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集結

 警視庁地下駐車場で待機していた擬装バンはオペレーションチームからの連絡を受け移動を開始。目的地は警視庁本部庁舎を上から見て北。東京国立近代美術館の裏手に建つ、警視庁第1機動隊の隊舎を目指した。

 半蔵門の方から皇居に沿って進み、麹町署派出所がある交差点を右折後、代官町通りを走り抜けた先にある竹橋の手前で左折。国立近代美術館横の狭い通りを進んだ先に第1機動隊の隊舎はあった。出動服を着た隊員数名に誘導され科学技術館側の建物へ移動し、1階部分が車両庫になっている所に駐車。まず1人だけがバンから降りた。

 その1人に近付いた機動隊員は思わず足を止める。同時に脳が目の前の情報をどう処理していいか分からなくなった。

 何しろバンから降り立ったのは、SAT隊員と全く同じ格好をしていた人間だったからである。

「……別の班ですか?」

「いえ、陸自の者です。これはお借りしているだけです」

「あ、はぁ……ご案内します」

 既に先着している警視庁と千葉県警のSAT、そしてSIT及びARTの指揮官が集まっている所へ案内した。自分たちと同じ装備の人間が現れた事で彼らも不穏な空気になる。

「習志野から参りました露無つゆなしです。所属は空挺とだけ申しておきます。顔は見せられませんのでご了承下さい」

 露無と名乗った男はバラクラバだが警察側は全員素顔だ。ここには関係者しか居ないから気にしなくてもいい。しかし目の前に居るこの男。顔が見せられないと言った上に加え階級も言わなかった。これでは指揮系統に問題が起きかねない。どう扱えばいいのか分からない事になる。

「警視庁SAT、古代です。階級は警視になります」

「千葉県警SATの早藤です。階級は同じく警視」

「警視庁特殊犯の中条警部です」

「ART、水上警部であります」

 ある種の同調圧力が1人の男に向けられる。こっちは階級まで言ったんだ。所属を明らかに出来なくてもそれぐらいなら言えるだろうと、4人の視線が露無を貫く。

 最低限なら情報を与えても機密に触れないと判断したのか、露無は4人の顔を暫く凝視してから喋り始めた。

「……1個小隊を臨時に預かりました。自分の階級は1尉です。重ね重ね申し訳ありませんが、こちらは警察の指揮系統には加わりません。皆様に花を持たせるための役割に徹します」

 花を持たせる? 中身が見えて来ない発言だ。しかも警察の指揮系統には加わらないと来たもんだ。

「我々も上の動きを全て知っている訳ではありません。どういう作戦になっているかご存知ですか」

 古代たちも深川の車両基地からとにかくここへ移動しろとしか命令されていない。そこで詳しい話を聞く事にはなっていたが、上からその内容については下りて来ていなかった。

 もしかすると陸自の連中が協力に来るとの件も本気で考えていた訳ではない。色々と制約が多いのは事実だ。

 加え、誰が話をしてくれるのかも聞かされないままである。まさかこの男か?

「例の替え玉作戦の件については警察の主導でお願い致します。こちらでも思い付かなかった内容で驚いていますが、お陰でやり易くなりました」

 露無はアサルトベストの胸ポケットから1枚の紙を取り出した。近くにあった長机を引き寄せてそこに紙を置く。そして4人を近付かせて説明を始めた。

 紙は手描きをコピーした物らしい。電車とホームらしき絵が描き込まれていた。

「替え玉作戦実施の際、各車両に居る犯行グループの立ち位置を確認して下さい。これが最も重要なポイントになります。制圧作戦を実行する駅は中野か西船橋のどちらかで選定していますがまだ本決定になっていません。決まった駅へ260号車が入場すると、隣の線路にこちらが乗り込む停車状態の総武線車両があります。これは別路線に退避していた車両を移動させる途中でブレーキに異常が発生したので一時的に停めていると言う事になっています。事前に判明した犯行グループの立ち位置で待機し、何らかの合図をゴーサインとして我々が総武線車両から犯行グループを射殺ないし行動不能にします。皆さんはそれと同時に向かいのホームに停まっている東西線車両。こちらは地下の車両庫にあったのを退避させる途中と言う設定ですが、我々の発砲に合わせそこから当該車両に突入して頂きます。上手くいけば替え玉の方々が取り押さえている筈ですが油断はしないで下さい。主犯格以外は原則射殺の許可が出ていますがそちらの上は内心、出来るだけ捕まえたいらしいので我々も可能な限り手首や肩を狙います。ですが突入時に死体が転がっていた場合はそのつもりでお願いします」

