【十年前ツグル】ギャルが部室の前にいるんだが
十年前。高校三年生。
俺は放課後、文芸部の狭い部室に通っていた。古びた部室棟のはしっこ。隣は漫研で不定期に活動しているもんだから静かで、図書室なんかよりずっと時間つぶしに向いていた。
もともと、文芸部に入ったのも時間つぶしのためだった。
母親の勤め先が近くだったから、帰りは送ってもらうためだ。電車代もったないもんね。
文芸部の活動なんてほとんどなかった。というか、三年間、ほぼなにもやってないな。一応、先輩もいたけど、本を読んでるか、受験勉強してるかだった。
なんか、ボッチのはきだめみたいな場所だったな。
で、先輩が卒業した後は、俺一人。プライベートルームみたいで、超快適。
勉強は家に帰ったらやるとして、三年に上がったばっかの時期は、もっぱら本を読んでた。
彼女、楠真希菜が俺のプライベートルームを侵略したのは、ゴールデンウィークが終わって数日経ってのことだった。
その日も、ホームルームが終わるといつも通り、とっとと教室を去り(友達いなかったしな)、学校のはしっこに建ってる平屋の部室棟に行った。
こう、薄暗くて、かび臭くてさ。
なんていうか、不要な文科系部活を追い出そうという意志を感じてしまう窓際感の漂った場所。
どん詰まりに、俺の部屋と化した文芸部があるわけだが、なんか、そのドアの前に人が立っているのが見えた。
女子である。
十七年間、彼女がいたことがなく、女友達もろくにいたことのない。女子ってだけで、なんか妙な圧力を感じてしまう。
えっ、なに、あの人。そこ、俺の部屋なんだけど。漫研なら隣ですよ。
そんなことを思いながら、わざと足音を大きくたてて近づいた。
女子がこっちを向いた。
制服を着崩した女子。ただでさえ苦手な女子の中でも俺がもっとも苦手とする陽キャ的女子。ギャルだった。しかも、かなり可愛くて。
ニコニコした笑顔を向けてくるもんだから、すごいドキドキした。
やめて、そんなに見られたら挙動不審になるから。
ギャルはなにも言わず、ニコニコ人好きのする笑顔で俺を待っていた。
その前に立った俺は、まあ、話しかけるしかなかった。
「ええと、ここ文芸部だけど。なんか用?」
漫研なら隣ですよ。隣。
「先輩、ここの人ですか?」
限りなく金髪に近い茶髪を指でいじりながら言った。
「そうだけど。君は?」
「とにかく、中に入っていいですか?」
「えっ、うん、ちょっと待って」
なんだよ、間違いじゃないのかよ。ギャルが文芸部に何の用だよ。君、本とか読まないでしょう、絶対。
偏見に満ち溢れながらも、鍵を開けてドアを開く。
細長い部屋に白い長机がドデンと一個。椅子が適当に置いてあり、壁際には歴代の先輩たちが残していった本がズラリ。まあ、一応文芸部ですから。
蛍光灯をつけて机に鞄を置く。
ギャルが続いた。肩にかけていた鞄をポイっと雑に放った。おかげで鞄が机をツーと滑って、落ちるギリギリで止まった。
「ここって、毎日やってるんですかぁ?」
ギャルがキョロキョロと部屋を見回しながら言った。
「やってるっていえば、やってるね」
特に活動はしていないがな。
「どっちなんですか?」
目尻の下がった眠そうな垂れ目を向ける。
「俺は毎日来てるけど、別に活動はしてないよ。本読んでるだけ」
「じゃあ、入部しますね」
「えっ、でも、いっとくけど、ここなんの活動もしないよ。部員は俺一人だし」
「すっごく、いいです。私もなんにもしたくないんで」
「俺、あんまりしゃべんないよ」
基本、話すの苦手だからな。ボッチだからな。
「超オッケーです。私もしゃべりたくないんで」
それはそれでなんだか腹が立つな。人の領域に侵略に来て、先住民拒絶とか。
「なんで、よろしくお願いします。ええと……なんとか先輩」
「森長良」
「ちなみにファーストネームは?」
「告。森長良告」
「じゃ、よろしくです。森長良先輩。私、楠真希菜。一年です」
ファーストネーム聞いた意味あんのか?