痴漢? 先輩最低ですね。確かに、やりそうな顏してますけど」


「俺じゃねえよ。つうか、なんだよ、やりそうな顏って。そんな目で俺を見てたのか?」


 マキナが笑った。

「冗談です。先輩、痴漢の嫌疑かからないように吊り革に両手でつかまったりしてそう」


「ああ、それよくやるわ。満員電車で女の子が近くにいたら、もう怖くてしょうがないもん。ほら、俺、割と職質とかされやすいタイプだし」


 マキナがまた吹き出した。両手で口を押さえるが、笑いはこらえきれない。

「先輩、ちょこちょこ挙動不審だから」


「しょうがないだろ。いろんなところがアウェイなんだから」


「その言い草」


「とにかく、俺は助けたんだよ。痴漢にあってた女の子を。俺、正義。俺、英雄」


「すごい調子に乗ってる」


「まあ、結局、助けただけで、痴漢を捕まえたわけじゃないけどさ」

 そこから、俺は、帰りの電車での一幕を話した。

 そんなドラマチックなことじゃないし。すぐ話し終わっちゃたけど。


「なんか複雑です」

 んんっ、と難しげな顔で首を傾げる。


「えっ、なにが? ただ、俺の英雄譚に感心するだけで良くない?」


「それがきっかけで、その女子高生と仲良くなったり、とか」


「ねえよ」

 そんな漫画のようなことは起こらない。あと、小心者だから、リアル女子高生と親しくとか、無理。捕まりたくない。


 マキナが立ち上がって、寄ってくる。俺の前に立つと、そっと頬を撫でてくる。

 なんだ? くすぐったい上に、なんか気持ち良いんだが。


「ダメですよ」


「な、なにが?」


「私が成仏するまでは、目移りしちゃあ、ダメ」


「お、おう」


 返事した途端に、頭を抱きしめられた。

 ひ、額のとこにオッパイがあた、当たってる。なに、この天国。


「私だけの先輩でいて」


「お、おう」

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