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8話

戦いに赴く者はみな「我々は正義だ」と声高く叫ぶ。

現に今、我々はその当事者だ。

ここに立ってようやく理解した。

そう言い聞かせなければ、やっていけないと。

最初に東部で銃声を轟かせたからこそわかる。

だが、東部でただー人、鷹のような鋭い瞳で、何一つかわらないといったように人を殺す兵がいた。

見ためは少女だが、やることは狩人。

そして上司の命令には忠実で。

彼女の事は隊内でこう呼ばれていた――


――『ラトビアの番犬』と。

(ラトビア記13章117項 コルニス・アルベール著『クーデター』より抜粋)


 敵襲を受けてから隊列に不安が蔓延し始めた。

 死傷者こそ出なかったが、目の前で敵兵が死ぬのをみて自分もああなるのだとようやく実感したのだろう。

仕方ないと思う反面情けないとも思った。

そんなこと兵士となったその日の内に済ませておけと。

軍人とは国家の肉壁であり、1本の銃剣なのだ。

死など、いつでも訪れるのだ。

それが今日になるか明日になるか、来年となるかの違いしかない。

なら今日死のうとなんら変わり無いのではないか。

私は背後で青ざめる兵たちを見て理解することができなかった。

ただ一人、ミーネは必死になって自らの片手に持った手帳に筆を滑らせている。

(仕事熱心なのかそれとも――)

