管狐
ペットを飼うには責任が必要だ。しかしより必要なのは愛情である。
「久しぶりだな友哉。息災でやっているか?」
店の掃除をしていると悪五郎が店に訪ねてきた。
前に来たときと違って、夏の終わりかけなのに何故かアロハシャツに短パンというスタイルだった。おまけにサングラスをかけている。
「久しぶりですね。えーっと、神野さん?」
「心の中では悪五郎と呼んでいるだろうが」
この魔王は心の中を読めるらしい。私は「では悪五郎と呼びます」とわざと強がってみせた。
「意外と豪胆な奴だ。まあいい。今日はお前に贈り物をやろう」
そう言って細い竹筒をマジシャンのステッキのように空中から出現させた。かたかた動いている。何か生き物が入っているのだろうか。
「そのとおり。まあ生き物ではなく妖怪だが」
「心を読むのをやめてください」
悪五郎は返事もせずに竹筒を開けた。始めはなかなか出てこなかったが、しばらくすると細い顔がひょっこりと見えた。
まるでどじょうのように細い狐だった。
「可愛いですね。これはなんという妖怪ですか?」
「管狐だ。それも上物だぞ? なにせこの管狐の親は山々を焼き尽くすほどの妖力を持っていた」
「……いきなり物騒になりましたね。しかしどうして私に?」
悪五郎は胸を張って「可愛い子孫の誕生日だろう?」と当然のように言った。
ふむ。確かに誕生日プレゼントは大人になっても嬉しい。だが――
「私の誕生日はは九月二十五日です」
「今日は九月二十五日だろう?」
「違います。八月の二十五日です」
悪五郎は「ぬう。わしとしたことが間違えてしまったか」と渋い顔をする。
「少しの間、地獄で泰山王と酒を酌み返しておったのよ。それで分からなくなったのか」
「スケールの大きい話ですね」
泰山王とは十王と呼ばれる地獄の裁判官で、死者を裁くという。有名な閻魔大王も十王の一人である。
「しかし何故泰山王と?」
「お前の母、すみれの審判で良い評価を下したお礼だ」
母ははたして極楽にいけるのだろうか? はたまた輪廻転生を繰り返すのだろうか。
「それより管狐はどうだ? 懐いているようだが」
確かに管狐は私に擦り寄っている。なんだか可愛らしい。
「ペットは子供の頃に飼った猫以来です」
「その猫はどうした?」
「年寄りになるまで飼いましたが、晩年はどこかへ行きました。きっと死に場所を探しに行ったのでしょう」
そういえば、三毛猫だから名前はミケだった。安直だが物事はシンプルがいい。
「そうか。それではわしは帰る。そいつは預けるぞ」
「いいですけど、管狐は何を食べるのでしょうか」
「狐と同じものを食べる。主に肉だな。それと好物がある」
好物? なんだろうか?
「人の肉と油揚げだ。精々喰われないようにな」
そのまますっと消えていく。
最後になんてことを言うんだ。
私はとりあえず竹筒を持って台所に向かった。
味噌汁の具材で買った油揚げがあるはずだ。