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18話


「……E中隊、私に続け」

 アレックス大佐はA中隊潰走の報告を聞くとそう呟いた。

 もはや彼らの後退した穴を埋められるのはE中隊しかない。

 しかも、それを率いるのは自分自身である必要があると大佐は理解していた。

「大佐?!」

「ついてきてくれるか?」

 副官が驚きの声を上げるものの、アレックス大佐はそう微笑んでいった。

 すると副官は俯き、笑い始めた。

「貴男という上司は卑怯ですね」と。

 そして顔を引き締めてこう宣言した。

「ここで行かねば、男ではないでしょう」

 アレックス大佐はその言葉を聞くと嬉しそうに頬を緩めた。

 しかしそれも一瞬のことですぐに表情を引き締めてこう叫んだ。

「E中隊! 今すぐにでも出撃する! 目標は敵主力!」

 恐らくA中隊を撃破したのが敵の主力だろう。

 彼はそう確信し命じたのであった。


 アレックス大佐の呼びかけにE中隊はその速度によって応え、10分としないうちに進撃を開始した。

 移動開始から15分後、A中隊の残存部隊と合流したアレックス大佐は防衛線を構築した。

「大佐、敵の規模が判明しました」

 A中隊の生き残りである兵士がそう伝えてきた。

 彼はあちこちが血で汚れているがそれでもなお私に尽くしてくれている。

「敵は海蛇大隊と称する部隊の第1中隊、指揮官は敵上陸部隊の総指揮官リューイ・ルーカス中佐であるようです」

 その言葉を聞いた瞬間、彼の中で何かが燃えるような気がした。

 いや、対抗心が熱く燃え滾っていた。

 何の因果だろうか、バルトニアでは轡を並べた相手が今目の前に敵として立っている。

 勝つ、彼はそう呟いていた。



「敵の連隊長が出てきたようです」

 私の元へ第1中隊中隊長が来るなりそう言ってきた。

 馬鹿な、と一瞬思ったものの、私が出てきている以上敵が出てきてもおかしくない。

 それほどまでに指揮官が前線に出て戦うというのは大きな意味を持つのだ。

「さて、これが最終決戦かしらね」

 両部隊の長が直接部隊を率いて戦うのはこれが始めてだ。

 長く続いた戦いもこれで終わりにしたい。

「旅団長、無理はなさらないでください」

 敵は2個中隊で、こちらは1個中隊。

 勝ち目は薄いが無いわけではない。

「いい? こういう時は士気が高いほうが勝つのよ」

 私は中隊長にそういうと、軍刀を高く振り上げた。

「全部隊、状況を開始せよ!」

 振り下ろすと同時にそう声高に叫ぶ。

 各所で喊声とともに部隊が前進していく。

 予備なんてものは存在しない。

 ただただ、力のぶつけ合いだけだ。

 手元に残っているのは15名の選抜兵とリマイナのみ。

 現在第1中隊の各小隊はこのように配置されている。

 中央、第1小隊。

 左翼、第2小隊。

 右翼、第3小隊。

 司令部、選抜小隊。

 選抜小隊はいざという時の決戦用部隊だ。

「さぁ、どう出てくるかしら?」

 私は顔も知らない敵の連隊長に不敵に微笑んだ。



「連隊長! 敵の総攻撃です!」

 A中隊から悲痛な報告が上がってきた。

 相変わらず嫌なタイミングを突くものだと辟易する。

 偶然だろうか? だとしてもそれは敵の才能に他ならない。

 というのも、いまだにわが部隊は再配置を完了しておらず、防衛線を張ったといっても非常に脆弱なものであるからだ。

「E中隊で両翼を補強せよ!」

 両翼を突破され包囲されてしまえば大軍の優位を活かせなくなる。

「こちら右翼。敵の攻撃激しく! 至急応援を求む!」

「同じく左翼! 敵火力は強力である、すぐに機関銃の増援を求む!」 

 アレックス大佐が指示を出した直後の報告。

 予想外に敵の攻撃が激しいことに驚きつつもやはり敵の目的は包囲かとほくそ笑む。

 右翼に火力を集中して突破し、包囲する。

 いかにもドイツ軍人が好きそうなものだ。

 しかし、次の瞬間彼は自らの耳を疑うことになる。


「敵の小部隊が中央を突破しこちらに接近してきています!」

 

 

