【ツグルからマキナ】ちょっとした休み
翌日。目が覚めたのは朝の五時。休日にこんな時間に起きたのは久しぶりで。さすがに、こんな時間に来るなんてないだろ、と思いつつも、一応、ドアを開けて確認した。
まあ、居ねえよな。
カレー食べて。ボーと溜まってたアニメ観て。
合間合間に、ドア開けて、マキナが来ていないか確認した。
俺、どんだけ待ってんだ。
初めて友達、家に呼んだ小学生か。
自分にツッコミながらも、やめられない。
大人になっても、結局、持て余すよな。自分の衝動って。
そんなこんなで、何度目かのドアを開けたら、マキナがビックリした顏で立ってた。
「ちょっ、いきなりビックリするじゃないですか」
「ああ、悪い」
言いながら、心底、ホッとしてて。
だって、昨日あんな風に消えてくとこ見ちまったしさ。怖かったんだ。
「おはようございます」
言ってから、マキナが小首をかしげる。
「なんか変な感じですね」
「ああ、そうだな。ほら、入れよ」
言った後に、俺は頭をかいた。
「その、なんだったら、どっか遊び行くか?」
いつも部屋の中ってのもさ。あれだし。
……デート、みたいな。
マキナの顔が輝く。本当に嬉しそうで。
俺まで気分が高揚した。
だが、マキナは残念そうに首を横に振った。
「私、外いけないんですよ。私が移動できるの、先輩の部屋の前と、部屋の中だけみたいで。すっごく、残念なんですけど」
「そうなのか」
なんだよ。俺、それくらい知っとけよ。無駄にガッカリさせちゃったじゃんか。
「でも、先輩の気持ち、マジで嬉しかったです。なんか、初めてデートに誘われた、みたいな」
「じゃあ、まあ、今日もお部屋デートだな」
マキナが、ふふふっ、と笑った。
「デートって言ってくれるんだ」
そんなつぶやきが背中から聞こえた。
まず、昨日の続きで、読みかけてた漫画を読んだ。やっぱりベッドに背中を預けて、足伸ばして。マキナは俺の腕の中で俺の体に背中をつけて。
途中で、マキナが泣いちゃって。ティッシュで彼女の目を拭いたりもした。
「メイク、ヤバいことになってません?」
鼻声で言った。
「別に大丈夫だぞ」
「ならいいですけどぉ。マジで泣きすぎて、頭痛い」
目を腫らしたマキナが、なんかすごく愛おしかった。
ついつい頭を撫でてしまう。
マキナが心地よさそうに目を閉じる。
「私、頭撫でられたことないんですよね。ひょっとしたら、すごく小さかった頃に撫でられたのかもしれませんけど」
「そうなのか」
「はい。たぶん、私の両親て、どっちも子供だったんじゃないですかね。キャバしてるとき、いろんな男の人と話したけど。いい年した子供って、たくさんいるんですよね。十八歳以上は大人って。そんなわけ、絶対なくて」
「大人の定義にもよるだろうけどな。俺なんて、意識が、もう高校の頃からぜんぜん変わんねえし」
「そういう自覚がある人の方が、ずっと大人っぽいですよ」
言ってマキナは俺の胸に顔をつけた。
マキナを抱きしめたくなったけど。体は固まったみたいに動かなかった。
しばらく、マキナはそうしていて。
もしも、マキナがくっついてるのがもうちょっと左側だったら、俺の心臓の音が聞かれて、ヤバかったかもしれないな。
「先輩」
マキナが俺の胸に顔をつけたまま言った。くぐもった声。
「うん?」
「好きです。大好き」
「お、おう」
もっと、他に応えようあるだろうが。
なんだよ、おう、って。偉そうな。
自分のダメさ加減に絶望した。
「……俺も、その……」
いけ。言え。吐け。
自分を鼓舞して、胸の中の感情を押し出そうとする。
その時、ピンポーンと実にタイミング良く、いやタイミング悪く、インターホンが鳴った。
マキナが、すっと体から離れ。俺は玄関に行って。インターホンでなんか宗教の勧誘っぽい人と二、三話して、追い返した。
「そういえば、先輩。洗濯した方がいいんじゃないですか? 結構、溜まってません?」
「ああ、そういや、いつも週末に一気にしてるからなあ。やんないとだ」
洗濯機ベランダにあるから、放り込んで、洗剤入れて、スタートするだけだけど。
「早く干さないと乾かないんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。やるかぁ」
バスルームに放り込んである洗濯籠をえっちらおっちら運ぶ。
まあ、溜まってるっていっても、一人分だからな。一日分がYシャツとハンカチ、タオル二枚、あと下着。二回まわせば十分処理できる量だ。
窓を開けて、洗濯機に洗濯物を放り込む。それをマキナが近くで、ニコニコしながら見ている。
こんなもん見て、なんか楽しいのか?
