30話
現在、我々ドイツ軍北方軍集団はレニングラードからおよそ50kmの地点で包囲している。
この地点にはレニングラードを囲うように道路が伸び、これを目印に今まで我々は包囲を続けていたが、この境を超えることが決定された。
また、レニングラードからは5本の道路がそれぞれ、西、南西、南、南東、東に延びており、5個に分割されたドイツ軍はこれに沿って行軍する。
西からそれぞれA部隊、B部隊、C部隊、D部隊、E部隊と命名されており、それぞれの部隊には2個師団ずつが配備された。
私率いる第1旅団は南西道路担当のB部隊へ配属され、チェレメキノという都市から一路レニングラードを目指し北進を開始した。
このチェレメキノという都市だが、先のソビエトとバルトニアの戦争で空挺部隊と死闘を繰り広げた都市でもあり感慨深いものであった。
「警戒を厳になしなさい」
私は戦車の上から命令を通信兵へと伝える。
現在部隊は両脇を森に挟まれた道をゆっくりと前進している。
この先にはヴィチノという小さな村があり、そこを起点に森は開け、代わりに雄大な平野が姿を現す。
敵が待ち構えているのならそこだ。
森から平野にかわり、部隊を展開しようとしたところを狙ってくるだろう。
現在戦闘からB中隊、A中隊、歩兵大隊、C中隊といったように行軍している。
「歩34小隊を偵察に出しなさい」
私の言葉に通信兵は素早く応じるとロレンス中佐へ命令を伝えた。
「すぐに前進を開始するとのことです」
ロレンス中佐からの返答を聞いた通信兵は私にそれを伝える。
彼からの言葉を聞いた私が再度周囲へと視線を向けていると、部隊のよこを装甲兵員輸送車が通っていく。
あれが歩34小隊。
第3中隊の最終番号である4小隊は大隊の中でも歴戦の者たちが選抜されており、何人かはアフリカから私に付き従っている兵も含まれている。
小隊長をしている准尉もその一人だった。
彼は輸送車から上半身を乗り出し律義にもこちらへ敬礼を送ってきた。
「リマイナ」
私は思わず無線機でリマイナに語りかけていた。
すると向こう側から「なにー?」と間延びしたリマイナの声が聞こえてきた。
「私は勝てるかしら?」
そう尋ねた。
史実でドイツ軍はレニングラードを落とすことはかなわなかった。
この世界のドイツ軍はレニングラードを陥落させることができるだろうか?
思わずそう聞きたくなってしまった。
「大丈夫、勝てるよ」
リマイナはそう元気に言った。
まったくどこからそんな自信がわいてくるのか知らないが、無責任なものだ。
「だってね。他の将校と違って、リューイは兵士さんたちのことを一人の人間としてちゃんと見てるんだもん」
「一人の人間?」
思わずそう問い返した。
「そう、みんな兵士さんたちのこと数字としてみてるでしょ?」
そういえばそうだった。
どの上司に損害を報告したときも「誰々が死んだのか」ではなく、「100人も失ったのか」と数字で見ていた。
「それがどうしたのよ?」
だが、それが戦争の勝敗に直結するのだろうか?
