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16話


「それはそれは、恐ろしいですな」

 私の言葉に一人の兵が笑って答えた。

「人として、当然のことよ」

 彼の言葉に私はそう返した。

 人を殺しても何も思わなくなった自分が最近ひどく恐ろしく感じる。

 実はもう心も体も死んでいて、ここにあるのはただの人形ではないのだろうかと思ってしまう。

 人間を数字で数え始めた時、それは頂点に達した。

「旅団長、各部屋クリアです」

 一人の短機関銃を持った兵がそう報告してくる。

 軍服を見ると返り血を浴びており、随分と至近距離で戦闘したのだとうかがえる。

「窓から隣の家屋に移動するわ。2人で周辺の安全を確保しつつ、残りで移動」

 手早く命令するとすぐさまそれぞれが自分の配置についた。

 選抜した5人は3名が小銃手。2名が短機関銃手で、小銃手が窓に張り付き周辺の安全を確保する。

「では、自分が先に参ります」

 短機関銃を携えた兵がそういうと、身軽に窓を乗り越え、隣の家に乗り込んだ。

 大きな音を立てて、窓が割れ同時に銃声が響く。

「自分も」

 私の横で構えていた兵が先に言った彼に続いて窓を飛び越える。

 何度かドアを開ける大きな音がしたのちに「クリア!」という報告が来た。

「総員、移動」

 私はそう命じると、先に行った彼らに続いて窓を乗り越える。

 家と家の間はおよそ2.5メートルほど。

 訓練していなければ飛び越えるのは難しい距離だ。

 尚且つ武装もある。

 だがそれを私達は難なく飛び越えていく。

「旅団長、相変わらずお若いようで」

 隣の家に転がり込むと先に待っていた兵がそう笑ってきた。

「えぇ、まだまだ若いわよ」

 彼の腕を取って立ち上がるとそう笑った。

 皆着地するときに綺麗に立って着地しているが、私にはできなかった。

 転がり込むのが精いっぱいで少し情けない姿を見せてしまった気もする。

「敵機関銃銃座の位置は?」

 私がそう尋ねると、一人の兵が身をかがめながら窓から周囲を確認した。

「ちょうど、ここの真下の道路中央に銃座がありますな」

 彼の報告を聞いた瞬間、私はハッとした。

 もしかしたら私は迂闊に音を出しすぎたかもしれない。

 そう思った直後、カランカランという音とともにスモークグレネードが投げ込まれた。



 アーノルド・カッシング。年齢は21歳。

 昨年士官学校を卒業し、イギリス第224連隊に配属されたばかりの新米少尉だ。

 配属2か月後にバルトニアへ義勇軍として派兵され惨敗を喫するが何とか生き残った。

 その後、1週間の休暇を過ごしたのちにフランスの港湾防衛任務に就きひと時の安寧を享受していたが、突如敵の精鋭機械化部隊の奇襲を受けまたもや部隊は惨敗を喫した。

 俺の戦歴は今まで負け続きで決して華々しいものではないが、同期の誰よりも実戦経験が豊富だという自負がある。

 そんな俺は現在224連隊配下のA中隊で機関銃小隊の小隊長に就任している。

 部隊の重要な火力でもあるこの小隊の指揮をとれるというのはとても誇らしいことで、同時に恐ろしくもあった。

 しかし優秀な下士官に恵まれ、何とかこのプリマス防衛戦では大きな被害を出すこともなく切り抜けてこれた。

「少尉、負傷兵の搬送。終了致しました」

 しかし無傷というわけにはいかず、何人かの負傷兵を出してしまった。

 彼らを後ろへ送ることもできないので、とりあえずとして銃座の横に連なる家の中へと搬送させた。

「軍曹、敵はどう動くと思う?」

 俺は奥の家から放たれる銃声を聞きながらそう軍曹に尋ねていた。

 俺たちの任務はT字路の両翼で待ち伏せ敵を屠ること。

 まだ敵は突き当りにある家からの妨害攻撃に手を悩ませているようだ。

 何度か少人数が浸透してきたが、それも難なく撃退している。

「そうですね。例えば少人数による――」

 軍曹が意見を述べようとした瞬間、乾いた銃声がすぐ近くから何度か響いた。

 一人ではない。

 何人もいるはずだ。

「近いですな」

「近いな」

 軍曹と似たような感触を得ていた。

 敵の浸透、その前触れではないか。

「軍曹、真横の家屋にそれぞれ10名ずつ配置しろ。横から攻撃されてはたまらん」

 俺はそう命じると軍曹は特に異議を唱えることもなく「了解致しました」と答えた。

 恐らく、銃声は右側の建物から響いている。

 少人数の切込みだろうか?

