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41話

「怪奇事件?」

 翌日、私が書類仕事にいそしんでいると不可思議な報告が舞い込んだ。

「はい、毎晩歩哨が何者かにより撃ち殺されているようでして」

 報告を上げた士官も不思議そうな顔をしている。

 どう考えても潜伏した敵の狙撃手であろうと推測が付いた。

「周囲の森とか山は捜索したのかしら?」

 私の問いに士官は困ったような顔をして「したんですけど成果が上がらず」と答えた。

 話を聞けば捜索隊の指揮はロレンス中佐が執っていたようで、彼が痕跡すら見つけられないとは思えなかった。

「わかったわ。逐次情報を上げなさい」

 私の命令に「了解です」と答えると士官は去っていった。

 彼のおいていった書類を精査するとその被害は10名。

 そのすべてが別々の地点であり、全方位に狙撃手が潜伏しているとしか思えなかった。

「なるほど、難しいわね」

 私はそう言って頭を抱えた。

 明らかに、射線が通っていない地点が5つ以上ある。

「……5人以上居ると思ったほうがいいわね」

 私はそう呟いて、地図をトントンとたたいた。

 頭を悩ませる私はふと、書類の束の中にある1枚の書類を見つけた。

「選抜小隊の常設化、ねぇ」

 それはロレンス中佐からの提案であった。

 


「お久しぶり、トゥハチェンスキ中佐?」

 私は駐屯地の一角にある捕虜収容小屋にリマイナと共に赴いていた。

「お久しぶりです」

 じかに顔を合わせるのは2年ぶりだろうか。

 好敵手の姿に私は哀れさを感じた。

「どうかしら、ドイツ軍の中ではずいぶんとましな扱いをしているつもりなんだけれど」

 私がそう笑うとトゥハチェンスキは「ずいぶんと優雅な暮らしをさせてもらっているよ」と不機嫌そうに答えた。

「エレーナちゃんは貴方を見捨てたのかしら」

 私は挑発的な笑みと共にそう尋ねるとトゥハチェンスキは鼻でわらった。

 まるで、そんなことありえないとでも言いたげだった。

「逆の立場になってリマイナが貴様を見捨てるとでも思うか?」

 トゥハチェンスキはまっすぐ、私の目を見つめてそう答えた。

 必ずいつか助けに来る。

 そう信じて疑ってなかった。

「奴はどんな無理をしてでも俺を助けに来る。俺たちは運命共同体なんだ」

 トゥハチェンスキの言葉に私は首を傾げた。

「それってどういう──」

 私が訪ねようとした直後、けたたましくサイレンが鳴り響いた。

 すぐさまリマイナは携えていた小銃を構えて警戒する。

「旅団長! また狙撃の被害が!!」

 慌てて入ってきた兵。

 私はもしやとトゥハチェンスキをにらんだ。

「あのおてんば娘に気をつけろ」

 そう言って彼は不敵に笑った。

 私は苛立ちながら捕虜収容所を出てリマイナに命令を告げた。

「ロレンス中佐にこの小屋の防御を固めるように伝えなさい。敵の目的は捕虜奪還よ」

 リマイナは「了解!」と応じると小走りで歩兵大隊庁舎のほうへと走っていった。


「エレーナ・アルバトフめ。トゥハチェンスキ諸共捕まえてやるわ」

 


「まさかこんなところに地下室があるなんて」

 第1旅団駐屯地付近の森林。

 落ち葉の下に出入り口を隠された地下室の中にエレーナ達は身を潜めていた。

「まさしく神の導きか?」

 エレーナの独り言を聞いていた男の一人がそう言って笑った。

 それにエレーナは嫌な顔一つすることなく「そうかもしれませんね」と微笑んだ。

「で、どうすんだ。5人1組の班を潜伏させたのはいいがトゥハがどこにいるかわからなかったら意味がねぇだろ」

 敵に妨害しはじめてからもう5日。

 エレーナはそんな中で必死に何やら手帳を読み返していた。

「何読んでんだよ」

 質問に答えられないことにいら立った男はそう尋ねた。

「ミハウェルの日記です」

 エレーナの返答に男は鼻で笑った。

 そんなものがなんの役に立つのか、そう言いたげだった。

 突然エレーナはパタンとその手帳を閉じるとヘルメットを被って小銃を手に持った。

「夜襲をかけますよ。無線で集合を命じます」

 エレーナの言葉に男は目を輝かせた。

「なんでぇい。そんなら早くいってくれよ」

 彼の言葉にエレーナは照れ笑いを浮かべた。

 そして手帳をトントンと指でたたいてこう答えた。


「多分、こうなると思うんで」

 