「自分を数字としてみる上司と人間として認めてくれる上司だったらどっちにつきたいかってことだよ」
リマイナは私に諭すように言ってくれた。
彼女と私は同期であるのにもかかわらず階級は随分と離れてしまった。
裏を返せば私はあまり兵たちと触れ合ったことがない。
だから、兵たちの扱いや心情把握にはリマイナに一日の長がある。
「リューイが行く道がいばらの道だろうとなんだろうと、私たちはついていく。だから勝てる。勝てるまで戦えるから」
なんだその「出るまで回せば排出率100%」みないな暴論はと呆れそうになる。
「ありがとう」
何故だろうか。
不思議とできる気がしてきた。
私の予想通り斥候に向かわせた34小隊は敵を発見し、交戦しているようだ。
状態は緊迫しており、すぐに援軍を向かわせる必要がある。
「ロレンス中佐。第3中隊を援軍にむかわせるわ。いいかしら?」
私の問いにロレンス中佐は「大丈夫です」と答える。
それを聞いた私はすぐさま背後にいた伝令兵を走らせ、第3中隊を援軍に向かわせた。
「敵はグルホヴォというここから3kmほど先にいるわ」
それに各部隊長はうなずく。
「第34小隊が偵察行動の為前進していると突如攻撃され車両が擱座。現在は擱座した車両を盾に抵抗中よ」
地図を指さしながら説明する。
グルホヴォという町は現在いるヴィチノという村から少し行ったところにある同等規模の町だ。
「抵抗部隊規模は不明。車両は確認されていないけど注意して損はないわね」
状況を確認し、周囲を見渡す。
「恐らく守備隊よりも練度も高いはずだから注意すること」
私はそう彼らに命じる。
恐らくさほど大部隊ではないはずだ。
「先鋒はA中隊と第1、第2中隊でいいわね?」
私はそう尋ねた。
A中隊は今まで戦闘がなくここらへんでデータを取っておきたい。
私の問いにユリアン大尉は少し不満そうだったがここは我慢してもらおう。
「いいわね?」
私の念押しに全員が「了解!」と答えるとそれぞれの持ち場へと戻っていった。
残ったのは、私とユリアン大尉、そしてクラウス大尉であった。
彼らは去ろうとした瞬間に私が呼び止め、気まずそうにしながらもここに残っている。
「不満かしら?」
私のといに二人は肩をビクリと震わせた。
押し黙る二人に「黙ってたら解らないわよ」というとようやくユリアン大尉が口を開いた。
「なぜ、大佐はリマイナ大尉を重宝するのでしょうか」
「おい」
クラウス大尉が彼を止めようとするが、ユリアン大尉はなおも言葉をつづけた。
「我々は彼女より劣っているのですか?! それとも姉であるリマイナ大尉を贔屓しているのですか!?」
ユリアン大尉の声を聞いた私は机の上にあったコーヒーをすする。
やはり、戦場で飲むコーヒーはまともなものじゃない。
「それだけかしら?」
私はコーヒーカップを机にコトリと置くとユリアン大尉を見つめた。
彼は「うっ」と言葉を詰まらせる。
「貴男は勘違いしているわ。貴男は劣ってるわけじゃないし私が贔屓しているわけでもない」
「だったらなぜ――」
「ただ、リマイナ大尉は優秀なだけよ」
そう、彼女は目の前にいる両大尉よりも軍歴は短い。
にもかかわらず階級を並べている。
それだけ戦歴が長く、戦場で戦ってきたという証拠だ。
今や機甲化1期生は私とリマイナだけになっており、国内外問わず指折りの歴戦の兵であろう。
「以上。質問はあるかしら? あったとしても私は答えないけれど」
そういって彼らに笑いかける。
これ以上の問答は不要だ。
後はリマイナが実力をもって示してくれるはずだ。
「では諸君、攻撃開始だ」
私の号令と共にリマイナの指揮するA中隊が火を噴いた。
それと同時に第1中隊と第2中隊が前進する。
私の予想に反してリマイナとロレンス中佐は力攻めを選んだようだ。
街道を中心に横陣で展開した第1中隊と第2中隊の前進を確認したA中隊はそのまま北上し、北側から回り込みながら砲撃を加える。
「戦況は?」
私が通信兵に尋ねると彼は「いたって順調です」と答える。
まぁそうだろう。
今のところ目立った損害報告も来ていないし、爆音が聞こえることもない。
そう安心した私は両大尉へ「ね?」と微笑む。
彼らはリマイナの戦いぶりを見て今頃驚いているだろう。
演習でもその片鱗を見せるが、こうして面と向かうとまた別だろう。
「驚きました」
「あの大尉が……」
二人は絶句しながら、遠くに小さくみえるリマイナの中隊を見つめていた。
これで、勝利は確実であるかに思われた。
しかし――
「敵戦車大隊が南方に出現!」
前線からの報告が指揮所を一瞬ではあるが動揺させた。
「落ち着きなさい」という私の一声で動揺は解けたものの解決はしていない。
「では、ユリアン大尉、クラウス大尉。出撃よ、敵戦車大隊を駆逐しなさい」
私の命令に二人はこれ以上ない声で「了解!」と叫ぶと自らの部隊へと戻っていった。
 




