38話
リューイがトゥハチェンスキと戦っている最中、彼らの後方に降下した第3空挺旅団に動きがあった。
「大佐! 北から敵の部隊が!」
全方位に出していた偵察隊の報告にチェレンコフは舌打ちした。
「どの部隊だ」
それでも平静を保ちチェレンコフは尋ねた。
例えばこれが敵の師団規模の敵だとすれば敵うはずもなく、南進若しくは東進し味方の部隊との合流を目指すべきだ。
「統合軍、第2旅団とのこと」
その言葉にチェレンコフは首を傾げた。
第2旅団……。
最も情報の少ない部隊であった。
リューイ・ルーカス率いる第1旅団は幾度となくこのソ連軍と戦闘を繰り返しており、その情報は蓄積されている。
同じように第3旅団はイタリア・スペインなどの諸国軍で構成されている。
こちらの情報もまぁまぁある。
だが、第2旅団。
彼らの情報は部隊の構成程度しかない。
「装甲車大隊2個に自動車歩兵1個だったか」
チェレンコフはそう呟いた。
非常に高速な部隊であるようだが、その破壊力は如何に。
「……若い者が気張っているというのに俺がここで逃げては格好がつかないな」
チェレンコフはそう呟くと無線機に向かって雄たけびを上げた。
「総員! 防戦用意! この村を死守する!」
リューイとトゥハチェンスキの陰に隠れて、激戦が始まろうとしていた。
「モスクワ方面より敵戦車大隊接近」
数時間ほど前にリューイのもとに届いた速報は少し遅れてフォルマン・ルーカス大佐のもとにも届いていた。
「リューイ大佐の第1旅団が対応に向かわれたご様子です」
電報を持ってきた彼の副官はそう告げた。
その言葉を聞いてフォルマンは「わが娘なら大丈夫だろう」と応じ視線を上げた。
目線の先には都市から少しばかり離れたところにある教会とその周辺に散らばる民家。
「面倒なことをする」
フォルマンはそう悪態を吐いた。
敵のレジスタンスは教会を中心に防衛線を引いた。
「総攻撃させますか?」
副官の問いにフォルマンは首を振った。
「敵の戦力がわからない。突然涌いたレジスタンスだぞ。何か裏があるはずだ」
フォルマンはいたって冷静であった。
この土地は前線から数km後方にある地点だ。
そんな中で突然民衆が蜂起するなど不可解でしかない。
「どこからか物資の支援があるはずだ」
フォルマンは頑としてそう言った。
敵のレジスタンスは都市部で突然蜂起すると統合軍の司令部を正確に襲撃し、混乱に陥れたあとすぐさまこの地点にまで後退した。
「あまりにも統率が取れすぎている」
ただ、司令部を襲撃された際に重火器の存在が確認されなかった以上、敵はそれほどの力は持っていないと副官は見ていた。
「慎重すぎるのでは?」
副官の問いにフォルマンは毅然と答えた。
「焦ってもいいことはない」
臆病ともとれるその姿勢は副官を落胆させた。
フォルマンがその態度を改める必要に迫られたのはそれから、1時間としない頃であった。
「大隊長! 第1旅団上空をはじめここ一体の制空権が敵に奪取されつつあります!」
無線機に耳を当てていた兵がそう叫んだ。
その瞬間、フォルマンはある可能性を察知した。
「第1旅団の戦況を尋ねろ!」
フォルマンの声に兵は驚きながらも素早く操作した。
統合軍の各旅団は司令部に逐次行動を報告し位置を定時連絡する。
「第1旅団、二手に分かれて敵を追撃中とのことです」
兵の言葉を聞いてフォルマンは地図にかじりついた。
こと細かく第1旅団各部隊の配置を尋ね、あることに気が付いた。
「……ここを抑えられたら第1旅団は孤立し、二手に分かれた部隊の連絡が取れなくなるな」
フォルマンがそう言って指さしたのは無線の中継拠点が置かれている小さな村だった。
「どうやってソ連は部隊を送るのですか?」
副官の問いにフォルマンは上空を指さした。
それを見て副官は「あっ!」と声を出す。
突如として沸いたレジスタンス。
