おバカなメスガキ
明るすぎる照明が、偉そげに俺を頭上から見下ろしている。
外はもうすっかり暗くなり、室内の明るさと屋外の暗さのコントラストがささやかな不安をくすぐり立てる。
ここはどこにでもあるファミレスチェーンの1つ。40席ほどあるテーブル席の6割近くが空いているという状況。寂しくも騒がしくもなく、何の感傷も抱かせない見慣れた光景。
客の更に半数ほどは学生だろう。見覚えは無いがどこか懐かしさを感じさせる学生服を着込んで、絶えることないお喋りに熱中している。
かくいう俺――猪上正道も学生だ。といっても俺の服装は私服。紺色のパーカーに橙のチノパンというラフな格好で、やや炭酸強めのメロンソーダをちびちび飲んでいる。
俺はあと一月ほどで大学四年――つまり、現在はギリギリ大学三年ということになる。
時節は春先、3月の頭。世間一般で言う就活シーズンである。この就活シーズンというのは、経団連とやらが定めた就職活動のスタート時期が3月の1日であることに由来する。
世の大学三年生の大半はこのシーズンになると、毎日のようにES(エントリーシートのこと。企業が課す文章試験への回答みたい感じ)や会社説明会、面接等に精を出すものなのだ。
就職活動ってのはその後の人生の大半を左右するーーのかどうかは分からないが、とにかく大事なイベントであることに変わりはないので、一部のフラーっとした学生以外はそれなりに必死になって取り組むものだ。
――そんな大事な時期に、俺は一体何をしているのか?
その答えは、俺の向かいの席に座り数分前からわざとらしく「うーんうーん」と唸り声を上げ続けている、見た目だけはーー本当に、見た目だけはパーフェクトな少女がよく知っている。
「いつまでそこで躓いてるんだ……。かれこれ10分は悩んでるぞ?」
ずっと俯き、小さな頭――いや、悪口ではなくーーを抱えていた少女が、顔を上げる。
「マサミチの教え方が悪いんじゃん」
咄嗟に悪態をつき、わざとらしく唇を尖らせる少女の名は白城優希。
20を過ぎた自分がこういうことを言うと少し事案っぽく聞こえるかもしれないがーー優希はとてつもない美少女である。
こちらをジッと睨みつけるツリ目は日本人らしくない大きさで、まるで彼女の攻撃的な性格を表しているようだ。
絹のように滑らかで汚れひとつも見つけられないブロンドの髪は、所謂ミディアムストレートに整えられている。その美しさは彼女の髪が人為的に染められたものではないことを見る者に予想させる。
自身のストレートゾーンを18〜24と定めている俺だが、優希の美貌の前にはそんな決めごとどうでも良いと感じてしまっていた。そのくらい、優希の美しさは群を抜いていた。
華奢な体格ながら年相応以上の膨らみを感じさせる体つきに、久しく女を忘れた俺の心は不覚にも跳ねる。
しかし、その体を守る冬物の黒を基調としたコスチュームーーもとい学生服が俺の心に平穏を取り戻させる。
優希は美少女で、女子高生だった。そしてーー
「お前、これ中学生の範囲だぞ……? しかもプラスとかマイナスとか、めちゃくちゃ簡単なところじゃんか」
「分からんもんは分からんのです〜」
優希は馬鹿だった。
バカはバカでも、色んなバカがいると思う。犯罪行為をSNSに上げるタイプのバカもいれば、大雪の中はしゃぎまくった挙句シャワーも浴びずに寝て大風邪をひくバカもーーそれは俺か。
まぁそんな多種多様なバカがいて大変愉快な世の中だが、優希はその中でも一番スタンダードなバカ、『純粋に頭が悪いタイプのバカ』だった。
驚くほど物分りが悪く、10を100説明してようやく1理解できるくらいで救いようがない。これまでもあまり勉強はしてこなかったようで、高校二年生にもさしかかろうという時に中学一年生の範囲に頭を抱えている始末だ。
優希が如何に頭が悪いかは、九九を半分近く言えないとか、アメリカの首都をイギリスだと思ってたとか、とかくに例を挙げ始めるとキリがないので、ここまでにしておく。
あまり言いすぎるのも可哀想だしな。
完全に不貞腐れ、両腕をぐっと伸ばしながら机に突っ伏す優希の頭を軽くはたく。
さて、ここまでの流れで察せるとおり、俺はこのめちゃくちゃバカで態度の悪い少女に勉強を教えている訳だが、それはどうしてだったか。
優希に改めてプラスマイナス云々の説明を始めつつ、俺は思い出したくもないあの夜を回想し始めた。