表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/53

【ツグル】ここから続く

 はっ、と目を開けると、いつもの天井が見えた。

 ベッドの上。スーツを着たまま。


 ああ、全部、夢だったのか、そう思った。

 すごい、むなしい気持ちな。

 

 テレビをつけて、ニュース番組を見る。

 同時にスマホで、殺人事件が無かったか調べる。


 そんなものは無かった。

 はは、やっぱり夢か。

 なんか、やたら生々しいリアルな夢だったな。

 俺、欲求不満なのかな。


 その後、朝っぱらから部屋を隅々まで掃除したが、狭い1Kのアパートに女子高生が入った痕跡はまるでなく。

 そりゃあ、そうだよな、と俺は諦めた。

 まっ、結局、全部、夢だったのさ。



◇◇◇



 マキナの夢を見たからといって、会社はちゃんとあるわけで。

 いつもと同じ時間の電車に乗って会社に行った。


 どうも、一日中、ボーとしてた。

 夢だったんだなあ。可愛かったな、マキナ。

 なんて、思ったりして。


 あれは、全部夢で。俺の頭の中が造り出した妄想で。彼女はきっと普通に生きていて。幸せに暮らしていることだろう。


 そう思うと、まあ、良かったんだな。夢で。


 うん、その方がずっといいさ。


 ……あと、彼女欲しいな。マジで。


 やっぱり、二時間ばかし残業して帰宅。

 あんな夢を見たせいか、駅からの帰り道、何度もあくびを噛み殺した。


 コンビニで弁当買って。あと、ビール。

 いつもの日常。夢でもなければ、ファンタジックでミラクルなことなんて、起こりゃあしないもんだよ。


 アパートの階段。

 そういや、昨日の夢、ここから始まってたんだよな、なんて思いながら、上る。

 階段を上った先に、女子高生がいて。そこ、俺の部屋だけど、なにこの女子高生チックな生き物、なんて思ったんだ。

 マジでわけわからんかったからなあ。


 …………廊下に女子高生がいた。

 夢と同じように、蛍光灯の灯りに照らされ、金髪に近い茶髪がキラキラ光ってる。

 立っているのは、やっぱり俺の部屋の前で。


 女子高生は俺の方を向いて、やっと来た、みたいなホッとした顔になった。


「あっ、また、来ちゃいました」

 ちょっとはにかみながらそんなこと言う。


「お、おう」

 なんか、俺も照れながらそんなことを言う。


 近づくと、昨日、夢で見たマキナそのまま。あれ、夢ってことで片付いたんじゃなかったっけ?

 なんで、この子いるの? なに? 夢から出てきちゃった、的なやつ?


「ていうか、先輩遅くないですか? ひょっとして、ブラック企業じゃないですか? 使い倒されてません?」


「二時間残業くらい普通だっての。そっちこそ、いつからここで待ってたんだよ」

 ガチャガチャと鍵を開けながら言う。


「さあ。スマホ無いんで、時間わかりませーん」


「まあ、いいけど。ほら、入ったら?」


「はい。おじゃまします」


 なにこの普通のやりとり。

 成仏します、みたいな感じでスーって消えてったの、あれなんだったの?

