33話
「えっ?」
死を覚悟していたリマイナは突然、敵の攻撃機が爆ぜたことに驚愕していた。
「中隊長! 援軍です!」
隣にいた車両の車長が後方を指さしてそう叫んだ。
リマイナはゆっくりとそちらへ視線を向けるとそこには確かに援軍の戦車がいた。
「遅くなったわね。リマイナ」
無線機から、待ちわびていた声が聞こえてきた。
ただ、リマイナの中にはうれしいという感情よりも怒りの感情が芽生えていた。
「何で返ってきたの!」
愚かな上司をリマイナは叱責した。
ここで自分を捨て石にすれば安全に撤退出来たものをなぜ戻ってきたのかと。
「貴女に死なれたら私の同期は私一人になってしまうのよ」
「そんなの!」
どうでもいいじゃない。リマイナはその言葉を叫びかけたが喉の奥に押しとどめた。
多分それを言えばリューイが悲しむと解っていたのだろう。
「……撤退するの?」
リマイナは思考を切り替えそうリューイに尋ねた。
「まさか。ここで2個連隊殲滅するわよ」
「簡単に言うね」
上司の自慢げな言葉に呆れそうになるリマイナ。
だが、心の奥底ではどうにかなってしまいそうな気がしていた。
「2個大隊で何とかできるの?」
「できるわよ。それに2個大隊じゃないわ」
リューイの予想外の言葉にリマイナは驚きの声を上げた。
「見てなさい。これが今まで私達が積み重ねてきたものよ」
リューイはそう言って通信を切断した。
直後、リマイナは目を疑う光景を目の当たりにする。
「久しぶりね」
時は少し遡る。
出撃を直前にして私は増援として送られてきたバルトニア部隊を指揮する指揮官と会合していた。
まぁ、見知った仲なので会合という仰々しいものではないが。
「おぉ、愛しき娘よ。まさか戦場を共にするとは」
それは父であった。
「戦争とは残酷ね」
「本当に」
私達は軽く挨拶を交わす。
実に数か月ぶりの再会だというのに感動も何もないが、状況が状況ゆえに致し方ない。
「コホン。これより作戦行動を共にするフォルマン・ルーカス大佐である」
「ドイツ陸軍。リューイ・ルーカス大佐。貴隊の健闘を祈るわ」
声音を変え、実務的な内容に切り替える。
今目の前にいるのは父ではなく先任の同僚であると思考を切り替える。
「後ろにいるのは誰かしら?」
私はそう尋ねた。
そこにいたのはドイツ陸軍の軍服でもなくバルトニアのそれでもない制服に身を包んだ2人の将校であった。
「では僭越ながら。イタリア第73歩兵連隊第1大隊長アンジェロ・スカルキ少佐です。アフリカ戦線では父がお世話になりました」
そこにいた士官はイタリアの士官でなんとアフリアで轡を並べた第73連隊であった。
「アレッシオ大佐の息子さんなのかしら?」
「今は少将になりましたが。当時はお世話になったと聞いております」
「お世話になったの私のほうよ」
アレッシオ大佐というのは当時73連隊の連隊長のことだ。
まだ生きていたのかと少し喜ばしく思える。
「イベリアより参りましたセシリオ・パラシオス少佐です。微力ながら1個大隊を引き連れてまいりました」
聞いたのことのない名だった。
ただイベリアの義勇兵ということならドイツに送られている青師団というのがあった気がする。
「青師団とは別にバルトニアへ派遣されている義勇兵部隊だよ」
困惑している私に父が口をはさんでくれた。
「内戦でリューイ大佐殿には随分とお世話になりましたので微力ながら連れてまいりました」
「ということはアフリカ戦線に?」
「はい。西岸部隊におりました」
そんな話を聞いているとなんだか懐かしくなってきた。
ロレンス中佐がまだ大尉だった頃、アフリカでは共に砂だらけになりながら戦ったものだ。
「貴官らの援軍、感謝する。健闘を祈る」
私はそう敬礼で返礼した。
さて、部隊の再確認といこう。
まず私率いる第1旅団。
戦車大隊と歩兵大隊の計2大隊。
父率いる第2旅団。
装甲車2個大隊と歩兵大隊1個。
そして援軍の同盟国部隊2個大隊。
合計7個大隊がこの場に集結した。
すでに数においては敵に迫っている。
後は連携だが――。
「指揮官は先にこの場で戦闘していたリューイ大佐でよいと思うのだが各々いかが思われるか」
「えっ」
