【マキナからツグル】一緒に料理をしよう
先輩は食材を買いに行った。
「そういえば、今日は料理作ってくれるんですよね。すごいんですよね。先輩の料理。まっ、私、食べれませんけど」って煽ったら。
「俺の本気、見せてやんよ」とか言って、出てっちゃった。
先輩、ノリいいんだけどな。なんで、高校時代ボッチだったんだろ。結構、かっこいいし。優しいし。
私が同級生だったら、絶対、話しかけてた。それで、仲良くなって。本の貸し借りとかして。一緒に遊びに行って。
そんなことを考えてたら、なんか甘酸っぱい気持ちになった。
結局、周りの環境に左右されるんだよね。ボッチとか、友達多いとか。親ガチャならぬ、友達ガチャ。たまたま、話した相手が包容力あって、自分のいいペルソナが出せるような相手なら、陽キャになるし。
そんことをつらつら考えていたら先輩が帰ってきた。
めちゃくちゃドヤ顔。あれ、カレー作るって言ってたのに、なんで袋から長ネギ飛びだしてんだろ。
あと、ジャガイモ買ってないみたいだけど。
「じゃあ、チャチャッと作ってやろうじゃねえか。カレーってやつをよう」
あれ、先輩、ちょっと、待った。なんで、いきなりルーを鍋に入れてんの? しかも、まだ水湧いてないじゃん。焦げるって。焦げるってば。
「なんだよ。ギャラリーは黙ってろよ。ことカレーに関しては、俺はなかなかのもんだぜ」
「いえ、ぜんぜん、問題外です。アレンジとかオリジナリティとか、そういうの以前の問題です。アウトです。食材の無駄です。とりあえず、ルーを救出してください。マジで、焦げるんで」
「えっ、俺、いつもこうやってるけど」
「いいから、早くルーを鍋から出しましょうか」
先輩がしぶしぶ、箸で鍋の中のルーを救出する。
「っんだよ、うるせえなあ」
なんてブツブツ言いながら。
「今ので先輩の料理の腕のほどがわかりました。大丈夫です。私の指示に従えば、先輩でも美味しいカレーが作れますよ」
「おい、趣旨変わってんぞ。君は黙ってみてろよ」
「はっ? そういうことは、きちんと料理ができる人がいう言葉じゃないですかね。いきなり水の中にルーをぶっこむ人が言っても、ただのいきってる人ですよ。喧嘩が弱いヤカラですよ」
自分で言っておいてなんだけど、先輩とヤカラってイメージ真逆すぎ。
特攻服着た先輩の姿が思い浮かんで吹きそうになった。似合わない。超似合わない。
逆に先輩、スーツ似合うんだよね。
もっとタイトなスーツ着て、ネクタイ外して。襟元緩めて。
眼鏡とかも、あり。
なんて、妄想してたら、また先輩がやらかした。
「ちょっと、ニンジンの皮剝かないんですか信じられない? 信じられない。小学生? 小学生ですか?」
「えっ、でも、いつも俺、こうしてたし」
ちょっと弱気になってる。
ヤバっ、可愛い。
「そんなんで、よく料理できるぜ、なんてドヤ顔できましたね。恥ずかしいです。人として恥ずかしいですから」
「い、言い過ぎだぞ」
「ぜんぜん、言い過ぎじゃないです。超優しめですから。はい、まずはニンジンの皮を剥いてください。ていうか、なんでジャガイモ買ってこなかったんですか?」
「ジャガイモとか、洗うの面倒じゃん」
「いえ、ニンジンも洗ってくださいね。基本、野菜は洗うんです。皮も剥くんです。そういうものです。ていうか、家庭科で習いますよね。普通に」
「そうだっけか?」
「まあいいですけど」
先輩のすぐ横にピタッとついて指示を出す。なんか、楽しい。
ふふっ、先輩、結構、不器用だな。
でも一生懸命な横顔がカッコいい。好き。
「包丁はこう握るんですよ」
言って、手の平をグーにして包丁を握る先輩の手をほどく。
先輩、されるがまま。
そのままニンジンを切る。先輩の体に後ろから抱き着くように、手を動かす。
先輩の背中、広いな。手も長くて。男の人って感じ。
でも、ぜんぜん、怖い感じじゃなくて。
ああ、そっか。私、本当は男が怖かったのかな。
今更ながら、なんか納得した。ホント、そうかもしれない。
「ゆっくりでいいですから。丁寧にやっていきましょうか。親指に力入れすぎちゃダメですよ」
「お、おう」
二人羽織りみたいに野菜を切って。
次はフライパンで野菜をいためて。どうして玉ネギも買ってないんだろ。
「なんで、煮るのに炒めるんだ? ムダじゃね?」
「疑問を持つのは、きちんとできるようになってからでいいと思いますよ」
豚肉と野菜を炒めて。
「今度はルーを切りましょうか」
「なんで? 別に溶けるじゃん。ムダじゃん」
「カレーはルーを焦がしたらアウトなんですよ。マジで」
