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【ツグルからマキナ】二日目の夜

「つまり殺されたのは二週間前だったわけだ。その間、なにしてたの?」

 のり弁を食いながら、俺。


「いや、知りませんよ。なんか、私がサボってたみたいな言い方しないでくださいよ。私、死んだ、と思ったら、先輩の部屋の前に立ってたんですって。それにしても、二週間経っても身元って分からないんですね」


 連続強盗殺人の被害者で唯一死亡した女性は、まだ身元がはっきりしない。バックを盗られたせいで、身元照合するようなものが無かったんだろう。


「一人暮らしだろ?」


「はい、そうですけど」


「勤め先は?」


「ああ、ええと」

 マキナが髪の毛をいじいじする。

「その、無職だったんですよ。キャバやめて、ぷらぷらしてたんです」


「じゃあ、捜索願みたいなの誰も出さないだろうしなあ。容疑者が逮捕されたなら、君のもん、持ち帰ったかもしれないし。そのうち、はっきりするだろうな」

 言いながら、目の前の女の子がやっぱり殺されたんだと、しみじみと思った。


 なんだよ。夢で良かったのに。


「あっ、先輩、ビールつぎますよ」


 缶ビールを開けたところで、マキナが言った。パタパタとキッチンに行く。

 すぐに戻ってきた。


「ダメでした。そういえば、コップ、持てなかったです」

 言って、缶ビールに手を伸ばす。缶を人差し指で突く。

 うーん、と、うなりながら。


「なんか、私、物が動かせないみたいです。不便ですね、ユーレイ」

 そのまま俺の手にペタペタ触る。


 ちょっと。ユーレイだからっていきなりタッチしてこないで。ドキドキするだろ。


「先輩の手は動かせるのに」

 俺の手を引っ張ったり、押したりしながら言った。


 マキナの手はちゃんと温かくて。ちょっと汗ばんでた。

 そのまま、特に話さず、マキナも手を放さず。

 俺は片手でビールを飲んだ。


 マキナが俺の左手を、玩具みたいにいじりまわし。くすぐったいけど、なんか引っ込める気にはなれなかった。


「爪、切った方がいいですよ」

 マキナが言った。なんかしっとりした声。


「夜、爪切ると、良くないんだぞ」


「そうなんですか? 私、ぜんぜん普通に切ってましたけど」


「まあ、迷信だしな。親の臨終に立ち合えない、だったかな。なんかそんな感じ」


「先輩、親御さんとは仲良いんですか?」


「普通だろ。たぶん」

 なんだかんだ、盆と正月には必ず帰ってるしな。ときどき、食料を送ってくれるし。


「じゃあ、ちょうどいい距離感なんですよ。いいですね」


「君の方は? 結局、仲直りできたのか?」


「そんなわけないじゃないですか。こっちに来てから、ぜんぜん連絡とってませんよ。母親は、あんたなみたいな汚らわしい子、私の子じゃないわ、みたいなこと言ってたし。父親は、お前みたいな落ちこぼれは顔も見たくない、ですって。こっちも会いたくないからいいですけど。私が死んだこと知っても、せいせいした、とか思ってそう」


 途中から俺の手を握るマキナの手に力がこもった。結構、痛かったが、声に出せるはずもなく。ただ、されるがままになってた。

 そのまま会話もなくなり、マキナが永延と俺の手をいじくりまわすのを、ボーと眺めていた。


 気が付いたら時間は十時を回っていた。

 ヤベっ、そろそろ寝ないと。その前にシャワーか。


「俺、シャワー浴びてくるから」

 俺の左手をもはや私物のように扱っているマキナの手を、剥がし、剥がし、言った。


「えっ、シャワーですか?」

 マキナの声のトーンが超高くなった。

 こいつ、なに言っちゃってんの? みたいな目で俺を見る。


 いや、寝る前にシャワー浴びんとスッキリしないんだよ。リラックスできないんだよ。


「シャワーを浴びるんですね、先輩」


「俺だってシャワーくらい浴びるだろ。そりゃあ。なんだと思ってんだよ」

 

 マキナがうつむいた。なんか、脈を図るみたいに自分の左手首を右手で押さえて。

 なに? 左手に封じられてるものが暴れ出しそうなの?


「あの、私、どうしたらいいですか?」

 ぽしょぽしょ、と言った。


「どうって? そのままでいいんじゃね。よくわからんけど」

 なんか眠くて頭がボーとしてきた。


「だって、服脱ぎますよね」


「そりゃあ、脱ぐだろ」

 言った後、ふと、マキナも手に汗をかいていたことに気が付いた。

「そっちはどうする? 入るなら、貸すけど」


 マキナは答えない。まだうつむいたまま、なにやらひとり言。

「これって、絶対、そういうことだよね」とか、「やっぱ肉食系?」とかなんか、そんなような言葉が聞こえる。


「じゃあ、入ってくるから。ええと、帰るなら、帰ってていいからな」


 どこに帰るか知らんけど。というか、どっかに住んでるのか? いや、憑いてるっていうべきか。


「帰りませんけど。帰る場所とかありませんし」

 上目づかいで見る。妙に顔が赤い。


 ああ、そっか。考えてみたら、というか、普通に女の子だもんな。そりゃあ、いきなり男がシャワー浴びにいくつったら居心地悪いか。


「いいや、明日の朝、浴びるわ」


 するとマキナは手をぶんぶんと振った。

「いいえ、浴びてください。超浴びてください。浴びた方がいいです。絶対、いいです。実はさっきから、先輩汗臭いなっ、て思ってたんです。マジで、シャワー頼みます」


 すごい勢いでシャワーを推してきた。

 あと臭いって言われて地味に傷ついた。俺、知らないうちにスメハラしてた?


