36話
第3空挺旅団。
以前までは3個の大隊を有していたが、バルトニアとの戦闘で1個大隊を喪失。
そのまま補充されることなくこのドイツとの戦争に突入した。
「降下!!」
チェレンコフ大佐はそう叫ぶと自らが先頭になって輸送機から飛び降りた。
「旅団長。後方に空挺1個大隊が降下したようです。また、敵は航空兵力を温存していたようで、制空権も喪失致しました」
撤退した私達は森の中で身を休めていた。
敵を追わせたロレンス中佐はうまく敵に逃げられてしまい、戦果を上げることはできなかったようだ。
「退路を断たれたのかしら?」
「いえ、主要幹線の一つを絶たれただけとも言えます」
私の問いに歩兵中隊長が答えた。
なるほど。
「ただこの小道は戦車で通ろうとすれば時間がかかり敵航空機に発見される恐れが……」
敵は厄介なところに降下したものだ。
現在我々がいる地点はちょうど都市と都市の中間地点に当たり、今までは幹線道路を使い進軍していた。
しかしながらその道中にある村を敵の1個空挺大隊が占拠したためにその道路が使えなくなってしまった。
「ロレンス中佐の部隊を呼び寄せて協力して排除することはできないのかしら?」
私の問いに歩兵中隊長は困ったように笑うと両手を広げた。
「遠すぎますよ。それを待ってる間に後ろにいる戦車中隊が来ます」
こうして俯瞰してみると絶望的な状況であった。
配下にいるはずの半数の部隊は分断され、撤退しようにも敵の1個中隊が途上で待ち構えている。
さらに背後には1個戦車中隊、おそらく指揮官はトゥハチェンスキ。
しかも上空は敵の手に落ちている。
「どうする?」
リマイナがいつもと変わらない様子で私に尋ねてきた。
「どうせ突っ込むなら戦車じゃない?」
リマイナはそう言って地図上に置かれた戦車部隊を示す駒を指さした。
そして、私のことを見上げて「でしょ?」と笑った。
「解ってるじゃないの」
撤退できないなら中央突破しかないだろう。
島津の退き口のような戦をしてやろうではないか。
「諸君! 反転するわよ。今こそヤツと決着をつけるわ!」
「大佐、迎撃用意完了いたしました」
それから数kmほどの所。
小さな農村にチェレンコフ大佐率いる第3空挺旅団は防衛拠点を構築していた。
「野良犬は来ますかね」
副大隊長の問いにチェレンコフは遠くをぼうっと見つめて「来ない」と答えた。
奴は2個中隊で1個旅団に突撃をかますほど無謀じゃない。
きちんと戦況を見極めて無謀とも思われる突撃をする。
必ず奴には勝算があって突撃するのだ。
「何も考えていない阿呆ではないと」
副大隊長の言葉にチェレンコフは大きくため息を吐いた。
「番犬のような顔をしてその本性はオオカミのような奴だと俺は思ってる」
その言葉を聞いた副大隊長は「それは面倒ですなぁ」と溜息を吐いた。
チェレンコフは何も答えることなく遠くを見つめ、ただ一言つぶやいた。
「頼むぞ、トゥハチェンスキ中佐」
「ここで必ず奴を殺す」
トゥハチェンスキは地平線の奥から響く戦車のエンジン音を両耳で聞きながらその音がする方向をにらみつけていた。
「そのためにわざわざ取り寄せたんだ」
そう言ってトゥハチェンスキは後ろを眺めた。
彼の後ろには15両の最新鋭戦車が並んでいた。
その名はT34。
こののち50年以上にわたり世界各地で活躍することとなる中戦車であった。
「総員! 所定の場所につけ!」
トゥチェンスキの声に配下の兵たちが「了解!」と答えると小隊ごとに分散し方々へと向かっていった。
トゥハチェンスキらの待ち構えるこの地形は上空から見ると幹線道路の中央に位置している。