「だから、水から入れりゃあ、さあ」
「それ、焦げますから。はい、フライパンはこう握って。変なところに力入れすぎですよ」
また二人羽織りで、今度はフライパンを振る。
楽しい。今、先輩に振り向かれたら、ヤバい顔が見られちゃうな。
そんなこんなで共同作業のカレー作りは進んで。楽しい時間は、本当にあっという間に終わってしまった。
カレーが出来上がったところで、先輩が、ハタッと気が付く。
「あれ、そういや、ご飯炊いてねえや」
「もうっ。先輩、いろいろ適当過ぎ」
「すぐ炊けるって。こっちはマジで慣れてるからな」
言って、米を洗って、電子ジャーにセット。
まあ、ツッコミどころはいっぱいあったけど、やめとこう。あんまり言い過ぎるとガチへこみしそうだし。
結局、先輩がカレーを食べたのは二時過ぎ。かなり遅い昼食だけど、二日酔いだったからちょうど良かったって。
「うまっ。マジか。超美味いんだけど。俺、料理の天才じゃね」
一口食べて、先輩が大はしゃぎ。
可愛いよぉ。超好き。
緩みそうになる顔を引き締めて。
「私の指示のおかげです。半分は私が作ったようなもんです」
「だな。マジで、君の手料理食べたかったわ」
すごく嬉しくて。同時に切ない。
私だって、先輩に手料理振る舞いたかったよ。
◇◇◇
「じゃあ、昨日の続き、見る?」
カレーを食べ終わって、皿を洗った後。マキナはすぐ隣で俺の皿洗いを見ていた。
ダメ出しはしてこなかったけど、なんかいろいろ言いたげだった。
「うーん。明るいうちから部屋で映画観るのも、なんか、ちょっと」
「えっ、俺、普通に観るけど。なんなら、朝から観ることもあるぞ」
「一人で観る分にはいいんでしょうけど。二人で観るなら、雰囲気、大事じゃないですか」
「そうなの? よくわかないけど」
「あっ、その漫画、ちょっと読んでくれません? 気になってたんですよ」
マキナがカラーボックスに収まっている少年漫画を指さす。週刊誌で連載されてた、大人気漫画な。
「俺が読むの? なにそれ、意味あんの?」
「いいから、いいから」
マキナが俺の背中をぐいぐい押す。
なんだかよくわからないまま、その漫画の一巻を取る。
ベッドに寄りかかるように足を延ばして座って、漫画を開く。マキナが俺のすぐ隣に座って、俺の手元を覗き込む。近いな。超近いな。
マキナのほぼ金髪が顎をサワサワ撫でる。
「ほら、これなら私も読めるでしょう?」
マキナが笑顔で見上げる。
ほとんど、俺の胸に頭をつけるみたいにして。
マキナが読みやすいように漫画の角度やら距離やらを調整。
「あっ、もう少し、ページめくるの速くてもいいですよ」
「こんくらい?」
「はい。そんなもんで」
だんだん、マキナの体が傾いてきて、俺は左手を彼女の肩に回すようにして、彼女の体を腕の内側に入れる。
なんだ、これ?
マキナは途中から漫画に夢中になっていて。俺と密着してることなんて忘れてるみたいだった。
ときどき、手が俺の漫画を持つ手を支えたり。そっと撫でたり。
無意識なんだろうけど、そのたびに、心臓がバクバクいった。
二巻を読み終わったところで、マキナの体が薄くなっていることに気がついた。
えっ、なんで? まだ昼間じゃん。午前中から出てきてるからか?
「なあ、なんか、君、体が透けてきてるけど」
声がかすれた。こんなの、あの時以来だ。初日に抱きしめて。消えていったあの時以来。
「あっ。そろそろ時間ですかね」
マキナが自分の手を見て、残念そうに言った。
「しょうがないか。午前中から出てきたもんなあ」
そう言っている間にも、マキナの体の透明度はどんどん増していき。
まるで溶けるように空気に消えていく。
「それじゃあ、先輩。また……」
そんな言葉を残し、スーと消えてしまった。
俺は立ち上がって。頭をかきながら部屋の中をウロウロ。あれ、俺、なんで、こんなに動揺してんだ。
マキナがいつも消えることくらい知ってただろ。幽霊だって、ちゃんと分かってるのに。
麦茶をゴクゴクっと一気にあおって。
喉がカラカラだ。クソ。
鍋に大量に作ったカレーを見たら、なんかもう限界で。
顔を両手で押さえた。ヤベっ、泣きそう。なんか知らんが、俺、泣きそうだ。
その日は、結局、なにもやる気が起きなかった。ダラダラとテレビ見て。
夕飯前からビール飲んで。
昼間作ったカレー食べて。
シャワー浴びて。
明日、来るよな。日曜日だけど。ちゃんとドアの前にいるよな。
マキナ、来るよな。
ベッドに入ると、なんか、マキナの匂いがした。気のせいかもしれんけど。