 私は事前にある計略を仕組んでいた。

 両翼の部隊に対して火力を増強し、逆にあえて中央の部隊の火力を劣るものとしていた。

 戦術的観点から見てもこれは合理的なものであり、両翼を強化するということは包囲行動を容易にすることにつながる。

「見事に釣れましたね」

「えぇ……ん?」

 横から聞きなれた男の声が聞こえた。

 ロレンス少佐ではない。

「ヴェゼモア少佐?!」

 視線を横に向けるとそこにはヴェゼモア少佐がいた。

「なぜここにいるのよ!」

「旅団長閣下が切込みをすると聞いてきたんですけど」

 彼はそう言って笑った。

 犯人はリマイナか。

 リマイナを睨むと彼女はわざとらしく目をそらした。

 ただ、このヴェゼモア少佐。

 私達同期の中でもトップクラスに高身長でありながら体躯に優れ、近接戦も十分にこなす。

 在学中幾度となく歩兵課から転属の誘いが来ていたほどであった。

「……ヴェゼモア、5名の兵を預けるわ」

 私は観念して彼に言った。

 15名のうちの5名。

 残りの10名も私とリマイナで5名ずつ率いる。

 リマイナも貴族のたしなみということで多少剣技に覚えがあるようで、時折彼女と銃剣での模擬戦闘を行うといとも簡単に組み伏せられてしまった。

 …………、同期最弱は私であったのは言うまでもない。


「総員、着剣」

 私は頃合いを見計らってそう命じる。

 敵はこちらの右翼と左翼に注視している。

 中央に敵の意識が向いていない今が好機だ。

「前進! 第1小隊も我に続け!」

 私はそう叫ぶと立ち上がり、敵の機関銃銃手を狙撃した。

 マグレではあったが、私の狙撃成功は味方に十分な勢いをつけさせた。

 次々と各分隊が目の前の部隊を蹴散らし、中央を突破していく。

 すると、開けた広場に出た。

 既に数多の敵兵を殺し、もはや抵抗はなかった。

 だが、その広場中央には一張りの天幕があった。

 明らかにそれは司令部であり、中に高級将校がいるのは容易に察知できた。

「ヴェゼモア、リマイナ。それぞれ5名ずつ率いて周囲の安全確保」

 私は意を決してそう命じた。

 彼らは有無を言わずにそれに頷くと左右に散っていった。

「よし、前進するわよ」

 私達は天幕へと近付き、包囲しながら様子を伺う。

 中から人の気配はしない。

 どうだ? いるのか?

 私は疑心暗鬼になっていた。

 普通に考えればここは退いているはず、だが何となくだが敵の指揮官はこの中にいるような気がした。

 直後、天幕が爆ぜた。

 否、中から数十発の銃弾が放たれた。

「なっ?!」

 私は驚愕の声を上げるとともに銃を構えた。

 しかしそれよりも早く、一人の男が飛び出てきた。

 その顔に見覚えがあった。

「アレックス・フォード!」

 イギリス第224連隊の連隊長であり、ソビエトとバルトニアの戦争では私と意見対立を起こした将校。

 決して無能ではないが極めて優秀というわけでもないと私の中で評価を下していた。

 その彼が今ここにいるというのは私にとって非常に驚くべきことである。

 平凡だと思っていた将校によってロレンス少佐が壊滅一歩手前にまで追い込まれたという事実を私は容認することができずにいた。

「ッ! リューイ・ルーカス!!」

 敵もまた、驚いたような顔をしていたが軍刀を振り上げる。

「シッ!」

 私はそれに素早く反応し、小銃を横に持って彼の剣戟を受け流そうとする。

 彼は私の予想通りまっすぐ軍刀を振り下ろし、それは小銃の木製部に深く刺さった。

 これで敵の獲物を封じた形になる。

 即座に腰から拳銃を引き抜くと彼へと押し付けた。

 勝った! 私はそう確信した。

 だが、直後私は大きな衝撃に襲われた。

 それが何事かかを理解する前に私の前に一頭の馬が立ちはだかった。

 馬だけかと思ったがその上に兵士も乗っている。

 服装を見るからにイギリス近衛兵。

 イギリスの切り札であり、首都防衛部隊である彼らがなぜここに!

 私は心の中で叫びながら、馬の上から私を見下ろしてくる兵士を睨む。

「退きますわよ」

 あたりに響いた声は少女の声であった。

 軍帽に隠れたその顔が振り返りざま一瞬見えた。

「女の子……?」

 私は思わずそう呟いた。

 声を聞いた少女は私に視線を向けこう言い放った。


「わたくしの名はカミラ・ローズ。イギリスの王女であり第4近衛騎兵連隊の連隊長ですわ」

 

『番犬』リューイ・ルーカスと『金狼』カミラ・ローズの初接触であった。

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