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 月羽きらりにはヒロインの役を担ってもらう――。


 突如吹き荒れた月羽きらりという風を、追い風とみなしたかおると花。しかし追い風と見えたのは錯覚であった。


 今、かおると花は月羽きらりという名の風に、レズビアンの噂を流されているのであった……。


「――いや、どーしてこうなるの?!」


 花が思わず叫ぶのも無理からぬことだとかおるは目を伏せた。


 なぜ月羽きらりが、かおると花がレズビアンでデキているなどという噂を流しているのかまではわからない。いや、正確には「わかりたくない」といったところだろう。


 なぜならヒロインの座を狙っているらしい月羽きらりからすれば、『ダブル・ラブ』に酷似した世界において本物のヒロインと推定されるかおると花は邪魔者なのだ。


 その、邪魔者を排除するべく迷惑な噂を流しているのだということは、ふたりにだって容易に予測できる。


 けれども月羽きらり本人から聞き出せない限り、その予測を事実と確定することはできないと、ふたりは最後の抵抗をしているだけなのであった。


 一方、月羽きらりが迷惑な噂の出どころであること自体は既に確定事項であった。


 にわかにかおると花がレズビアンで恋人同士などという噂が流れ出した時点で、ふたりを溺愛する男たちが半ばキレて、出どころを追跡したからだ。


 その結果、噂を流しているのが六人の中では今――悪い意味で――ホットな月羽きらりだった……というわけである。


 噂を聞いてから半日で追跡を終えた彼らの手腕に、かおると花は感心しつつ内心では震え上がった。


 味方でいるうちは心強い人間は、絶対に敵には回したくないものである。


 かおると花は億が一にもあり得ないが、月羽きらりがヒロインに成り代わったときは、絶対に自分たちが敵に回るようなことはしないでおこうと誓い合っていた。


 しかし先に敵に回ったのは月羽きらりだった。


 かおると花の事実と相違ある噂を流した時点で、アオイとイズミ、建と樹の、月羽きらりに対する好感度はダダ下がりである。


「なんでそんな余計なことするかな~?!」


 まるで花は「余計なことさえしなければ月羽きらりはヒロインになれたのに」とでも言いたげに嘆く。


 しかしかおるは花のそんな言外の意見には賛同できそうになかった。


 月羽きらりは既にいくらか「やらかし」ている。


 転校早々、チンピラ風の樹に開口一番勉強を乞う行為も、怪我をした際に大して親しくない建に保健室へ連れて行って欲しいとねだる行為も、かおるには彼らの好感度を上げるどころか下げるものにしか見えなかった。


 ひとことで言ってしまえば「浅はか」。


 上述の行為は、幼馴染で現在も親しい間柄であるかおるがやれば不自然ではないだろう。そう、花曰く「正規のヒロイン」である「藤島かおる」がすれば。


 けれども月羽きらりは「藤島かおる」のような設定も、アドバンテージも持たない。そんな中でイベントを乗っ取ろうというような行為をしたとしても、上手く行かないのは道理であった。


 そして花の記憶が確かであれば、月羽きらりは『ダブル・ラブ』には影も形も存在しない。


 まったくのイレギュラーな存在である、月羽きらり。そんな彼女に急に馴れ馴れしくされて、喜ぶ人間は変人と言わざるを得ないだろう。


 ……今のところ、月羽きらりは同学年である建や樹を重点的に攻略しようとしているようだが、それがいつ一年先輩のアオイや、後輩のイズミにまで及ぶかはわからない。


 打てる手があるのであれば、早急に打たなければならない――。


 ふたりはない知能を絞って、うんうん唸りながら考えた挙句、月羽きらり本人に接触することにした。


 もう、それしかないと思ったのだ。


『ダブル・ラブ』の知識があるならば渡りに船。ヒロインになってもらいたい、というのがふたりの意見だった。


 しかし月羽きらりはどうもかおると花以上におつむがよろしくないらしい。ふたりがレズビアンであるという、ありもしない噂を流すところを見ても、性格もよろしくないようだ。


 そんな月羽きらりに接触するのはリスキーと言わざるを得ないことは、ふたりも承知していた。


 しかしもう、これしかないというのも確かで……。



「なんであたしがあんたたちの言うこと聞かないといけないのっ!?」


 どうか穏便にことが済んでくれ……というふたりの願いは、わずか数分で木っ端みじんに砕け散った。


 校舎裏というひと気のない定番の場所に月羽きらりを呼び出すことには成功した。しかし説得には失敗した。今の状況を一文で言い切るならば、そうだ。


 やはり月羽きらりに『ダブル・ラブ』の知識があることは確かであり、ヒロインの座を狙っていることも確かだった。


 しかしそんな月羽きらりからすれば、本来のヒロインであるかおると花は邪魔者以外の何者でもないのだ。


 そんな月羽きらりは最初から敵愾心バリバリで、こちらの提案と呼べるような、穏便な意見にも耳を貸す気配がない。


「そんなの罠に決まってる!」


 というのが彼女の意見であった。


 確かに、とかおると花は納得してしまう。月羽きらりからすれば、正式なヒロインであるかおると花は、ヒロインの座を手に入れる過程で倒すべき――倒さなければならない――敵。


 だから、かおると花の言葉を信用できないという月羽きらりのセリフには、ふたりも納得せざるを得ないのであった。


 月羽きらりの中では、ヒロインの座はなにがなんでも手に入れたいものらしい。だからこそ、それは他人も同じだと投影してしまう。


 現実にはそんなことはないのだが、おつむが足りない月羽きらりにはそれがわからない。


 かおると花――実際にはかおるより社交性のある花が主だっていたが――は、手を変え品を変え、どうにかこうにか月羽きらりに納得してもらおうとしたが、それらはすべて無駄に終わった。


 それでもかおると花もあきらめられない。ここで月羽きらりと友好的な関係を結べなければ、彼女はどんどんと自滅して行って、最終的にはヒロインレースから脱落し、かおると花はシナリオ通りに進めばエロ展開。


 けれどもヒロインになりたいらしい月羽きらりが、かおると花という協力者を得られれば、エロ展開は彼女のものになり、ふたりは望まぬ未来から解放される。


 しかし月羽きらりはどう言葉を変えてなだめすかしても、岩のように意思を変えようとはしない。てこでも動かないとはこのことであった。


 そしてしまいにはこんなことを言い出した。


「あたしにヒロインの座を譲ってくれるって言うんだったら、今すぐ建と樹を解放して! いつまでもあのふたりを縛りつけるようなことをしてて、恥ずかしくないの?」


 月羽きらりの言葉に、かおるは思わず息を呑んだ。

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