 などと思う半面、まあ、その、嬉しかった。 


 マキナは昨日と同じ場所にちょこんと座った。やっぱりWみたいに膝と膝を合わせて。


「ええと、あれだな、あれ」

 とりあえず、あれあれ、言ってみた。

 いや、だって、昨日、あんな感動的な感じで別れたし。会話の糸口を探す、的な。


「あれってなんですか?」

 マキナが首を傾げる。


「いや、あれはあれだろ」


 キッチンで麦茶を入れながら、あれの中身を考える。

 あれって、なんだろうなあ。

 結局、思いつかないまま、麦茶の入ったグラスをマキナの前に置いた。昨日は一口も口をつけなかったけど、まあ、一応な。


「そういや、調べてみたんだけどさ。殺人事件なんて起こってなかったぞ」

 雑談を諦め、本題に入る。これが本題かどうかは知らんが。


「えっ、そうなんですか。まだ発見されてないんですかね。私の死体」

 割と他人事みたいに言う。

「犯人に隠されちゃったとか。こう、バラバラにされて」


「いやいや、路上で刺されたんだろ。血が、ドバーと出たんだろ。そっから、死体運んで隠すとか、無理だろ。バラバラとか、絶対無理。あれ、超大変だから」


 ぷっ、てマキナが吹き出した。両手で口元を押さえ、うぷぷって笑って。

「経験者? 経験者なんですかぁ?」

 言った。


「いや、ちげえけど。ミステリー小説とか読んでるし」


 そのままマキナは笑い続けた。

 女の子が集団で笑ってるのとか、なんか脅威を感じるんだけど。単体だと可愛いよな。基本。


「そういえば、どこで殺されたの?」


「えっ、ああ、はい、確か……」

 マキナが言った場所は、都心のど真ん中。


「なに、なんでそんなとこにいたの? 君、セレブだったの?」


「いえ、図書館に行った帰りだったんですよ。マンションまで歩いて帰ろうと思って。歩くと頭がスッキリするって言ってた人がいるし」


「図書館って、国立図書館? また、意外だな。本とか読むイメージないけど」

 文芸部でもスマホをいじってた記憶しかない。


 マキナがムッとした顔になる。

「私、結構、本読みますけど」


「へえ。例えば?」


 マキナは十年くらい前のライトノベルの名前をいくつかあげた。アニメ化されてるやつ。


「それと、国立図書館がまったく結びつかんけど」


 マキナがうつむいた。

「こっちに来てから思い出したんですよ。先輩が国立図書館行きたがってたなあ、て」

 チラッと上目遣いに見る。


 えっ、なにそれ、まったく覚えてないけど。そもそも上京してから一度も行ってないしな。


「覚えてないんですか? 日本で発刊された本が全部あるんだぜ。本好きなら、一日中いれるだろ。超行きてえなあ。みたいなこと言ってたのに。なんか、偉そうに」


 たぶん、それ、あれだ。

 ちょっとインテリぶった感じ?

 背伸びしちゃった感じ?

 陽キャに対する、陰キャのささやかな反抗、的な。


「だから、私、暇な時とか……行ってみたりして」

 また、チラッと見上げる。


 やめなさいよ、それ。なんか、こっちまで照れるだろ。ハートがくすぐられるだろ。


「いや、だけど、そんなところじゃあ、ますます死体隠すの無理だろ。絶対無理。むしろ、即発見されるだろ」


「確かに人通りはなかったんですよ。夜だったし」


「それでもなあ」

 言いながら、テレビを付けてみる。

 夜のニュース番組の時間だ。


 ニュースキャスターの挨拶が終わったところ。そっからトップニュース。

 連続強盗殺人事件の容疑者が逮捕されたってニュース。

 日本も治安が悪くなったもんだ。


 路上で若い女性ばかりを狙った犯行。ひと月前くらいから、四件発生。うち一人が死亡。三人が重症。

 死亡したのは二週間前に被害に遭った女性で腹部を鋭利な刃物で刺された後、鈍器のようなもので頭を複数回殴られ……。


「おい、これって」

 場所もマキナの言ってたあたりだ。


「私っぽいですね」

 ほわあ、と口を開けてテレビを見ている。


 いや、リアクションゆるいな。


「なんか、ちょっと複雑かも」


「そりゃあ、な。だいぶ複雑だろうよ」


 俺の胸中も複雑だよ。なんかイガイガするしムカムカするし。

 持ってたって、たかだか数万円だろうに。そのために、殺しやがって。


「先輩、怒ってます?」


「怒ってねえよ。ただ、なんかさ」

 頭をかく。

「ていうか、君が怒れよ。ほわっとしとる場合かよ」


「運が悪かったなあって思いますけど。やっぱ、いろいろやらかし過ぎたんですかね」


 その時、俺の腹が鳴った。

 そういやあ、メシまだ食ってねえや。


 それに、マキナがまたプッと吹き出した。

 喉を鳴らして笑ったあと、「先輩、緊張感無さすぎぃー」とか言われた。


 お前に言われたくねえよ、と思ったよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