ミーネは思考を巡らせる。

脳裏をよぎるのは一抹の期待。

(自分と同じ境遇にある者なのでは?)と。

それを尋ねたい衝動に駆られる。

しかしグッと抑え、前に向き直る。

前を向けば未だ郊外であるが、少しずつ家の数は多くなってくる。

話に聞いていた人の群れはどこかへと消え去り、家々はとても静かだ。

人々の多くは市民軍となったのであろうが、一部の人は逃げたのだと信じたい。

「隊列、止まれ!」

市街地を目の前に控え、そう号令を出した。

ここから先は一瞬たりとも気が技けない危険地帯だ。

幾階に伸びる集合住宅は簡易的な要塞となりゆく手を阻む。

前面からの攻撃には強い戦車だが、上部に火焔瓶でも投げられればそれで終わってしまうと歴史が証明している。

故に工夫をする。

自動車化中隊を先行させて道ぞいの家屋を制圧し、戦車小隊はその火力を以て自動車化中隊を援護する。

自動車化砲兵小隊については後続する歩兵大隊と行動を共にしている。

本来ならば戦車陣を築き歩兵大隊の到着を待つはずだったのだが、北部と南部の戦況を鑑みて旅団長から前進の命令が下されている。

自動車化中隊各小隊は前進準備及び小休止を行い、戦車小隊についても同じであった。

「小休止10分! 終了後市街地へ突入!」

背後の兵たちに向かい命令を下す。

彼女の戦いはこれからなのだ。

足踏みをしてはいられない。



10分後、各自動車化小隊員は降車し、トラックを盾にして前進を開始した。

戦車小隊はそれに続き援護射撃を行える態勢を維持する。

直後、連続的な射撃音が街中に響く。

「右前方、青の家三階!」

 前をつき進んでいた小隊のある兵が叫ぶ。

 キューポラから顔を出して確認しようとするもハッチを動かした瞬間に銃弾が飛んでくる。

 思わず顔を車内にひっこめ安堵の息を吐く。

ここで取れる選択肢はいくつかある。

 その中の一つを選択すると、おもむろに砲塔からA旗と呼ばれる信号旗を掲げる。

 この旗が意味するのは『われ前進す。後に続け』。

 小隊長が確認する時間を十分とると、A旗を砲塔内にしまい込む。

「戦車前進」

 小さくつぶやくとリマイナの肩を蹴る。

 もはや彼女も一々悲鳴を上げることなどなく、無言でエンジンの回転数を大きく上げる。

トラックとトラックの間をすり抜けながらキューポラのわずかな隙間から周囲を確認し、青い家を探す。

 すると歩兵の言うように、右斜め前方にそれはあった。

「右30度、仰角50度。弾種榴弾射撃用」

 呟きながら黙々と砲弾を装填する。

 青い家が近くなると床を強く鳴らし、戦車を停止させる。

 後方を確認し後続している小隊がついてきていることを確認する。

「射撃用意」

 右手を引き金にかけつつ左手では赤い旗を持ち砲塔から掲げる。

 射撃が旗に集中するが、気にすることはない。

「撃て!」

 叫ぶと同時に引き金を引き、周囲に爆音が響く。

 直後、小隊長が「総員突撃!」と叫ぶと、後続していた小隊が突撃を開始し、続々と青い家の中に上がり込んでいく。

 幾度かの銃声が響いたのちに、ゾロゾロと小隊長を先頭に数十名の兵が出てきて、こちらに向かって右手を掲げ、制圧が完了したことを伝える。

 そのまま、彼らは元の場所に戻り、トラックを盾にしつつ前進を再開する。

 だが、平穏が訪れることはなかった。

 前進を開始してから数十メートルも進まぬうちに、いくつもの銃声が響く。

 今度は一か所からではなく、複数個所からの単発射撃だ。

 銃声から察するに前方に1個小隊、右に2個小隊。

 直後、私の乗る戦車にのみ搭載された通信機に通信が入る。

「中隊長より各小隊長及び戦車小隊長へ。現状報告」

 周辺を確認しつつ、ほかの小隊長に返答の余裕がないことを確認すると、通信機に向かって口を開く。

「こちら戦車小隊長。現在前方及び進行方向向かって右より強襲を受けつつあり」

 中隊長は現在、歩兵大隊と共に前進する自動車化砲兵小隊と一緒に行動している。

 そのため、現状確認が難しいのだろう。

「依って、指揮権の部分委譲を要請する」

 緊張しながらも言った。

 中隊長に指揮権がある以上、先ほどのような行動はできても、迂回起動などの指示を出すことは難しい。

 だが、中隊長からの指揮権の移譲があれば、それも容易となる。

「……貴官は第一旅団全軍の命運を左右する覚悟はあるのか」

 中隊長の厳かな声が返ってきた。

 中隊長から指揮権の部分移譲をうければ責任もそれ相応に発生する。

「お任せください」

 私は静かにそう返した。

 中隊長は静かに思案したあと、静かに「許可する。第一、第二、第三小隊の指揮権を戦車小隊長のリューイ・ルーカス少尉に移譲する」と応じた。

 了解、と静かに答えると通信を終えた。

「さぁ諸君、いくぞ」

 不敵にそう呟くと戦車から飛び降りた。

 リマイナの制止する声を無視し、各小隊長一人一人のもとへ駆け寄る。

 伝える命令は右側に展開する第二小隊はそのまま現在位置を維持。

 左方に展開していた第三小隊は第二小隊の援護。

 戦車小隊は前方を進んでいる第一小隊とともに敵に突撃した後、左方に展開する敵部隊の側面を攻撃する。

 小隊長は皆最初驚いたような表情をしていたが、リューイの覚悟したような表情を見るとすぐに覚悟を決め、勇ましい顔で「了解」と言っていた。

 さすがラトビア唯一の自動車化中隊というべきか、命令伝達後の素早さには目を見張るものがあった。

「では諸君、歴史を変えるぞ」

 リューイは自らの配下にいる小隊員に対して口角を吊り上げこういう。

 彼らにとって歴史を変えるという言葉の意味は分からなくても重みは分かった。

「了解!」

 淀みのない声が響く。



「リューイ・ルーカス少尉。このたびの戦勲を称え、ここに大尉に任命する」

 気が付くとリューイはとある式典に参加していた。

 周囲から浴びせられる拍手喝采と歓声。

(そうだ、我々はめでたく『英雄』となったのだ)

 レーゼクネにおける戦闘は我々の活躍もあり快勝といっても過言ではなかった。

 南北から攻め入った部隊に関しては敵の強力な防衛陣地に阻まれ前進が困難となっていたが、東部から攻め入った我々と自動車化中隊、およびそれに後続した歩兵大隊は速度を活かし敵の後方や司令部を次々と強襲していった。

「また、本作戦においてリューイ・ルーカス大尉の足となり、彼女を支えたリマイナ・ルイ少尉もまた中尉とする」

 私の隣にリマイナも並ぶ。

 他にはヴェゼモアが中尉に任命され、任命式の後には勲章授与式が開かれた。

 その際私には『忠国二等勲章』が授与された。

 これは国家に忠義を果たした軍人に与えられるもので、上から二番目に位置づけられる。今回私が受勲したことにより最年少記録が大幅に更新されたそうだ。

 参列者の表情は皆私を祝福しているが、私にとってはただの鉄くずと同等なのだ。

 今回の内戦で私がなしたことはいくつかあるのだろうが、結果自体は本来の歴史のほうがよかったとさえ言える。

 本来無血で完遂されるはずだったクーデターが市民を巻き込んだ市街戦となってしまった以上、私がなしたことはマイナス評価といえるだろう。

 何が原因なのだろうかと、受勲式を見ながら思う。

 私の存在がそもそもの原因なのだろうか。

 それとも――


 ――なにか別な力が介在したのだろうか?


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