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妖狐

 大きな選択を迫られたとき、人は大いに迷う。

 だがそれは、人だから迷うのだ。


「あなたは――迷っている」


 差し出した和菓子を口にした妖怪――妖狐ようこは険しい顔で厳しいことを言う。

 図星を突かれた気分だった。胸の内を言い当てられた心地だった。

 だから私は、反論できずに、黙るしかなかったのだ――




 小屋に泊まって翌朝。

 いつもの習慣どおりに早起きして、私は和菓子を作り始めた。

 用意された調理場で、小豆やもち米を蒸かし、餡と餅を作る。

 最近はしぐれとミケが手伝っていた。こうして一人で作るのは久しぶりだった。


「――うん。いいだろう」


 下ごしらえと味の確認が終わった。

 後はどの和菓子を作るかだ。

 和菓子と言っても千差万別だ。その妖怪の好みもある。


 だいたい、妖怪に和菓子を振舞えという八岐大蛇の試練もおかしなものだった。

 妖気を瓢箪に集めるだけで良いのなら、私が知り合った妖怪に頼めば良いのだ。

 人間になったしぐれは無理だとしても、ミケやコン、満天沼の河童など、協力してくれる妖怪はたくさん居る。


 これも悪五郎が私の先祖だったから――うん? 待てよ?

 もしも私が神野の血を引いていなかったら、どうなっていたんだ?

 しぐれとは会えなかったのか?


 普通の人間として、日常生活を過ごしていれば、妖怪に遭遇しない。

 現に、母が死ぬ前は妖怪と会わなかったではないか。

 だとしたら、私は一体何をしているのだろうか。


 別に妖怪と会うのが嫌なわけではない。中には悪い妖怪も居るし怖い妖怪も居る。

 だがそれは人間にも同じこと言えるのではないか?

 種族が違うだけで、善悪があるのは変わらない。


 もちろん、人と妖怪が交わるのは難しい。寿命や特性が違うのだから。

 もしも妖怪大翁がしぐれを人間にしてくれなかったら、一緒には暮らせなかっただろう。愛していることに変わりはないが、雨の日にしか会えないのはつらい。


 今度はマイナスなことを考えてみよう。


 神野の血を引いてつらかったのは、地獄巡りだった。

 罪人が刑罰に苛まれているところを見るのは、本当に悲しかった。

 自分が受けているわけではないのに、苦しくて仕方なかった。


 運良く地獄巡りを達成できたが、私の子供や孫は乗り越えることができるのだろうか?

 できると信じたい――でも、地獄巡りなどやらないほうがいい。

 あんな目に遭わせるのなら、神野の血を受け継がせたくない。


 そこまで考えたとき、私はどうしていいのか分からなくなった。

 妖怪との交友を楽しんだ思い出と地獄巡りでの悲惨な経験。

 どちらを重んじれば良いのか、まったく分からなかったのだ。


「柳さん。お客さんですよ」


 雪女が調理場の外から声をかけてきた。

 私は「お客さんですか?」と多少上ずった声で答える。


「ええ、妖狐です。それも力を持った。瓢箪に妖気を満たしてくれますよ」

「分かりました。少し待ってください」


 私は手を洗って、調理場を出て、雪女の案内で奥の間に通された。

 そこには正座をしている妖狐が居た。


 狐の妖怪だが、姿形は男性だった。変化しているのだろう。

 精悍な顔立ち。歌舞伎役者のようだ。短髪で三白眼。着流しを着ている四十代前半の男。

 正面に座ると、妖狐は軽く頭を下げた。


「お初にお目にかかります」

「ええ。柳友哉です。よろしくお願いします」

「玉藻前様から話は伺っております。管狐を大切に扱ってくださると」


 私は「コン――管狐は大切な家族ですから」と言う。

 妖狐はにっこりと微笑んだ。


「そう言ってくださる人で良かった。それではさっそく、和菓子をいただきましょうか」

「お好きなものはなんですか? 作れるものなら作れますよ」

「それでは、練り切りをお願いします」


 練り切りとは白あん、練り切りあんを用いた和菓子である。

 ちょうど今、餡が出来上がったところだったので、時間がかかるが作ることができる。


「分かりました。少々時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」

「ええ。その間、雪女さんとお喋りしていますから」


 私は頭を下げて「しばしお待ちください」と部屋から出た。

 調理場に戻ると、さっそく練り切りを作り始める。

 練り切りは味だけではなく、見た目も同じくらい重要だ。


 冬の季節で狐の妖怪なので、私は雪兎を模した練り切りを作った。

 ここまでで四十分かかってしまった。


 私がお茶と一緒に練り切りを持っていく。

 和室なので「お待たせしました」と声をかけた。

 ふすまが開いて中に入り、妖狐にそれらを差し出した。


「ほう。素晴らしい見た目ですね。これは期待できそうだ」


 妖狐は皿に添えられた竹楊枝を手に取って、少し切って口に入れる。

 咀嚼して味わうと、手を膝に置いて、彼は言った。


「味に、迷いがありますね――」

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