4.と在る辺境伯令嬢の場合
とうとう来てしまった。
元辺境伯令嬢 ユーリア・グランテは、厳しいと有名なセントリア修道院の前に立っている。
目の前の建物は、石造りの頑健な造りで、まるで砦の様に大きい。
その門の前に、一人。
一応、呼び鈴を鳴らしたが、まだ誰も出てこない。
彼女は、つい一週間前に、通っていた学校の卒業パーティで、公爵子息や侯爵子息、あっちこっちの男子生徒に粉をかけていたことが親にバレ、罰として修道院送りになったのだ。
(ちぇー……。運が悪い。親が遠くにいるから、バレないと思ったのに……。)
ユーリアは、転生令嬢だった。
前世は日本という国でOLをしていたのだが、あっちで男をつまみ、こっちで不倫をし、何度も修羅場を経験している間に嫁き遅れ、最終的にお局様になって、社長の愛人になったものの誰かに刺されて亡くなった。
今世は上手くやろうと、学校に入った段階で、一番見目がよく金回りの良い公爵子息にターゲットを絞り、迫ったが惨敗。
そこから、あっちこっちに手を出して………結局、前世と同じく嫁き遅れになりそうだった。
彼女の不幸は、前世の記憶を10歳で思い出したのはいいが、役立つスキルも知識も持ち合わせていなかった事。
前世は、合コンとデートに忙しく、乙女ゲームも小説も、サブカルチャーも触れて来なかった。
その為、実は自分がヒロインである事を知らず、イベントも選択肢も間違えていたので、誰も攻略できなかった事を彼女は知らない。
「………ミス・グランテですか?……ミス・グランテ?」
ユーリアはハッと顔をあげた。
いつの間にか、修道院の門が開き、目の前に不思議そうな顔をしたシスターが立っている。
「あ、すみません。私、ユーリア・グランテと申します。」
「知らせは来ています。ミス・グランテ。ようこそ、セントリア修道院へ。」
まだ20代と思われるシスターが、ユーリアを招き入れた。
ーーーーーーーーーーーーー
陽のあたる、明るい部屋でユーリアは、シスター・セレスから、このセントリア修道院について説明を受ける。
「我がセントリア修道院は、創立500年を越える由緒のある修道院です。修行は厳しいですが、貴方なら、頑張ればきっと素晴らしい修道女になれると、私は信じています。」
シスター・セレスは柔らかい笑顔で、人あたりの良さそうな50代位の女性だった。
この修道院には約100名程のシスターや見習いが在席していて、シスター・セレスはその取りまとめをしている。
「はぁ。」
「貴方と同年代の方も居られますから、仲良くしてくれるでしょう。」
同年代の修道女見習い。
ユーリアの頭には、地味目で陰気な雰囲気の女性像が浮かぶ。
(……はぁ。気が滅入りそうだわ。)
ユーリアはこっそり、ため息をついた。
「さて。」
シスター・セレスは立ち上がる。
「身体測定をしましょう。」
「?」
聞けば、この修道院では一人一人に合わせた衣装を作るらしい。
「贅沢に思われるかもしれませんが、余分を作って置く余裕が無いのです。」
そう言われれば、そういうものか。
ユーリアは深く考える性格ではない。
身体測定が終わると、ユーリアは修道院の中を案内される。
まず大聖堂。
数百人が入れそうな、広い大聖堂だ。
壮麗なステンドグラスが眩しい。
大きなパイプオルガンもある。
特筆すべきは、その祭場だった。
司祭だけでなく、数十人が上がれそうな、「舞台」
立派なヒノキ舞台が出来ていた。
「我がセントリア修道院には、シスターによる聖歌隊活動が盛んなのです。」
ニコニコしながら、シスター・セレスは言う。
「貴方も参加されますよね?」
「え?ええ。皆さんが参加されるのなら、私も参加します。」
聞けば、同年代は皆、参加しているらしい。
ユーリアは、歌は自信がないが、幼い頃、少しだけピアノを弾いていたし、ダンスも舞踏会でよく踊っていたから、音感には自信がある。
「毎回、ミサで聖歌隊が歌うのですが、聖歌隊目当てで遠くからいらっしゃる方もいるくらいで………。」
セントリア修道院の聖歌隊は有名のようだ。
ユーリアは知らなかったが。
憂鬱な修道院生活が、少し明るく見えた。
「さぁ、次の場所へ。」
食堂や調理室、回廊、居室、図書室、風呂、洗濯室等をどんどん歩いていく。
ユーリアは、不思議に思った。
(百人位居るっていうのに、すれ違う人が居ない………?)
