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46話


「将軍、もう間もなくです」

 モスト大尉に声をかけられてロンメルが目を覚ますと、もう既にスモレンスク郊外にいた。

 進行方向を睨むとそこには駐屯地が築かれており、複数の木造営舎が並んでいた。

「東部戦線は資材が潤沢だな」

 ロンメルはそう声を漏らした。

 アフリカでは一時的な駐屯地に木材をこれほど大量に使うことなどできなかった。

「私は凄まじいところに来たのかもしれないな」

 アフリカではお互いに資材が少なく、試行錯誤してだましだましやっていた。

 だが、この東部戦線は資材を互いに溶かしあうチキンレースがされている。

「不気味だな」

 前線から数百km離れたこのスモレンスクでも東部戦線独特の雰囲気が流れていた。

「さっさと終わらせたいものです」

 モスト大尉はそう言って笑った。

 暫くすると、前方から15両ほどの戦車がこちらに近づいてくるのが見えた。

「おや、中隊だな」

 ロンメル将軍はそう言うと身を乗り出して双眼鏡でその戦車部隊を見つめた。

 その部隊はまるで儀仗部隊かのように洗練されている。

「おや、1個小隊こちらに向かってくるようだ」

 ロンメルはそう言うと双眼鏡をモスト大尉に手渡した。

「出迎え、ですかね?」

 彼の言葉にロンメルは「番犬か!」と語尾を躍らせた。

 一度手渡した双眼鏡を再度ひったくるとその戦車を一両一両にらんだ。

 こちらに向かってくる5両のうち、先頭の車両から一人出てきた。

 それは銀色の長い髪を流した女性将校だった。

「番犬だ」

 ロンメルはそう呟いた。

 彼の一言でピリリとした緊張感がその場を支配した。

「我々が今日来ると知っていたらしい。彼女なりの出迎えということか」

 ロンメルはそう呟くと笑みを浮かべた。

 近づく5両の戦車は明後日の方向に砲口を向けると空砲を放った。



「失礼、ロンメル大将閣下で間違いありませんか」

 私はロンメル将軍と思われるハーフトラックの横に付けるとそう尋ねた。

「あぁ、私がロンメルだ。リューイ大佐か?」

 ロンメルがそう答えた。

 周りのものよりも一段と外套を着込んでいた。

「アフリカに比べると寒いでしょう」

 私はそう言って笑みを浮かべると戦車の中から毛布を投げ渡した。

「おぉ。ありがたい」

 ロンメルはそう言って笑みを浮かべた。

 偶然を装っていはいるが、事前に様々な仕込みをしている。

 例えば、1個中隊連れてきたのも、訓練を装って部隊の練度を知らしめるためだ。

 毛布だって事前にエンジンの近くにおいておき、温めておいた。

「せっかくですし、護衛いたしましょう」

 私はそう言って右手を上げて、集合の合図を出した。

「無線機は使わないのかね?」

 ロンメルはそう言って私に尋ねてきた。

 私の首元にはインカムが装備されている。

 ドイツ軍が標準装備しているということで我が旅団も導入したのだが、今は使用していない。

「無線封鎖訓練も兼ねておりますので」

 私はそう言って答えた。

「なるほど、優秀なのだな」

 意味はないがな、ロンメルはそう言いかけた。

 中隊や小隊単位で無線封鎖したところでそれほどの効果はない。

「あら、ご不満のようですね」

 後方に下がったのが7月初め、いまが9月の末。

 2ヶ月かけた訓練により得た一つであったが、どうやらロンメルは不満げなようだ。

「率直に、あまり意味を感じない」

「ジャミング対策ですよ」

「中隊間で使う短波信号にジャミングなんかかけられるのか?」

 意外と、専門外のことにも強いようだ。

「我々が対応する相手は何をしてくるかはわかりませんので」

 私の言葉を聞いてロンメルは「ふむ」と興味を示した。

 トゥハチェンスキならジャミング専門の車両を用意する程度のことはしかねない。

 その時、何も対策していないとマズイことになる。

「どうも私たちは精鋭部隊に粘着されているようでして」

 私の言葉を聞いたロンメルは「件の部隊か」と応じた。

「戦うのが楽しみだな」

 ロンメルはそういって口角を吊り上げた。