「超楽しいですよ」って言うからには、本当に楽しいんだろうな。
「アイロンもかけるんですか?」
「シャツは一応な。適当だけど」
「なんか、思ったより、ちゃんとやってますね」
「思ったよりってなんだよ。俺、結構、生活力ある人だよ」
「あの料理の腕で生活力とか」
ジトっとした目を向ける。
「君、馬鹿にするけど。ちゃんと食べれるからな」
「それは調理しただけで、料理ではないです」
的確過ぎて二の句がつげん。
洗濯機を回してる間、テレビ観た。地上波の、なんか旅番組。沖縄料理を食べたり、スキューバしたり。
「そういえば、先輩、修学旅行、沖縄行ったんですよね。いいなあ」
「いや、君も同じ学校だろ」
「ああ、私、行ってないんですよ。中退しちゃったから」
そういえば、そうだった。
パパ活で相手の家庭が崩壊して、それが問題になって退学になったとか。
「まあ、俺、ボッチだったし。超居心地悪かった。マジで」
ボッチの修学旅行。それはただの試練。ただの苦行。
「私も、もし行ってもつまんなかったと思いますよ。二年の頃の私、クラスで孤立してましたし。他のクラスには友達いたんですけどね。不良っぽい子ばっかでしたけど」
「お互い、ろくでもない青春送ってんな」
「ですね」
顔を見合わせ、笑う。
「先輩のいない高校生活なんて、あれですよ。麺の入ってないラーメンみたいでしたよ」
「すっげえ例え。俺の存在、大きすぎない?」
「大きいですよ。高校時代で。ううん。生前で、一番、楽しい時間でしたもん」
さすがに言い過ぎだろうが。
そう思ったけど、言葉は出てこず。
ただ、そうか、とつぶやいただけだった。
なんだよ。なんで死んでんだよ。生きてたら、これから、どんどん、あんな時間が色あせるくらい楽しい時間を、作っていけたのにさ。
そんなことを考えて、ちょっと下向いてたら、後ろからマキナが抱き着いてきた。
覆いかぶさるみたいに、両腕を俺の首に回して。
俺もマキナもなにも言わず。
そのまま、しばらくはテレビの音だけが聞こえていた。
洗濯機が全工程終了を告げるブザーを鳴らし。ようやく俺たちは離れた。
それから洗濯物を干して、また洗濯機回して。そんなことをしていたら、昼食になった。
昼食はやっぱり昨日のカレー。二日目のカレー、マジ美味い。
「今度はちゃんと玉ねぎとジャガイモ入れましょうね」
「おう」
「皮、剝いてくださいね」
「分かってるって」
マキナはやっぱり俺の食べるところをニコニコ見てた。
昼食を食べ終えて、皿洗って。二回目の洗濯物干して。さて、どうすっか、と思ってたら、マキナの体が薄くなっていた。
ああ、そうか。もう、時間なのか。
半日。幽霊の彼女はそれしかいられないらしい。
「また、明日、待ってますから。先輩、くれぐれも交通事故とかに巻き込まれないでくださいよ」
いや、お前が言うな、と思った。
◇◇◇
体が薄れていく。まるで世界に溶けてくみたい。
目の前で先輩が、すごく寂しい顔してて。
私は無理に微笑む。
ねえ、先輩。
あの言葉の続き、いつか言ってくださいね。
ほとんど体が消えてしまった頃、先輩が私の手をつかんだ。体が薄くなったせいか、彼の手の感触はよくわからなくて。
それでも心はとても満たされる。
「マキナ、明日も、ちゃんと来いよ」
はい。絶対に来ます。あなたに会いに来ますから。




