31話
「A小隊は後退! B小隊は前進!」
リマイナは戦車から顔を出してそう命じる。
彼女の命令に応じて部隊が一つの生き物のように前後する。
「中隊長、我々C小隊はいかがしますか?」
彼女の命令を聞いたC小隊長は少し不満げに問いかけた。
リマイナはそれに微笑むと「少し待ってて」と答えた。
その直後、通信兵が下から叫び声をあげた。
「南方に敵戦車大隊!」
その声を聞いた瞬間、リマイナは早期決着を決定した。
「現在はユリアン大尉とクラウス大尉のB、C中隊が対応しております!」
ソビエトの戦車部隊は脆弱だとリマイナは聞いていた。
特段焦ることはなかったが、いずれにせよ早くこの戦闘を終わらせることでデメリットはない。
「A小隊は行ける?」
リマイナは後退してきたA小隊の小隊長に尋ねた。
「もちろんですとも」
そう答えた小隊長にリマイナは「了解」と答える。
そして二人の小隊長へリマイナは笑いかけるとこう口を開いた。
「たまには旅団長を真似てみようか」と。
リマイナは手早くC小隊に前進しているB小隊の援護を命じると自身はA小隊を率いてさらに東進した。
「さぁいくよ!」
戦場とは不釣り合いな陽気な声に「応!」と答える戦車兵たち。
「私たちの仕事はなに?!」
敵後方へと展開する最中リマイナは無線機をもってそう問いかけた。
すると配下の兵たちが「キル! キル! キル!」と叫ぶ。
「私らの飲み物は?!」
リマイナの問いにもう一度兵士たちは「ブラッド!(血) ブラッド! ブラッド!」と叫び答える。
そして、口角を吊り上げて最後の問いをした。
「私らの生きる場所は?!」
「戦場だ!」
彼らの答えを聞いたリマイナは満面の笑顔を作り「よろしい」と兵たちに語り掛けた。
「では諸君、殺しをしましょ。生き血を飲みましょ。戦場へ赴き、無様に屍を積み重ねましょう!!」
リマイナはそういうと「全軍突撃!」と叫び敵へと突入していった。
「あの子は某少佐か何か?」
私は無線を聞きながら呆れていた。
前世で見た某吸血鬼の少佐殿みたいな戦争狂ぶりに思わず私でも引いてしまった。
「中隊長殿は楽しそうですな」
下にいた通信員も苦笑いで返す。
ともかく、リマイナの行動は間違ってはいなかった。
市街地に立てこもる敵を道路沿いに西から攻撃していた海蛇大隊に対して、少し北側に移動していた戦車中隊がさらに東進したとなれば敵は兵力を分散せざるを得なくなり、道路沿いの防衛兵力を減少させる効果があった。
結果としてあと30分もしなうちにグルヴォに立てこもる敵を殲滅できるとのこと。
「問題は南の戦車大隊ね」
そう呟く。
どからともなく出現した彼らを親衛大隊ではないかと勘繰ったがどうやら違うらしい。
「どうやら、敵の戦車はBT7ばかりみたいですよ」
通信兵が彼らからの報告を受け取ると私にそう伝えた。
BT7ばかりなら、問題はない。
3号戦車でも容易に相手どれる――。
ん?
「T26はいないの?」
私は即座にそう尋ねた。
すると通信兵は不思議そうな顔をして「はい」と答えた。
これはまずいかもしれない。
BT7は速度に優れるが火力、装甲に劣る偵察に向いた車両なのだ。
これを大隊規模で有しているということは。
「師団規模の戦車部隊が近くにいるかもしれないわ!」
私は思わずそう叫んだ。
小隊規模でしかBT7がいないのなら納得も行った。
だが、大隊丸ごとBT7となるとそれ以外に考えられなかった。
ソビエトの戦車部隊はそれぞれの規模に合わせたBT7で構成される偵察部隊を持つ。
そして、偵察大隊を持つ規模の部隊となれば師団以上に違いない!
直後、リマイナから驚くべき報告が届いた。
「敵2個戦車連隊接近中」
私は開いた口がふさがらなかった。
ソビエトの戦車師団の位置はその8割ほどが不明であったが、その一つがこのレニングラツカにいて、ちょうど私の担当戦域にいるなどと誰が想定するだろうか?
「持ちこたえるのは無理ね」
私は即座にそう判断した。
こちらは2個大隊。
対して相手は2個連隊、6個大隊を超えてくるだろう。
どう考えても無理だ。
「撤退するわよ。殿はA中隊ね」
私はそう叫ぶと素早く後退を始めた。
部隊が分散しすぎている。
少なくとも後退して部隊を再集結させるか、後続のいるところまで下がらなければならない。
私は僅かな手勢を連れ攻勢発起点へと後退していった。
「中隊長、撤退らしいです」
漸くグルヴォにいた部隊を殲滅し南方のユリアン大尉たちを援護しようと思っていた矢先に敵の戦車連隊が接近してきた。
リマイナは自身の不幸を呪いたくなる気持ちと同時にリューイがさも当然のように殿を任せてきた高揚感に襲われていた。
「嬉しそうですね?」
B小隊長がリマイナへ不思議そうに問いかけた。
「リューイが私のことを認めてくれたんだよ」
リマイナはそう嬉しそうに笑った。
今まで年下ながらも自分よりも優秀なリューイのことを追い続けていた。
彼女はリマイナのことを信頼することはあっても、どこか過保護のようであった。
それをリマイナは敏感に感じ取っていたのであった。
「必ず、成功させなくちゃね」
リマイナはそう笑うと、通信機を手に取った。
そして大隊用周波数に切り替える。
「アウグスト少佐。通信は聞いておられましたか?」
リマイナはそう彼に尋ねると向こうからは「もちろんだとも」と返ってきた。
「C中隊をそちらに送るかね?」
アウグスト少佐の問いにリマイナは「結構です」と答え、口角を吊り上げた。
「すぐさま全軍を引いてください。その間私とA中隊で持ちこたえてみせます」
リマイナはそう答えた。
しかし、アウグスト少佐は「しかし……」と渋る。
彼としては女性士官一人を置いて退くというのが許せないのだろう。
「お気持ち感謝いたします。ですが、結構です」
リマイナはそうぴしゃりと答えた。
反論の余地を許さない。
ここはすでにリューイから私へ託された戦地だ。
戦車7個大隊以上を相手に大立ち回りを披露してみせようじゃないか。
すでにそう心を決めていた。
「解った。君の意思を尊重しよう。しかし、君が危機に陥った場合私の独断で援軍を送らせてもらおう」
アウグスト少佐の何があってもリマイナを見捨てようとしない姿勢にリマイナはうれしくなった。
親から捨てられた自分でもまだ救ってくれる人はいるのかと心の中で喜んだ。
「解りました。お任せください」
リマイナは声を震わせてそう答えた。
そして、アウグスト少佐との通信を切断した。
「では諸君、戦いましょう」
リマイナは背後にいる部下たちにそう笑いかけた。
彼らは右手を天に捧げ彼女の言葉に答える。
「番犬はリューイだけじゃないと教えて差し上げましょう!」
リマイナはそう叫んだ。
リューイが母国を守る番犬であるのなら。
私はリューイを守る番犬であろうと。
そう心の中で言葉をつなげた。
 




