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ぬらりひょん

 面白がって悪事を働く者も居る。しかし良い結果をもたらすこともある。


 二月一日まで、私は思い残すことのないように過ごした。

 友人に会ったり、大学の教授に会ったり、両親の墓参りに行ったりした。

 何度か会いに来てくれた雨女ともお喋りを楽しんだ。


「店主。何かお悩みあるのですか?」


 ようやく仲直りができた管狐のコンの毛繕いしつつ、私は首を横に振って「全然ありませんよ」と答えた。雨女には地獄巡りの日にちを話していなかった。


「どうしてそう思いましたか?」

「和菓子の味に、ブレを感じまして」

「ああ、それはすみません」

「謝ることでは……店主に悩みが無ければ、それで良いのですが」


 半年以上の付き合いだから、そうした小さな機微にも気づかれてしまう。

 私は雨女に「心配要りませんよ」と笑顔で応じた。

 しかし、滅多に笑わない私が笑顔になったので、雨女は不審に思ったらしい。


「私にできることがあれば、何でもおっしゃってください」


 雨女は私の手を両手で包み込んで握る。

 コンも私の首に巻きついて擦り寄ってくる。


「どうしたんですか? 私はどこにも行きませんよ」

「……嘘ではありませんね?」

「ええ。約束しますよ」


 これは嘘だった。雨女も承知しているように、私は妖怪になるか魔王になるかの二つの道しかない。今の柳友哉という人間は居なくなってしまう。

 全て分かって地獄巡りに挑むのだ。結果として私が居なくなるとしても、挑まなければならない。


 できるのなら逃れたい。でも……どこか逃げてはいけないとも思う。

 私に流れる神野の血がそう思わせるのかもしれない。

 因縁か宿命か分からない。だけど私は――




 二月一日の当日。

 天気は快晴。

 私の店にその妖怪は訪れた。


「おぬしが柳友哉だな。また歳若いというのに。哀れなものだな」


 つるっと禿げた頭部。しかし腰は一切曲がっていない。重鎮の長老のような風貌。皺だらけの顔。耳がぴんと尖っている。紺色の和服。木の杖を携えている。

 私は「あなたが私を連れていく妖怪ですか?」と訊ねた。覚悟はしていたが声が震えてしまったのは否めない。


「ああ。わしはぬらりひょんだ。知っているだろう?」


 勝手に人の家へ上がりこんで、我が物顔で飯を食べたりする妖怪。

 ぬらりひょんとはつかみどころがないという意味らしい。

 一説によると妖怪の総大将と呼ばれているが……


「もちろん知っている。あなたは創作では大物とされているが……」

「まあな。神野と同等の力を持っている。そうでなければ人間を地獄に連れて行けんよ」

「そうですか……悪五郎とあなたはどういう関係ですか?」


 私の問いにぬらりひょんは「妖怪の世界は狭い」と語り出す。


「あれだけ、強大な力を持つ魔王と関わりを持たんのは難しい」

「……そういうものですか?」

「人間の世界……政界でも同じことが言えるだろう? それより準備はできているか?」


 私は頷いた。準備と言っても何を用意すれば良いのか分からなかったので、リュックに食べ物――煎餅やドラ焼きのような軽いものだ――を入れた。他にも懐中電灯やら災害時に使えるものも入っている。


 ぬらりひょんは「そいつも連れていくか?」とコンを指差す。

 コンは私の傍を離れようとせず、くっついていた。


「連れて行っても良いのですか?」

「別に決まりはない。人間で無ければ、連れて行っても構わん」


 ぬらりひょんの言葉に甘えて、コンを連れて行くことにした。

 実は雨女に手紙を残して世話を頼もうと思ったのだが、コンが居てくれたら心強い。


 私はリュックを背負った。店は何日空けても構わないようにと仕度は済んでいた。

 ぬらりひょんに「私はいつでもいいですよ」と告げた。


「もう良いのか? 思い残すことはないのか?」

「ええ。何もありません」

「……本当か? 大事な女に言い残すことはないのか?」


 私の頭に雨女の顔が浮かんだ。

 しかし彼女に言えることなど――


「雨女さんに、一つだけ伝えてください」

「なんだ?」

「嘘ついてごめんなさい。あなたと話した日々、とても楽しかったです」


 ぬらりひょんは渋い顔をして、それから「直接本人に言うんだな」と言う。

 その言葉の意味を知る前に、店の扉が開いた。

 そこには、苦しげに胸を押さえている、雨女が居た。


「――雨女さん!」


 私は急いで雨女の傍に寄る。

 彼女は私が近づく前に、その場に倒れてしまった。

 急いで抱き起こす。


「どうして! なんでここに!?」

「ふ、ふふ……来てしまいました……あなたに会いに……」


 雨の日以外に来たら、こんなに弱まるのか……!

 酷く衰弱している彼女は、私に「酷いお方ですね」と笑いかける。


「あなたが居なくなったら、淋しいじゃないですか」

「…………」

「私も地獄巡り、参加しますよ」


 おそらく私は悲壮に満ちた表情をしていたのだろう。

 そんな私に雨女は手を頬に添えた。


「大丈夫。地獄に行けば、元気になりますから……」

「雨女さん……」


 背後のぬらりひょんは「なかなか面白いものを見た」と拍手しながら近づく。


「知らせた甲斐があったな。雨が降らんと現れない雨女が、晴れの日に愛しい男の前に来る。感動的だ」

「あなたが知らせたんですか!?」

「連れて行ってやれ。雨女が居れば、地獄巡りも楽になれるだろうよ」


 抗議しようと私が口を開く前に、ぬらりひょんは「それでは参ろう」と気楽に言った。


「何、落下するが死んだりしない。遊園地の遊具と同じだ」

「あなたは――」

「それでは地獄に行こう」


 ぬらりひょんは高笑いしながら、杖で地面を叩き、地獄の入り口を開いた。

 私の足元に大きな穴が生まれて――落下する。


「うわあああああああああああ!?」


 雨女を抱き締めながら、私は地獄へと落ちていった――

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