北からはリューイが迫っている。
幹線道路には垂直に交差するように大河が流れ、両岸をつなぐ橋は一本しかない。
トゥハチェンスキはここで敵を迎撃すべく対岸に1個小隊を配置した。
さらに、敵が橋の付近で立往生している隙を突くべく、少し離れた丘陵地帯に1個小隊を配置して敵を狙撃させる。
これら二つは現地の小隊長がそれぞれに判断し行動する。
そしてトゥハチェンスキは──。
「旅団長、前方に川が」
前方へ偵察に出した歩兵小隊が戻ってくるなりそう報告した。
「……いるわね」
私はそう呟いた。
地図を確認すると右側には森が広がり、目の前には川がある。
左側には盆地があるだけで見通しは悪いが敵がいる可能性は低いだろう。
いるとすれば対岸に2個小隊、そして森の中に1個小隊といったところだろうか。
もしくは対岸の左奥にある丘の上から撃ち下ろす、か。
「全体停止、歩兵中隊は下車し右前方の森を掃討せよ」
リューイの命令に歩兵中隊長が「了解」と応じると各車両に下車が命じられた。
兵たちが続々と森の中に入っていく中、戦車中隊は縦陣を組みその突入を支援する。
「中隊、ゆっくりとでいい。確実に制圧しろ」
私は警戒しながらそう命じた。
私たちの後方にいる村に降下した空挺隊が迫ってくる様子もない。
ここは時間をかけても許されるだろう。
私たちの隊全体の意識が右側の森に注がれた瞬間、突然爆発が起きた。
「敵襲!!」
「1号車被弾!」
「敵はどっちだ!!」
その一撃で一瞬にして隊は混乱に包まれた。
やられた、私は混乱に包まれる隊を見て絶望していた。
「かかったな」
トゥハチェンスキは戦車の中でそうほくそ笑んでいた。
ここまでは彼の作戦通り戦況が推移している。
この戦いは彼の手中にある。
「第2、第3小隊。自由射撃」
彼は静かに無線機で命令を飛ばす。
もはやあとは詰将棋だ。
野良犬の命はここで刈り取られる。
トゥハチェンスキの命令を聞いた2つの小隊は猛砲撃を繰り返す。
精度こそ拙いが、その手数が敵を圧倒しているといっていいだろう。
「大隊長、敵は阿呆ですな。こんなに近くにいるのに気が付かないとは」
操縦手がそう言って敵をあざ笑った。
無理もない、右には森があり前方には川がある。
この状況でそれ以外の状況に意識を向けろなど酷だ。
「リューイ・ルーカス。ここで死ね」
「まさか、こんなところで死ぬわけないじゃない」
偶然か、それとも必然か。
私はそう呟いていた。
「総員! 敵は少数よ! 四号戦車の力、見せつけてやりなさい!」
そう声を上げると部隊は徐々に統制を取り戻し、反撃を開始した。
「歩兵中隊! 引き続き森の中を掃討! 必ず敵はいるはずよ!」
私の命令に気を取り戻した歩兵中隊がゾロゾロと森の中へ突入していく。
「大丈夫、大丈夫よ。私はすべてを知っているの」
そう何度も繰り返す。
私は未来人であり、この戦争のすべてを知っているはずだった。
「大丈夫、大丈夫。私たちは4号戦車に乗っているのよ。ほとんどのソ連戦車なら叩き潰せるわ」
その時、私は失念していた。
4号戦車と互角に渡り合う戦車。
T34の存在を。
「突撃!!」
突如響いた男の声。
声の方向へ顔を向ければそこには5両の戦車。
やられた。
リューイはそう心の中で叫んだ。
右側の森と前方から砲撃してくる敵に夢中である場所の索敵を忘れていた。
焦っていたのだろう。
油断していたのだろう。
敵は、左側の盆地から出現した。
先頭を切る戦車には2年前の戦争で見た男。
ミハウェル・トゥハチェンスキがいた。
 