 4人はその説明を頭の中でかみ砕くのに時間が掛かった。恐らく、本来であれば自分たちが任されたであろう役割だ。

 それを奪っておいてこちらに花を持たせる。後から出て来て虫が良すぎる話ではないか。

「この作戦は、決定事項ですか」

「上からはそう聞いています」

 中条は不満げな表情を隠さずに露無へ問い質した。しかし"あんたの感情なんて知らん"とでも体現する声色で受け答えされてしまう。この男に心理戦の類は効果が薄いらしい。

「皆様が所持する火器の威力を考慮した結果、こちらが最も負担の大きい部分をカバーする事になったようです。如何に狙撃班の方々が優秀でも障害物の多い場所である程度の距離から正確に狙い撃つのは至難の業です。それは我々も同様ですが、至近距離からとなれば話は別でしょう。本来であれば簡単に御見せ出来る代物ではありませんが、こちらを信頼して頂くための情報提供として御覧下さい」

 バンからもう1人、SAT隊員の風貌をした男がジュラルミンケースを持ち出して来た。それを長テーブルの上に置いてケースを開け放つ。中には1丁のライフルが鎮座していた。

「…………M4、じゃないな」

 早藤が自身の記憶から似た形状の銃を絞り込んだ末に、そう呟いた。確かにこれはM4ではない。

「元はM4だった銃です。正確にはHK417と言います。これは一番短いモデルです」

「確か……30口径の」

「正解です。よくご存知ですね、古代警視」

 狭い業界でこういうものの情報はすぐに出回る。古代自身もその手の銃器に関する情報は収集していたが、生で実物を見るのは初めてだった。

「評価試験用の名目で購入していますが中々に高価でして、少しずつ数を増やして取りあえず約1個小隊に配備出来るぐらいにはなりました。残念ながらこれでの実戦経験はありませんが、習志野の方で実験した結果は問題ないものでした。我々はこれでガラス越しに犯行グループを制圧します」

「ちょっと待って下さい。そちらが犯行グループを全員射殺してしまえばお終いじゃないんですか」

 水上は喉奥にあった疑問を口にした。花を持たせるとは言えそこまでされたら実質的に警察は何の利益も得られない。お株を奪われた上に譲って貰った実績など欲しくはなかった。誰しも安易な気持ちでこの場に臨んでいる訳ではない。相応の覚悟があるからこそ今ここに居るのだ。

「本件はあくまで警察が制圧したものとして終わる事が骨子とされています。ですから我々も見た目を同じくするために装備をお借りしているのです。この事を知らない誰が見ても、警察以外は関与していない証拠となります。まかり間違っても皆さんの口から情報が流失しないとこちらが信じた上での行動です。でなければ我々が引っ張り出される事もないでしょう」

 どうやら主導権は握られてしまっているらしい。だから警察に花を持たせるなんて事が言える訳だ。ここに居る指揮官の4人はそう解釈した。

「……ではお手並みを拝見します」

「こちらも同様です」

 しかしSATとしては譲れない部分があるのも心情である。只でさえ情報の下りて来ない連中だ。任務が多岐に渡る以上、閉所での制圧行動に特化した自分たちの方がある程度はその分野の技術も経験も備わっていると思いたい。

 言い換えれば一種の強がりだった。相手の技量が分からない以上は多くを口に出来ない。今の自分たちにはこれが限界である。

「笑われないようにします。人質救出や室内戦は皆様の方が先駆者ですから」

 露無の口から出る言葉が本心から出たものかどうか、4人に判断出来る事ではなかった。だが一応はこれで意思の疎通が行われたと考えていい。あとは細部を詰めていくだけだ。


 上記の実働となる部隊が動き出した事で、支援要員として警視庁ERTが1個小隊編成されていた。作戦が行われる駅に先行して作戦支援の態勢を整える。各駅は最も至近のマル機が等間隔に展開して沿線を中心に3キロ圏内を無人化済みだった。

