28話
1941年5月。
ドイツ軍はその戦力の約7割をソビエト国境へと配置した。
北方、中央、南方の3個軍集団で編成されている。
北方軍集団には27個師団。
中央軍集団には50個師団。
南方軍集団には39個師団。
予備として後方に25個師団が配置され総勢141個の師団が投入された。
対してソビエトは前線に100を超える師団を配置しているものの、そのほとんどが休息状態にあり完全に敵は油断している。
戦域は北はバルトニア国境部から南部は黒海までへと続いた。
この戦争にはドイツの同盟国であるハンガリー、ルーマニア、ブルガリアも参戦する。
また、極秘事項ではあるものの、開戦後に北方方面軍は速やかに北進しバルトニアへと進駐。
同時に同盟を結びソビエトへと侵攻する手はずとなっている。
史実に比べて大きな違いがいくつかあることもここで記しておこう。
大きな違いは開戦時期の違いにある。
史実よりも早く始まったユーゴスラビア討伐戦の影響で、史実では6月末に開戦するはずだった戦争が5月初旬に開戦に踏み切れる。
また、バルトニアがソビエトの手にないことも重要だ。
敵の抵抗を一切受けることなく北部へ部隊を進めることができ、レニングラードやソビエト首都のモスクワを容易に攻撃することが可能となった。
「旅団長! 電文です!!」
開戦を間近に控え、バルトニア国境沿いに展開していた我々に電文が届いた。
「読み上げなさい!」
私は通信員にそう命じると彼はそれを読み上げ始めた。
「諸君らは自らの最善を尽くし、敵を打ち砕け。とのことです」
電文を聞いた私は思わずにやけた。
ようやく、ようやくこの戦争が始まる。
私が存在する意味を最も発揮できるであろう戦争。
「諸君! 前進開始よ! 我らが故郷へ帰るわ!!」
私を先頭に第1旅団の全車両が前進を開始した。
「この戦争。我々の勝ちよ」
我々第1旅団は全速力でバルトニアを爆走し10時間と経たぬうちに首都へと到着した。
同時に随行していた外交官がそのまま連邦大統領官邸へと向かって同盟を纏め、バルトニアもまたこの戦争に参戦したのであった。
バルトニアは現在10個の歩兵師団と3個の騎兵師団を有しており、北方軍集団とこれを併せると40個の大軍団となった。
北方軍集団の任務はバルトニア国境沿いからソビエト北部を攻撃することであり、第1目標はレニングラード。
第2目標としてモスクワが設定された。
我々第1旅団はヘップナー大将率いる第4機甲集団のゲオルク=ハンス・ラインハルト大将指揮下に編入され、その先鋒に任命された。
ラインハルト大将は先のフランス戦で轡を並べた仲間であり、クライスト閣下には苦渋をなめさせられた仲間でもあった。
「前方に国境防衛隊が陣地を構えています」
偵察に行かせた部隊からの報告が上がってきた。
すでに戦争が開始されてから1日が経過しており、さすがに無防備ではないらしい。
制空権は維持しているものの、爆撃機はレニングラードやモスクワからの援軍を遮断するために使われており、こちらの地上支援へは機数が全く足りていない状況だ。
「どれほどの部隊かしら?」
私の問いに通信兵は前線へと連絡を取るとすぐに返答をよこした。
「1個大隊規模のようです」
1個大隊。
ちょうどいい実弾演習の相手だ。
「B中隊は右翼へ、C中隊は左翼へ展開。A中隊と歩兵大隊は中央で待機」
私がそう命じると部隊が速やかに展開する。
今まで指揮していた部隊と中隊数は変わらないものの、戦車が3倍に増えればそれだけ迫力が増してくる。
「両翼の部隊はそれぞれ速やかに前進を行い、敵を両翼から攻撃しなさい」
目的はいたって簡単。
まず左右から敵の陣地へ攻撃を仕掛ける。
敵はそれにつられ意識と火力を左右へと振る。
その後中央からA中隊と歩兵大隊で突入。
演習や訓練で何度も繰り返した行動の一つ。
「リマイナ。できるわね?」
私は無線の先にいるリマイナへと尋ねた。
「もちろんだよ!」
無線の先から元気な声が返って来る。
彼女も随分とたくましくなったものだ。
「クラウス大尉とユリアン大尉も行けるわね?」
「もちろんですとも」
「いつでも」
B、C中隊長である彼らへ問うと同じく頼もしい返答があった。
実戦経験こそ乏しい彼らだが部下の信頼も篤く、私としても信頼できる。
「アウグスト少佐。貴男は中央で待機していてくれるかしら?」
「了解です」
私は戦車部隊に命令を伝達し終えたことを確認し、視線を背後に向けた。
私の背後にはA中隊が続き、その後ろに歩兵大隊が続いている。
「ロレンス中佐。無理はだめよ」
無線機を手に取りそう声をかけた。
「解っております」
向こうから感情の読めない声が返ってきた。
最近の彼はいつもこんな感じだ。
やはり、信頼していた副官の喪失は大きいのだろう。
「では全部隊行動を開始せよ」
私の号令の下全部隊が行動を開始した。
「たっくよぉ……本当にドイツは攻めてきたのか?」
「んなもん俺が知るかよ。上が攻めてきたっていうんだからそうなんだろうよ」
「の割には一人の敵兵も来ねぇけどな」
塹壕の中で3人の男はそう口々に文句を言っていた。
「まぁ、そういうな。敵が来ないのはいいことだろ」
そこに弾薬箱を引きずりながら1人の兵がやってきた。
男たちはそれに群がると一人50発ずつ手にした。
「これがうちの分隊用だから、残しとけよ」
運んできた兵はそう男たちに忠告した。
「ほかの奴らはどこにいんだよ」
男の一人が彼にそう反論した。
すると彼は溜息を吐くと両手を広げた。
「町に買い出しだそうだ」
「おいおい、そんなこと士官様が黙ってねぇだろ」
兵の言葉に男はそう反論した。
「士官様のお懐に銭くれてやったみたいだ」
「あぁ――」
兵の言葉にほかの男たちは納得したようにそう言った。
要は賄賂だ。
「てめぇら! 何呆けてやがる!!」
緩慢した雰囲気のなか、怒号が響いた。
男たちが視線をそちらに移すと軍曹がそこにいた。
「今は戦時だぞ! もっと緊張感を持ちやがれ!」
軍曹の怒号に男は呆れたように笑いこう返した。
「しかしですねぇ軍曹。ここには銃弾の一発も飛んできやしないじゃないですか」
「しかしも糞もあるか! いつここに敵が攻めてくるかわからんのだぞ!」
軍曹の言葉に若い兵が反論すると軍曹は顔をゆでだこのように真っ赤にした。
塹壕の上に立っている軍曹は中に飛び降りて彼らを殴りつけようとする。
直後、凄まじい爆音とともに周囲に衝撃が走りあたりを煙が包んだ。
「軍曹! なにしたんですか! 軍曹!」
男の一人がそう問いかけるも返事はない。
霧が晴れたころ、彼らの視界には上半身がなくなった軍曹の遺体と、その奥に悠然と進軍してくるドイツ軍の戦車が移っていた。
「てっ敵襲!」
そう身を乗り出して叫んだ男もまた、戦車の機銃によって亡き者にされた。
ソビエト軍北方軍崩壊の序曲であった。
 




