道化師の愛執の
それは夕陽の沈む帰り道。
それは人々の賑わう庭園。
それは風の吹く春の午前。
それは真夜中のベランダ。
夢の中、現実の外。
いつの間にか出会っている。
私に黄色い風船を差し出す、滑稽な姿をした道化師。
派手な化粧に奇抜な衣装。
赤く裂けた口に白く塗られた顔。
裂けた唇の口角をさらにあげ、笑顔で私に近づく。
私はその風船を受け取る。
道化師はまた笑う。
その時は決まって周りが静寂に包まれ、代わりに愉快なメロディが鳴りだす。
そう、遊園地のメリィゴウランドのような。愉快で楽しいあの曲。
でも私はそのメロディを聞くたびに、ふとした悲しみに襲われる。
道化師は私の心を読み取るように、また笑みを浮かべる。
そして何かを言い、消え去る。
また、周りに喧噪がよみがえる。
手の風船は消え、何も無くなってしまう。
みんなに言ってみるが、誰も信じない。
そうして私が一人になると、また物陰から現れる。
赤い口をにっこりさせて、目元に皺を寄せて、手を振りながら。
どうしてみんなの前に出てきてくれないの、と言っても彼は笑むだけ。何も言わない。
私が不服そうに頬を脹らませると、少し困ったように微笑んで私の頭を優しくなでる。
そしてまた消えていってしまう。
あの愉快なメロディとともに。
恐怖は感じない。
何も思わなかった。
でも会えない日があると、少しばかり悲しいような気がする。
もらった風船が消えてしまうのも、大切なものを失くしたように悲しい。
ある晩。
夢の中であの道化に出会った。
遊園地の中のメリィゴウランドの前。
賑わい絶えない午後のテーマパーク。
風船片手に立っている。
周りには人がたくさんいたのに、いつの間にか消え去っていて。
私はみんなと一緒にいたのに、独りぼっちになっていた。
彼を見つけて嬉しくなって、走って行った。
しかし、彼は笑っていなかった。
寂しげな表情に、涙のストーンの煌めく目元。
私は不安になった。
彼は私を見て言った。初めて声を聞いた気がした。
「君が、好き」
その時、あのメロディはなかった。
そこで夢から醒めた。
目覚めるといつもの朝。
それからただの一度も、彼と出会うことはなかった。
いつまでたっても道化師には会えなかった。
私は彼に会いたかった。
彼に云わなくちゃ。
「私も好き」って。
ある真夜中だった。
私はベッドに足を抱いて、まだ起きていた。
あの道化が現れた。
月明かりに照らされている。
もう手に風船はなかった。
あの時と同じように、寂しげで物悲しい表情をしている。
私は駆け寄った。
そして云った。
「貴方が、好き」
彼は目を見開いた。
そして静かに私の手を握った。
白い手袋から、温もりを感じた。
胸に何かが刺さった。
鋭く光る短剣。
彼から涙が零れていた
私は息絶えた。
道化は亡骸になった私を抱きしめ
連れ去った。
はじめまして、夏川柚寿です。
道化師は、コンメディア・デッラルテに登場する顔は真っ白で哀愁を漂わせ、
好きな人を殺してしまうことでしか愛情表現できないキャラクターが起源だそうです。
(ウィキペディアより“道化師”)
この道化も同じく、恋をした少女の前に度々現れては風船を渡し、
想いが募り、最後は殺す。
自分で描いていて、少しばかり哀しくなりました。