 協力の要請を受けた東京消防庁は臨時に第4出場レベルの対応を実施。各駅に消防車と救急車を待機させて万一に備える。駅ではなく沿線の何所かで爆発した場合も想定し大小の病院へ病床の確保と急患の受け入れに備える旨を通達。中野から西船橋における緊張感はピークに達し、物々しさで満ちていた。


 これによって多くの店舗が営業中止を余儀なくされ、ビルテナントの企業や線路沿いに居を構える様々な会社も事態収束まで仕事が出来ない状態になっていた。当然だが住民たちも避難を強いられ近場の避難所へ身を寄せている。各経済的な損失の補填を誰がどうするのか。政府に聞いても答えが返って来るとは思えない。


 同時刻。帝京地下鉄本社に居た三嶋は替え玉となる総勢18名の顔写真から、会議室に詰めている経営陣を見比べて誰に誰の偽物をさせるか選んでいた。10両編成に対して2名ずつ乗り込むのは2両目から9両目。金本が居る1両目は三嶋ともう1人。最後尾の車両はたった1人となる。

 三嶋の案では自分が取締役社長を手土産に先頭車両へ乗る事である種の忠誠心をアピール。金本に信じさせるための滑稽な演技をするつもりでいた。偽の写真を入れた新品の警察手帳はその小道具でもあった。

 最後尾車両へたった1人で乗り込むのは警察学校の格闘指導教官を務める人間で、定年まで残り僅かにも関わらず今回の要請に応えてくれた人物だった。1人でも十分と自ら言い出したらしい。

「…………この教官の方、凄い経歴ですね」

 任官からこれまでのキャリア一覧を見ていた三嶋は感心しつつそう漏らした。すると、小松が何かを懐かしむような表情で喋り出す。

「柔道の特待生でスポーツ推薦持ち。私立高校はよく聞くが公立高校だと珍しいな。任官後もその手の方面だけで異動して最終的に今のポジションに落ち着いたようだ。見た目は穏やかな感じで一切の空気感を出さないプロだぞ」

「会った事が?」

「1回だけな。警備部に居た頃の話だ」

 小松の経歴は三嶋も大して把握していないが、警備部の勤務が長かったらしい事は飲み会などで耳に挟んでいた。だがこんな所で繋がりがあるとは普通思わないだろう。

「外部の講師もしていたようだから話し方が凄い丁寧だったな。ただ説明された通りにやっても同じようにはならなかった。その頃で既に4つか5つの武術を修めていたから、俺なんかが太刀打ち出来る存在じゃない。今の方が昔より強い可能性もあるな」

「そんな人が死んでしまったらこちらにとって大きな損失じゃないですか」

「おい、お前もそうなっちまうかも知れないんだぞ。自分を安い命だなんて思うな」

「……すいません」

 死に急いでいる訳ではない。ただ何となく、自分の半分ふざけたような提案がとんとん拍子に進んで、警視庁の大勢を巻き込み、それだけに留まらず犯行グループ制圧のため陸自が裏で行動を起こし始めたとまで聞いて、何所か現実感を失っている節があった。

「それより選定を急げ。もうあまり時間はないぞ」

「分かってます」

 意識を目の前に集中させて考える。ふと、経営陣の中に60代後半ぐらいの男性が居る事を思い出した。1度しか聞いていないが相談役をしていると言った気がする。男性の雰囲気と件の教官の顔写真から、相談役の替え玉をして貰うにはピッタリに思えた。まず1人はこれでいい。

 続いて、自分と共に金本が居る先頭車両へ乗り込む人間を決める。金本を信じさせるに足るべき役職を持った人間。となれば、やはり取締役社長だろうか。

 替え玉の写真一覧を見つめる。1人、良さそうな人物を見つけた。麻布署の生安課長だ。本当の社長こと太田と顔付きが似ている。太田本人は気弱そうなイメージがあるも替え玉の経歴は中々の猛者。組対になる前のマル暴に長く勤めていたようだ。抗争事件にもかなりの回数で携わっている。自分と一緒に乗り込む1人はこれで決定だ。

 あと16人。深く考えている余裕はないが、可能な限りイメージが似ている人物を合わせていこう。

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