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44話

「総員、ミハウェルを」

 エレーナは私から視線を外して

 兵たちにそう命じた。

 その瞬間、喉元に突き付けられた銃剣が一瞬浮いた。

 私はその瞬間、横に転がると意識をほかに向けていた男の喉元にナイフを突き立てた。

「がぁっ! ぁ……」

 気道を貫いたのだろうか、喉からカヒュー、カヒューと空気の出る音がする。

 その生々しい感覚に私は震えた。

「おとなしくしていて下さい」

 エレーナはそう言うと私の鳩尾を殴打した。

 突然のことに私はうずくまる。

「リューイ大佐を見張るために一人残してほかの人員はミハウェルを──」

 エレーナがそう命令を下そうとした直後、周囲が煌々と照らされた。

 その明るさに思わずエレーナ達は目を腕で隠す。

「旅団長ぉ!」

 その声の主はユリアン大尉だった。

「遅いわよ」

 私は地面に倒れ伏したままそう呟いた。

 彼は慣れぬように声を上げる。

「旅団長を解放しろ! さもなければ皆殺しにする!!」

 声が震えているぞ、思わずそう言いかけた。

 視線を動かすと彼の車両の後ろにはリマイナがあきれ顔で微笑んでいる。

「貴男たちが動くよりも早く私たちは大佐を殺しますよ」

 エレーナも言論で応戦する。

「……交渉か」

 私はそう尋ねた。

 その言葉を聞いてエレーナは小さく微笑んだ。

「そういうこと、です」

 彼女の目は必死そのものだった。

「私はいいわ。絶対にトゥハチェンスキを渡してはいけないわよ」

 私の言葉にユリアン大尉は目に見えて動揺した。

「取捨選択をするのよ!」

 私はそういってユリアン大尉をにらんだ。

 ここで、トゥハチェンスキ中佐を解放しては意味がない。

 私の命と引き換えにしてでも彼を手元に置いておくべきだ。

 彼から得られる情報は無尽蔵に違いない。

 それがあれば私抜きでもこの戦争に勝利することができるだろう。

「……先任大尉に判断をお任せ致します」

 ユリアンは溜息を吐くとリマイナに視線を向けた。

 彼では判断しきれないと思ったのだろう。

「えっ?!」

 突然のことにリマイナは驚きの声を上げた。

「えーっと……うん」

 リマイナはそう言って周囲の状況を見渡すと小さくうなずいた。 

 そして背後にいた兵と何やらやり取りするとエレーナのほうに向きなおった。

「応じるよ、トゥハチェンスキ中佐は返すから。リューイを返して」

 私は彼女の言葉に目を見開いた。

「リマイナ! 命令よ! 絶対にダメ!」

 彼をとらえるのに何人の兵が犠牲になった。

 それを私のためだけに無駄にするのは耐え難かった。

「黙ってください」

 エレーナはそう言って私を睨んだ。

「捕虜の一人くらいいいよ。私たちにはリューイが必要なの」

「ほかのみんながそれで納得すると思ってるの?!」

 リマイナの自己中心的な言葉に私は声を荒げた。

「多分。みんな納得するよ」

 彼女はそう言って周囲にいた兵たちに視線を向けた。

 リマイナの言葉に皆頷くばかりで否定するものはいなかった。

「……ッ」

 私はその光景を見て、苦虫を噛み潰した。


 まだ、まだ私は死ねないのか。

 それから、トゥハチェンスキを解放した代わりに私は解放され、両者はお互いに5時間攻撃をしないことを約束してその場は解散となった。


 この夜戦での死者は30名ほど。

 重軽傷者は90名を超えた。

 対して戦果は敵兵3名を殺害したのみにとどまった。

 この圧倒的練度の差にリューイは恐怖し、本格的に旅団隷下のΩ小隊を強化していくことになる。



 今は7月初旬だがドイツ軍とその同盟国軍による攻勢は12月まで続くことになっていた。

 そのため一旦統合軍の全旅団は後方に移動し再編が命じられた。

 この間にはドイツ軍は猛烈な前進を続け、11月頭にはモスクワに到達するとみられていた。

 枢軸軍の勝利はもう間もなくである。


「すぐに物品を分配しろ!」

「さっさと整備をすませろ!!」

 スモレンスク郊外。

 ここには後退した統合軍が再編と新式装備を受領していた。

 第1旅団でその陣頭指揮を執るのはユリアン大尉とクラウス大尉で二人とも切磋琢磨して奮闘しているようであった。

「旅団長代理が私でいいんですか」

 彼らを眼下に眺めながら、リマイナはロレンス中佐とアウグスト少佐に尋ねた。

「私らがやるよりは兵たちの士気が維持できるかと」

 ロレンス中佐の言葉にリマイナは「えぇ……」と言葉をこぼした。

 実際の所、ロレンス中佐やアウグスト少佐が頂点に立つよりもリマイナが頂点に立っていたほうが兵たちの能率が上がるのだから不思議な物だ。

「まぁ、別段の仕事はありませんよ。ハンコを押すだけですよ」

 そう言ってアウグスト少佐はリューイから託された裁可印をリマイナに手渡した。

「では、私たちはここで失礼いたします」

「頑張ってくれたまえ」

 二人はそう言って執務室を去っていった。

「リューイぃ……はやく帰ってきてぇ……」

 涙目になりながらリマイナはそう呟いた。


 その後、リューイが申請した無数の建造物の裁可待ち書類や物品の搬入のためにリマイナは忙殺されることになる。



「そんなことが、できるのかしら?」

 ベルリン、総統官邸。

 私はヒトラーと会っていた。

 その場には彼ら二人以外の人間はおらず、率直に意見を交わしあっていた。

「あぁ、できるとも。だが、これが失敗すれば我々は敗北する」

「その時は、より良い敗北を目指す、と?」

 私はそう言って眉をひそめた。

「そうだ、この攻勢に対応するために敵は兵を集中させるだろう。その隙に別の場所に攻撃を仕掛ける」

 ヒトラーはそう言って駒を進める。

「モスクワ攻防戦、これに一縷の望みをかけるのではなくリスクマネジメントをしておくということかしら」

 私はそう言ってモスクワ郊外に置かれた駒を弾いた。

 カランカランと木製の駒が床に転がり落ちる。

「敵の反撃を受けて中央軍に大穴が開くかもしれないわよ」

「絶対に成功する賭けなんてあるか?」

 ヒトラーはそう言ってニヤリと笑った。

「兵の命がかかっているのよ!」

 私はそう言って声を荒げた。

 現時点で10万を超える兵が戦死、もしくは行方不明になっている。

「たとえ、100万が死のうと私はこの攻勢を裁可する」

 話にならない。

 私はそう言って立ち上がろうとした。

「君が何と言おうとこの攻勢は始まるぞ」

 ヒトラーはそう言ってニヤリと笑った。

「ご命令とあらば、ウラジオストクにまででも攻勢をして見せますよ」

 私はそう言って嫌味を言い残していくと、戸を思いきり開けるとその場を去っていった。


 残されたヒトラーは一言こうつぶやいた。

「1000万が死ぬよりはましじゃないか」

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