不気味である。
広い教会であるが、最初にユーリアを招き入れた修道女とシスター・セレス以外に修道女を見ていない。
ユーリアは怖くなった。
実は、明日になったら此処は荒野でした、なんてことにならないだろうか?
目の前のシスター・セレスは幽霊で、私は幻影を見ているのでは?
「あ、あの………!」
「次が最後ですよ。きっと驚かれると思いますわ。」
シスター・セレスはそう言うと微笑んで、先をどんどん歩いていく。
ユーリアは付いていくしかなかった。
シスター・セレスは修道院から、少し離れた新しい建物に向かう。
そこはなんだか体育館のようだ。
建物が近くなると、なんだか喧騒が聞こえてくる。
「…………ワンツー、ワンツー!はい、そこでターン!」
扉を開けて、ユーリアは目を丸くする。
そこでは、数十名の美しい若い女性が、歌を歌いながら踊り、稽古に励んでいた。
その周りで少し年上の女性達が指導したりしている。
「レーナ!ワンテンポ遅れてる!」
「はい!すみません!」
「シシリー、もう少し前に出て!アビーはもう少し後ろ!被らないよう気をつけて!」
「あ!衣装が破けちゃったぁ。」
女性達は次々とフォーメーションを変えながら、踊り、歌う。
まるで、それは………
(アイドルグループ………え、A○B48か?)
シスター・セレスは嬉しそうに胸を張る。
「どう?凄いでしょ?此処が、我がセントリア修道院の聖歌隊のレッスン場です!」
ユーリアの口は開いたまま、塞がらなかった。
ーーーーーーーーーーーーー
十数年前まで、セントリア修道院には三十名程のシスターしかおらず、聖歌隊も5名程だった。
新たにシスターを志す者は少なく、ミサに出る人も大体年配者で固定され、楚々と日々を生活してきた。
しかしある日、時の皇太子が婚約破棄をした事から転機が訪れる。
元婚約者の令嬢が「瑕疵がある為、嫁に行けない」とセントリア修道院に入ってきたのだ。
更に元婚約者の取り巻き令嬢達も、婚約破棄され修道院に入ってくる事になった。
すると次の年も、また次の年も、婚約破棄されたり、それに関するゴタゴタを起こした女性がセントリア修道院に入って来る。
国中で婚約破棄のブームが起きたのである。
一方、教会運営側は慌てた。
後継者が出来たが、食い扶持が急に増えたのだ。
寄付やお布施で、ギリギリでやってきたのに。
教会の上層部は、知恵を絞った。
しかし令嬢の親に寄付を募る以外、案は浮かばなかった。
そこへ一人の僧侶が現れる。
アッキーモ師である。
「若いシスターの………聖歌隊なんて、どう?」
それからアッキーモ師は聖歌隊の新曲を作り、劇場からダンスの先生を呼んできた。
初期は十名。
アッキーモ師は、ミサのたび、聖歌隊として一曲、踊らせた。
最初は非難もあった。
一人も見ていない時もあった。
修行は厳しく、挫けそうになった。
それでも諦めず、二回三回と続けていくうち、楽しみにしてくれる者が増えてくる。
彼女達は、若く、美しかったから。
聖歌隊の人数は着々と増え、観客も着々と増え………。
いつの間にか、ファンが出来るくらいになっていた。
今は、一人一人の肖像画、名前を刺繍したハンカチーフがミサの度に飛ぶように売れる。
聖歌隊のセンターを投票で決めたり(勿論、投票券を買って投票)
年に数回、握手会がある。(勿論、握手券を………。)
最近は、王都の大聖堂で大々的なミサ《コンサート》を行い、ダフ屋まで出る始末。
聖歌隊で何年もセンターを取っているシスターは、聖女デビューをし、一人で聖歌を歌う。
大聖女になると、国内の教会に像が作られる。
最終的にシスターはそれを、目指すのだ。
聖女になれない者は、裏方に回ったり、役者になったり、………第二、第三の人生を謳歌しているらしい。
踊っていた一人が、突然、倒れた。
足が痙ったようだ。
「シスター・サリー!」
「………うう、もう駄目。私、踊れない!」
涙ながらにシスター・サリーは言う。
それをたすけ起こしたシスター・ミリアムは
「サリーの馬鹿っ!」
「!」
怒鳴ったミリアムも涙を流している。
「……二人で誓ったじゃない!二人で立派な偶像になるって!」
「……ごめんなさい。…頑張るわ、私!」
二人は手を握りあい、どこかの方角を見上げる。
「頑張りましょう!明日に向かって!!」
それを見たユーリアは思った。
(なんの茶番だ?!)
お読みいただき、ありがとうございます。