 駐屯地にたどり着いたロンメルは呆然としていた。

 整然と積み上げられた補給品、整った屋舎。

 さらに訓練している歩兵部隊は500mもの狙撃を連続して成功させている。

「これは、選抜部隊か?」

 射撃訓練をする歩兵小隊を指さしてロンメルが尋ねたが、私は笑顔で「いいえ。通常の部隊です」と微笑んだ。

 さらに、駐屯地内には室内戦闘訓練に使う設備なども整備されていた。

「これは……ひとつの歩兵学校だな」

 その様子を見てロンメルは溜息を吐いた。

「えぇ、私たちが去ったあとは補充兵がここで1週間訓練を行う予定です」 

「大佐はこの戦争が長期戦になると?」

 私の言葉を聞いたロンメルはそう尋ねてきた。

 彼の問いに私は自信をもって答えた。

「あのナポレオンですら落とせなかったロシアが首都が落ちた程度で屈服するとは思えません」

 その言葉を聞いてロンメルは満足げな笑みを浮かべた。

「君は素晴らしい。ヒトラー閣下がお気に召すのもうなずける」

「恐悦です」

 私はそう言って頭を垂れた。

 史実ではモスクワ攻防戦に失敗したことが独ソ戦の敗因のように書かれる時があるが、アレは誤りだと私は思っている。

 こんな絶滅戦争、首都が落ちただけで降伏するとも思えない。

 おそらく、第2、第3の首都に移っていくだろう。

「だが今は、目の前のことに集中するとしよう」

 ロンメルはそういって表情を引き締めた。

「御意」

 私はそう答えていた。



 1941年10月。

 第2段階攻勢を成功させたドイツ軍はキエフを占領。

 結果60万以上の捕虜を取り、ソ連軍は大幅に弱体化すると思われた。

 ヒトラー総統は意気揚々と第3段階、タイフーン作戦の発動を命令。

 ソ連にとどめを刺すべく駒を進めた。



「ミハウェル、もう大丈夫そう?」

 9月の中頃、ミハウェル・トゥハチェンスキ中佐は戦線に復帰した。

 それと同時に大隊長代理となっていたエレーナと交代すると大隊長へと舞い戻った。

「あぁ、それにしても復帰戦がこれだとは」

 トゥハチェンスキはそう言って上空を見上げた。

 上空には敵の航空機が跋扈している。

 そんな中で彼らに課せられた任務はモスクワへと進撃する敵部隊の足止め。

「敵戦車部隊接近!」

 前線からの報告にトゥハチェンスキは大きく息を吸い込むと雄たけびを上げた。

「第1戦車大隊! 戦闘用意! 遅滞戦闘に努めるぞ!」

 トゥハチェンスキの声に配下の兵たちが「応」と応じた。



 補給不足により進軍速度を落としたドイツ軍ではあったが、それでも順調に進軍を続けた。

 しかし、10月の7日。

 冬が到来した。舗装されていない土道が泥となり、さらに進軍速度が遅くなった。

 ソ連軍は局所的な反撃に転じ、一部ではドイツ軍をはじき返すことに成功した。

 しかしながら、ドイツ軍の猛烈な反撃によりソ連軍の前線はジリジリと後退した。

 この遅滞戦闘によりソ連軍はモスクワ西方地域を失陥したが、モスクワの防衛を整えることに成功した。

 10月の末、ドイツ軍は一旦攻勢を停止し、両者にらみ合いの状況が続くかに思われた。


 しかし11月。

 天候が回復し降雪は止み、気温が低下した。

 これにより泥となっていた道が凍結しドイツ軍の進撃速度は再度回復することになる。

 とはいっても一般的なドイツ軍は冬季戦の用意がなされておらず、まともな機動ができなかった。


 そう、一般的な部隊は。



「今だ」

 泥道、凍結す。 その報告を聞いたヒトラーはそう呟いた。


「来るぞ」

 雪が降り止んだことを確認したトゥハチェンスキはエレーナにそう言った。


「漸くか」

 モスクワ西方の最前線に立つ男、グデーリアンは昔の部下が今まさに迫っていることを感じた。


「貴官にかかっている」

 砂漠の狐は東欧の番犬にそう求めた。

 その問いに番犬は満面の笑みで答える。


「お任せください」


 ロンメル率いる統合軍がドイツ軍の前線を飛び出し、モスクワに向け爆発的な進撃を開始した。

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