「じゃあ、浴びてくるか」


 新しい下着と寝間着に使ってるスウェットの上下持って、バスルームへ。

 幽霊とはいえさすがに女子の前で全裸になるわけにもいかないもんな。


 まあ1Kだからね。トイレはバスと一緒。だいたいシャワーだけで済ませてる。毎回、浴槽洗うの面倒だし。


 マキナ、明日も来るのかな。というか、普通に来て欲しいけど。でも幽霊的には成仏した方がいいよな。

 なんか、眠いから思考も堂々巡りで。


 いつもはバスルームの外で服着るから慣れてなくて。ちょっと新しい下着が濡れて、気持ち悪かった。


 で、バスルームから出たら、マキナはまだいた。テーブルに頬杖ついて、こっちを見ていた。めっちゃ、目が合った。


「ああ、さっぱりした」

 とか言ってみる。


「……」

 マキナは無言で目をそらす。だけど、チラチラと視線をこっちにやってきて。


 なんというか、風呂上がりを女子に見られるの、恥ずかしいな。相手、幽霊だけどさ。


「じゃあ、おやすみ」

 ベッドに入る。

「あっ、明かりそのままでいいからな。俺、明るくても割と寝れるから」


「……はっ?」

 マキナの声。


「えっ、だから、照明消さんでいいからって」


「いえ、そうじゃなくて。寝るんですか? えっ? 寝ようとしてますよね?」

 ベッドのそばに寄ってきて言う。

「マジで寝ようとしてますよね?」


「まあ、明日も仕事だしな」


「あの、私、ユーレイかもしれませんけど。触れますよね。その、先輩のこと、かなり好きだし? 割とチャンスなんじゃなかなあ、なんて」


 顔赤くして、なに言ってんだ、こいつ。

 なんのチャンスだよ。それより、寝みいよ、マジで。


「昨日だって、先輩、ハグしてくれたし。あれって、かなり嬉しかったし。つまり、両想い、みたいな? それでシャワーとか言われたら、期待するじゃないですか? ていうか、ユーレイに思い出のひとつくらい作ってくれてもいいんじゃないでしょうか?」


 なんかすごい勢いでまくしたてるが。

 俺の意識は、まぶたを閉じた瞬間、急速に濁っていった。



◇◇◇



 寝た。

 先輩、マジで寝た。

 なんか、エッチな期待を超してしまった自分が恥ずかしいんだけど。


 でも、そっかあ。ユーレイだもんなあ。

 触れたって対象外だよね。普通に考えたら。

 ……だよね。

 

 正直、昨日、消えてしまうとき、これで終わりだと思った。

 だって、結構、満足だったし。先輩にまた会えて話ができて。良かったし。

 これで次に行ける、そう思った。

 次がどこか知らないけど。できれば地獄はヤダなあ。でも、地獄いきかも。

 やらかし過ぎたから。


 だから、今日、また先輩の部屋の前に立ってたのが、すごく不思議で。

 だけど、もちろん嬉しくて。

 だって、もっともっと先輩といられる。話せる。

 先輩を待ってる間、楽しみで顔がニヤニヤしっぱなしだった。超緩んでた。


 いろんな話をして。あと、スキンシップなんかもあり? エッチなことも、まあ、できたらいいなあ、なんて。

 ユーレイになってもそんなこと考えてしまう私は、結構、ビッチなんだろう。


 でも、実際、先輩と会ったら、なんか普通に話して。


 先輩、分かってます? 私、明日も来れるか分からないんですよ。ユーレイなんですよ。

 昨日の続き。私を抱きしめて。その続き、なにかないんですか?


 そんな風に先輩に言いたかったけど。言えなかった。私はやっぱり臆病で。自分から行動できない。

 せっかく、神様にチャンスを貰ったのに。ユーレイになっても、私は私だった。


 それに、やっぱり先輩にはビッチだって思われたくないし。もうとっくの昔に手遅れでも。それでも、ヤダ。先輩に軽蔑されるのは嫌だ。


「だから、期待しちゃたじゃないですかぁ」


 すうすう寝息をたてる先輩の頬をつんつんする。

 可愛いな。可愛い。


 また来れるかな。先輩、なんか、私が明日も来ること確信してるみたいだったけど。そんな保証どこにもないのにね。


 照明を消して、カーテンから差し込む月明りで、先輩の寝顔を眺め続ける。

 次第に、体が透き通ってきて。

 ああ、朝まではいられないんだな、って思った。

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