猛烈な勢いで向かっていたのにもかかわらず、第1旅団を見ると突然踵を返した敵の戦車大隊。
そして、図ったかのように出現したソ連空軍。
「動くか」
一瞬にしてフォルマンは眼光を鋭くさせた。
敵の戦車大隊相手に第1旅団を投入するのは過剰戦力かと思っていた。
どうせ敵の残党だろうと。
だが、この一連の動きを見てフォルマンはこれが敵の策略であると察した。
「第3旅団から通信! 『我ら余剰戦力あり。第2旅団は第1旅団の救援に向かわれよ。あとはわれら第3旅団に任せろ』とのことです」
そして、彼のもとに届く一報。
さすがは第1次世界大戦から戦う歴戦の猛者だと同年代のフォルマンはニヤリと笑った。
第3旅団の兵力は4個大隊。
しかもそのすべてが歩兵であり、こういった治安維持任務にはうってつけであった。
「了解。隷下の部隊に通信をつなげ」
フォルマンの言葉に通信兵は素早く無線機を操作すると旅団の共通周波数に合わせ、マイクをフォルマンに手渡した。
「諸君、もう一度彼女たちを救うときが来たようだ。まったく手のかかる娘たちだよ」
部下たちに向かってフォルマンはそう言って笑った。
そして、娘たちが置かれている状況を説明する。
「勇ましくも北進してきた敵の戦車大隊を迎撃した第1旅団は現在敵の空挺旅団に退路を断たれている。彼女たちは疲弊している。なればこそ、われらの出番である」
フォルマンはそう無線機に告げる。
開戦前夜までバルトニア連邦はソビエトの支配下にあった。
戦車、戦闘機が制限される中で唯一もぎ取った機動部隊がこの第2旅団であった。
その趣旨は『来たるべき日、帰還する戦車大隊を最大限補助しうる支援部隊』。
彼らは生まれ持って日陰者であることを宿命づけられていたのだ。
だが、それでもいい。
救国の英雄が、先陣を切り戦車大隊が続く。
「その梅雨払いをわれら第2旅団がするのだ」第2旅団の兵から士官に及ぶまでのすべての人間がそう強い意志を持っていた。
「祖国の忠犬を救いに行くぞ!」
フォルマンの怒声に兵たちは「応!!」と応じた。
レジスタンスの包囲をしていた第2旅団はすぐさま乗車すると南進を開始、普段慎重なフォルマンから考えられないほどの爆速で占領地を駆け抜けた。
90km以上離れた村までわずか1時間で到達して見せた。
まさしく、神がかり的というほかなかった。
第2旅団には海蛇大隊に配備されていた水陸両用車を陸上専用に改良した装甲車が配備されていた。
それはこの時代では破格の防御力と高火力を持っていた。
砲には37ミリ砲、さらに20ミリ機関砲に耐えうる程度の装甲を有し、歩兵相手には無類の強さを誇る。
「第1装甲車大隊を先頭に! 次に歩兵大隊! 最後尾の第2装甲車大体は中隊ごとに分かれ左右および後方警戒!」
フォルマンは村に近づくと砲の射程外に部隊を置き、部隊を縦に配置した。
その意図は単純明白であった。
見敵必殺。
フォルマンは装甲車の砲塔から身を乗り出すと「アルトマン少尉!」と後ろに向かって声を上げた。
呼ばれた新米少尉は慌てたように前進を命じフォルマンの横に装甲車を付けた。
「ハッ! なんでしょうか!」
上ずった声でフォルマンに答えたのはクルト・アルトマン。
リューイ・ルーカスの副官として数年間彼女を支え続けたヴェゼモア・アルトマンの弟であった。
「貴官に1個分隊を貸す。前方にあるムシャガ村に敵が潜伏しているとみられる! 隠密偵察を実施し敵の規模を見定めてこい」
フォルマンの言葉にクルトはこわばった。
優秀な兄を持つ彼は昔から何かと比較されてきた。
故に、自己評価が低い。
「貴官ならできると信じている」
それでも、フォルマンは彼の中に眠る何かを信じていた。
力強くそういうとクルトの目を見つめた。
目が合ったクルトは息をのむと目をつむり、溜息を吐いた。
「了解! クルト・アルトマン少尉、只今より先行し隠密偵察を実施いたします!」