 私の名前はガロッゾ・ヴェルナー。

 第1旅団歩兵大隊第2中隊員だ。

 どうやら最近わが旅団は敵の優秀な指揮官を捕らえたようで、今や捕虜収容小屋を警備するのは2個小隊だ。

「あぁ……。寒い」

 隣の曹長がたまらずそう声に出した。

 彼はアフリカ戦から旅団長に付き従う歴戦の猛者らしい。

 なんでもイギリス本土での市街地戦では旅団長自ら指名した選抜部隊の隊員にも選ばれたほどの実力者と、言われている。

「敵は来ますかね」

 ここ数日、駐屯地の外周を防御する歩哨たちが昼夜問わず不規則な時間帯に狙撃され死亡している。

「あぁ、旅団長がそう言うのなら。来るだろう」

 また、これだ。

 俺は曹長の言葉が気味悪かった。

 この旅団に長く属する将兵は口をそろえたかのように「旅団長なら」という。

 まるでそれは一種の宗教のようであった。

 確かに旅団長は美しい。

 流れる銀色の長い髪と整った輪郭。

 だが、その体の節々には古傷が残っておりまさしく歴戦の猛者であった。

「曹長は、どうしてそこまで?」

 俺の問いに古参の軍曹は昔を懐かしむように笑った。

「俺は昔、ラトビア軍の兵でな。統一戦争では旅団長の部隊と戦ったこともあったんだ」 

「意外です」

 俺は思った通りに口にすると曹長は笑った。

「アフリカでは海蛇大隊のなかで一番乗りを果たしたかと思えば夜襲を受けたりとかな。旅団長みずから率いた小隊に参加したりとかな……」

 噂に伝え聞く旅団長の武勇伝を身近に体感している人間がいたことに俺は心を躍らせた。

 多くは秘匿されていた海蛇大隊だが、にわかに噂は聞いていた。

「今度、ゆっくり聞かせてください」

 俺がそう笑うと曹長は「おう」と笑った。

 そして溜息を吐いてこう続けた。

「旅団長はそりゃぁ、人間だからミスもする。だがな、あの人は進み続ける。銃弾を受けようと、自らがした過ちを糧に進み続ける」

 彼の表情は冷え切っていた。

 だから、何があったのかは聞くことができなかった。 

 そして、今後聞くこともできなかった。



「撃て」

 深夜、20時を回ったころ。

 エレーナは森林の中でそう静かに命じた。

 彼女の傍らにはPM-38 120mm迫撃砲があった。

 本来それは自動車で牽引して運ぶものなのだが、彼らは一度分解した後再度潜伏地で組み立てるという荒業でこの森の中に持ち込んでいた。

「撃て」

 間髪入れずにエレーナは命じ続ける。

 彼女の命令と共にはなたれた直径120mmの砲弾は多少の誤差と共に第1旅団の駐屯地を急襲する。


「まっててね、ミハウェル。今行くから」

 

 エレーナは静かくそう呟いた。



「敵の奇襲です!!」

 夜、もう間もなく寝ようかと寝間着に着替えていると一人の兵が飛び込んできた。

 若い兵で、どうやらまだ部隊に慣れていないようで裸体の私を見て目をそらして頬を赤面させた。

「わかったわ。今、警戒に当たってるのはどこの中隊だったかしら」

 私はそう言いながら、一度脱ぎ捨てた軍服を再度身に着けていく。

 若い兵は上ずった声で「第2中隊です!」と答える。

「そう、第2中隊の全小隊は捕虜収容所に戦力を集めさせなさい」

「はい!」

 私の命令を聞くと若い兵はバタバタとこの場を去っていった。

 彼の姿を見ているとどこかほほえましくなる。

「さて、仕事よ」

 私はそう呟くと軍帽を目深にかぶり非常用マニュアルに従って駐屯地の指揮用地下室に向かった。


「あら、早いわね」

 私がそこに行くと6人の男がいた。

 ロレンス中佐にアウグスト少佐。

 それにクラウス大尉とユリアン大尉。

 あとは第1と第3歩兵中隊長。

 それに深刻そうな表情をしているが瞳がとろんとしたリマイナ。

「敵も深夜に元気ね」

 私はそう呟くと私に宛てがわれた椅子に腰を下ろした。

 おそらく敵は少数。

 少なくても中隊以下だろう。

 それ以上の部隊を警戒部隊に気付かれることなく前線の奥に送り込むなど不可能。

「敵はどっちからかしら」

「南の森からかと思われます」

 ロレンス中佐の返答に私は「第1中隊を南の塹壕に送りなさい」と命じた。

 ひとまず、彼らがいれば敵が攻勢をかけてきても押しとどめることができるだろう。

 そう確信していた。

 だが30分もたたぬうちに血相を変えた伝令が走ってきた。


「第1中隊、敵の攻撃を受け、半壊!!」

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