 だとすれば侮られたものだ。

 こちらは1個小隊。

 そう易々と切込みを許す気はないのだが。

「余裕、かもしれない」

 今までの戦場では味わったことのない雰囲気を感じ、それを勝ちの風だと思った俺はそう呟いた。



 パン! 

 大きな音を立てて破裂したグレネードは直後煙を吐き出し始めた。

 どうやら銃座には予想以上の人員がいたようだ。

「各員落ち着いて状況を遂行しなさい! 誤射だけはしてはいけないわよ!」

 私はそう叫ぶ。

 この状況で最も恐ろしいのは混乱した兵が味方を誤射するという事故。

 それを避けるには各員がお互いの位置を認識しあうことが重要だ。

 幸いにも平素からこのような状況では壁に背を当て、銃剣を装着し煙が晴れるまでそれを構えているように命じている。

 私は銃剣の代わりに軍刀を抜くとそれを構えた。

 

 キラッと一瞬、階段の方から何かが光った。

 それが銃火であると察知した私は素早く身をかがめると小銃を床に置き、右手には軍刀、左手には拳銃を持ち階段へと駆けた。

 恐らく敵は階段の中ほどにいるはずだ。

「なっ?!」

 敵が驚きの声を上げる。

 都合がいい、おかげで顔の位置が正確に把握することができた。

「邪魔よ」

 私はそう呟くと一気に下から相手の首めがけ軍刀を振り下ろす。

「ぐっ……あっ?!」

 直後あたりに降り注ぐ血しぶき。

 どうやら敵の喉を上手く切り裂けたようだ。

「どうした?!」

「なにがあった?!」

 煙の奥からそんな声が聞こえる。

 どうやら敵は私たちの視界を制限するどころか、自らの視界も制限してしまったらしい。

 案外、練度は低い。

 私はそう確信すると、声がした方へ拳銃を数度無造作に放つ。

 代わりに私の銃火めがけ敵の凶弾が放たれるも、軽い身のこなしで逃げ隠れる。 

 元々私がいた場所へ銃弾が刺さるものの、私には当たらない。

「旅団長、あまり無理をなさらないでください」

 私が何をしたのか何となく理解しているのか煙の奥からそんな声が聞こえた。

 最近は剣術とかも身に着けようと日々鍛錬を重ねている。

「大丈夫よ」

 私はそう笑うと階段を睨んだ、

 もうそろそろ煙が晴れてもいい頃合いだ。

 敵は我々の真下にいる。

 人数不明、練度はもそれほど高くない。

 先ほど蹴破った窓から次々と煙が外に出ていき徐々に視界がクリアになる。

 静かに右手を上げる。 

 これを振り下ろしたとき、全員が射撃する。

 煙が晴れた。

 直後、敵がドッと駆け込んできた。

 私はそれを認めると同時に右腕を振り下ろした。

 何度も響く銃声。

 弾ける血飛沫。

 カランカランと床に落ちていく薬莢。

 敵がすべて地面に伏したことを確認すると銃声が止んだ。

「前へ」

 私はそういうと、倒れ伏した兵たちの横を通り過ぎて階段を駆け下りた。

 素早く下の階へと駆けおり、戸を蹴破る。

「ご対面ね」

 私がそう微笑むと目の前の士官と兵は表情をこわばらせた。

「悪魔か何かか」

 目の前の士官がそう呟いた。

 私はそれに口角を吊り上げてこう応える。

「神に愛されたただの少女よ」と。

 

 直後、彼の腰が煌めき1振りの軍刀が振りぬかれた。


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