父の言葉に私は抗議の声を上げようとするがそれよりも早くほかの将校達の「異議なし」という言葉によってそれは阻まれた。
「……本当に?」
私は思わず素面になってそう尋ねていた。
そして彼らの顔を見渡す。
誰も首を振るものはいなかった。
「解ったわよ。これより現場士官として各部隊を掌握する」
私はそういうと、手早く行軍計画を纏め、前進を開始した。
「あぁそうだ。もう1部隊来ているのを忘れていた」
行軍の最中父は無線でそう言ってきた。
「何かしら?」
「第88航空団のフーゴ少将がレニングラード方面へと進出してくれている」
第88航空団。
これもまたアフリカで共に戦った部隊の名であった。
つくづく私は恵まれている。
そう思わずにはいられなかった。
感慨に浸っていると遠くから爆音が聞こえた。
私は操縦手に加速を命じ。素早く丘へと登るとそこには2個連隊にじわりじわりと攻めよられているA中隊の姿があった。
「さて、旅団長どうしますかな?」
父は私をおちょくるように尋ねてきた。
それに私は口角を吊り上げてこう笑った。
「決まってるじゃない。正面突破よ」
「承知した」
父は声音を変えてそう答える。
私は部隊を縦にに並べさせ、無線機を手に持った。
「諸君! 集まってくれたことを感謝する。しかし今は感傷に浸っている余裕はない。我が姉であるリマイナ・ルーカス大尉が現在敵中で孤立している。これを救うべく諸君らの力を貸してほしい」
私はそう優しく語りかける。
卑怯な物言いだった。
誰も拒否しないと知っていながらもこうしてお願いしているのだ。
「全軍! 突撃せよ!」
私は振り上げた右手を振り下ろすとそう叫んだ。
もはや作戦なんて必要ない。
こちらは丘の上にいて歩兵部隊と装甲部隊の混成部隊だ。
戦車だけで構成された敵2個連隊など何を恐れることがあるだろうか。
私は自ら率先して先頭を切る。
突撃に際し指揮官は塹壕にうずくまりながら兵士たちを鼓舞することなどできはしない。
指揮官が最も最初に飛び出してこそ突撃というのは真の威力を発揮する。
私の名はアナトリエヴィチ。
しがない戦車部隊指揮官だ。
開戦時から温存されていた私の部隊は『番犬リューイ・ルーカス』を討伐するためにレニングラツカに留め置かれ、今日その時が来ていた。
連隊長は張り切り、どこか浮ついた雰囲気が部隊を支配していた。
それも当然だろう敵はたったの2個大隊でこちらは2個連隊合計8個もの大隊を有しているのだ。
戦局は着実に進行していると私は信じていた。
先行させた偵察大隊が側面を突き、残りの全部隊をもって敵を殲滅する。
そのはずだった。
しかしそれがどうしたことだ。
敵は悠然と撤退し、我々は1個中隊の防衛部隊に追撃阻まれている。
たった、たった1個中隊だ。
8個もの大隊を有した我々がなぜ偵察大隊を殲滅され、他の大隊にも軒並み損害を被っている?!
それだけでも信じ難かった。
しかし、幾度も攻撃を繰り返せば確実に敵は疲弊し次第にその数を減らして行っていた。
加えてようやく準備の整った航空部隊が前線まで進出し、もはや盤石の構えだと我々全員が信じて疑わなかった。
だが、その期待は儚くも打ち砕かれた。
突如として上空に敵航空部隊が出現し我々を援護していた攻撃機は全滅。
直後には敵の増援が到着した。
いくつだと思うだろうか。
7個大隊。
まさかそんな数を投入してくるとは思っていなかった我々は浮足立った。
しかし敵と同数になっただけと気が付いた連隊長が叫びをあげると何とか動揺は静まり返った。
直後に訪れたのは士気の低下。
どうせ敵は攻撃を仕掛けてこず、この場での長期戦になるとこの場にいた全員が思っていた。
「番犬はそれほど甘くなかった」
当時の同僚はそう私に語った。
確かにそうだ。
普通ならば殿として置いていた部隊を収容し、その場で陣地を構築し他方面の味方が前進するのを待つのが合理的だ。
だが、奴らは全軍をもって突撃してきた。
脆い、非常にもろかった。
数か月の時をかけて私たちは訓練を重ねてきた。
練度にも自信があった。
だが、番犬の力の暴力を前にすべて打ち砕かれた。
これが、番犬の力だ。
奴は今飼い主から離れ狂犬と化している。
だれか奴を止めてくれ。
『大祖国戦争回想録 戦車士官の叫び』より抜粋。




